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第二章 ギルドの依頼

第九十二話 二人きり

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 少しさかのぼって、ジャンとシェリーがニコラと別れた日のこと。二人は日没ごろには第三区に到着していた。馬車から降りた二人は座りっぱなしで凝り固まった身体をほぐそうと伸びをした。

「かーっ! やっぱ座りっぱなしっつーのはきついぜ! イールの近海で丸一日網引いてるほうがよっぽどマシだな!」
「ほんと! こんなに動かなかったのなんて久しぶり! さっさと宿を探して休みましょ」
「そうだな。適当に安いところを探すか」

 二人は馬車の停留所を離れ、大通り沿いを中心に宿を探しはじめた。途中、通りがかった肉料理屋で夕飯を済ませ、それからまた宿の物色を続ける。四軒ほど物色したあと、二人はちょうどよさげな長期滞在者向け格安ホテルを見つけた。

「それじゃあここにすっか」
「ジャン、ちょっと待って」

 ジャンがホテルに入ろうとすると、シェリーがそれを引きとめた。

「どうかしたか?」
「節約のために二人部屋にすることになると思うんだけど、その前にちゃんと決めておかないといけないことがあるんじゃない?」
「決めておかないといけないこと?」

 彼はシェリーの意図がまったく読めなかった。

「そう。まずあんたがあたしの着替えを覗いたら金的の刑、寝込みを襲ったら目突きの刑、それから……」
「おーまーえーなー。なんで俺がおまえの着替えをのぞいたり寝込みを襲ったりしなきゃいけねーわけ? するわけねーだろ、そんなこと」

 シェリーのあんまりな言い草に、ジャンはやれやれといった様子。しかし彼女は意に介さず、さらに被せてきた。

「わかんないじゃない。あんただって二人きりになったら、このシェリーさんの魅力に気付くかもしれないでしょ?」
「はいはいそーですねー。冗談はいいから、さっさと部屋とって寝ようぜ。長旅で疲れてるんだしよー」
「……わかってるわよ。ちょっと言ってみただけよ」

 シェリーは少し不満そうにそう言って、ジャンの後についてホテルへと入っていった。

 部屋に荷物を置いた後、二人は交代で一階の共同バスで汗を流した。それが済んだら部屋に戻り、翌日に備えて早々に寝床に就いた。といっても、昼間馬車の中で仮眠をとって目が冴えていたため、すぐに寝付けるような状態でもない。それで二人は適当におしゃべりをして時間を潰すことにした。

「そういえばあんた、どんな依頼を受けたの?」
「大したもんじゃねぇよ。引っ越しの手伝いに荷物の積み下ろし、あとは外壁の塗装とか、いろいろだよ。おまえはどうなんだ?」
「あたしは道場で武術の稽古に付き合ったり、あとは子どもの世話とか、そんなところよ」
「ふーん。お似合いなんじゃねぇの?」

 二人は特にいつもと変わりない。しかしニコラがいない分、お互いにほんの少しだけ気を遣っていた。

「そういえばあんた、お金が貯まったらなにに使うの?」
「そりゃあ旅の資金に決まってるだろ? せっかくイールから出られたんだし、できるだけ長く旅を続けたいからよー」
「あたしも、カンパしたほうがいい?」
「いいよ、別に。服買いたいんだろ? 旅費は俺が稼ぐから好きに使えよ」
「……」

 今日のジャンはちょっぴり大人な雰囲気だった。シェリーは表向きは奔放に振る舞っているが、内心、少し気が引けていた。しかしどのように譲歩したらいいか自分でもよくわからず、けっきょく黙り込んでしまった。

「そう言えばよー、こうして夜に二人っきりで話すなんていつぶりだろうな?」
「どうだろ? 子どものころ以来じゃない? 六歳……七歳ぐらいかなぁ。それぐらいまではあんたの家に泊まったりしてた記憶ある」
「そんな前になるのか……」

 また少し、二人の間に沈黙が流れた。

「ねぇ、ジャン」
「ん?」
「あたしが一人で南東の洞窟に行ったときのこと、覚えてる?」
「そういやニコラがそんなような話をしてたな。……でも悪ぃ、さっぱり覚えてねぇや」
「そう……覚えてないんだ」

 シェリーは少し残念そうだった。

「どんな話なんだ? 言われたら思い出すかもしれないし」
「ううん、大した話じゃないわよ。そんなことより、そろそろ寝ましょ。明日から仕事なんだし」
「……そうだな。そんじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」

 二人は静かに眠りに就いた。
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