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第一章 盗賊団「鋼鉄のならず者」
第六十二話 本領発揮
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時は遡りシェリーとロナルドの邂逅と同時刻。クロードのもとに一人の男が訪れた。
「よう、あんた、この町の自警団の人間か?」
「ああ、そうだ。その感じ、コソ泥一味の人間か?」
「コソ泥とはまた随分と安っぽい言い回しをしてくれるが……まあいいだろう」
大通りのガス灯と月明りに照らされ、男の姿が露わになる。男はガタイのいいクロードよりさらにひと回り大きな体格に、およそ武器らしい武器を携えない軽装をしていた。
「へぇ、姑息な泥棒にしちゃあ随分と潔いな。武器はこれかい?」
クロードは拳を握って見せた。
「そうだ。どうやら今夜は楽しい夜になりそうだな」
「はっ! 楽しいのは俺だけだぜ! ちゃんと役目を果たしてくれよ、サンドバッグくん」
「ふん、笑えん冗談だ。……いくぞ!」
「おう!」
二人は互いのスタイルが同じであることを感じ取ると、自己紹介もせず、示し合わせたように構えに入った。
目に見えない火花が夜の冷たい空気を切り裂く。そしてほぼ同時に二人は距離を詰め、最初の一撃を放った。初手はややリーチの長い敵のジャブがクロードの顔面にヒットするも、すぐにローキックで応戦、そして少し距離をとり、また互いに隙をうかがう。
次に緊張が臨界点に達する瞬間、今度はクロードだけが前方へ乗り出した。そして先ほどよりさらにキレを増したローキックを男のふくらはぎに叩き込み、すぐさま距離をとる。男とのリーチの差を考えれば妥当な戦術だ。クロードのやり方はセオリーに沿った、実に綺麗な戦い方だった。
それから同じようにヒット・アンド・アウェイを繰返し、クロードは合計五発、男の足にローキックを叩き込んだ。まだはっきりとは現れていないものの、少しずつダメージは蓄積されているはず。彼はそう考えていた。すると男は唐突に妙な話をし始めた。
「おまえ、妻帯者だろ?」
「はぁ? 戦いの最中になに言ってんだ?」
「いいから答えろ。妻はいるんだろ? イエスか? ノーか?」
「……はぁ、わけがわからねぇ。……イエスだ。いるよ。それがどうした?」
クロードはしぶしぶ質問に答えた。
「ふむ……あとは子どもが一人……いや、二人といったところか。男か女かまではわからないが……」
男は何を根拠にそう考えたのか、ほんの短い時間でクロードの家族構成を言い当てた。予想外の出来事に、クロードはここに来てはじめて激しく動揺した。
「おい、おまえ……まさか俺の家族のこと……」
「安心しろ。ただの予測だ。おまえの蹴りが『俺には家族がいるから下手なことはできない』って言ってるように感じられたんでな。確認がてら聞いてみただけだ」
「なっ……」
普段は相手を挑発する側のクロードだが、今回ばかりはそうはいかなかった。
「いや、別にかまわん。俺も今年で三十八になる。家庭を持っていればおまえと同じ戦い方をしていただろう。堅実だが腰の引けた、実に面白みのない戦い方をな」
「てめぇ……」
もし彼が二十代の血気盛んな若者だったなら、この容姿に似合わぬ知恵を備えた男に対し、激昂して飛びかかっていただろう。しかしクロードは三十代後半の妻帯者。おいそれと無謀なことはできない。歯噛みして悔しがるだけ。それが彼の限界だと言わんばかりに挑発され、返す言葉もない。
しかしその刹那、クロードの脳裏に聞きなれたある女性の声が鳴り響く。
(しゃんとしろよっ!)
(クロード。あなたいま、わたしたちのこと言い訳の材料にしようとしたでしょ?)
(わたしにだって、あなたが失業しても、借金を抱えても、ずっと支え続ける覚悟がある。だからあなたの子どもを産んだのよ。みくびらないでもらいたいわね)
クロードはその言葉を噛みしめた。一言一句漏らすことなく。
「それがおまえの妻の名か? ふむ……。いいんだぞ、逃げ帰っても。女の膝を涙で濡らすがいい。思う存ぶ……がっっっ!」
一瞬の出来事だった。クロードは二メーターほどの距離を一気に詰め、男の腹に強烈なボディブローを叩き込んだ。
「っっっ……」
あまりの威力に息もできず、男はそのまま地面に膝をついた。
「これで掴みやすくなった」
そう言って男の太い首を鷲掴みにするクロード。そしてもう片方の手でしっかりと拳を握り、男の頭に叩き付ける。二度三度、繰り返し。
「ぐっ! がっ! このっっっ……放せ!!!」
降り注ぐ拳に耐えかねた男は力ずくで体勢を立て直し、そのままクロードの顔面に巨大な拳を叩き込んだ。
「ぶっっっ!!!」
クロードは一気に後方へ吹っ飛ばされた。そしてすぐさま立ち上がり、鼻血を拭きながら満面の笑みを浮かべた。
「くぅぅーっ! いいねぇ! この感じ! 街の平和を守る正義の味方、クロード・コンスタンタン、五年ぶりに見参! ……ってとこだな!」
「はぁ、はぁ……やっと火が点いたか」
「おいおい、俺の方は済んだぜ。さっさと名乗れよ」
「ふん……いいだろう。俺の名はセオドア! 鋼鉄のならず者の突撃隊長、セオドア・アンダーソンだ!」
「ふーん、セオドアね。オーケーオーケー。それじゃあサンドバッグくん、覚悟はいいかな?」
名乗りを要求しておきながらこの挑発。クロードは完全に本調子に戻っていた。
「よう、あんた、この町の自警団の人間か?」
「ああ、そうだ。その感じ、コソ泥一味の人間か?」
「コソ泥とはまた随分と安っぽい言い回しをしてくれるが……まあいいだろう」
大通りのガス灯と月明りに照らされ、男の姿が露わになる。男はガタイのいいクロードよりさらにひと回り大きな体格に、およそ武器らしい武器を携えない軽装をしていた。
「へぇ、姑息な泥棒にしちゃあ随分と潔いな。武器はこれかい?」
クロードは拳を握って見せた。
「そうだ。どうやら今夜は楽しい夜になりそうだな」
「はっ! 楽しいのは俺だけだぜ! ちゃんと役目を果たしてくれよ、サンドバッグくん」
「ふん、笑えん冗談だ。……いくぞ!」
「おう!」
二人は互いのスタイルが同じであることを感じ取ると、自己紹介もせず、示し合わせたように構えに入った。
目に見えない火花が夜の冷たい空気を切り裂く。そしてほぼ同時に二人は距離を詰め、最初の一撃を放った。初手はややリーチの長い敵のジャブがクロードの顔面にヒットするも、すぐにローキックで応戦、そして少し距離をとり、また互いに隙をうかがう。
次に緊張が臨界点に達する瞬間、今度はクロードだけが前方へ乗り出した。そして先ほどよりさらにキレを増したローキックを男のふくらはぎに叩き込み、すぐさま距離をとる。男とのリーチの差を考えれば妥当な戦術だ。クロードのやり方はセオリーに沿った、実に綺麗な戦い方だった。
それから同じようにヒット・アンド・アウェイを繰返し、クロードは合計五発、男の足にローキックを叩き込んだ。まだはっきりとは現れていないものの、少しずつダメージは蓄積されているはず。彼はそう考えていた。すると男は唐突に妙な話をし始めた。
「おまえ、妻帯者だろ?」
「はぁ? 戦いの最中になに言ってんだ?」
「いいから答えろ。妻はいるんだろ? イエスか? ノーか?」
「……はぁ、わけがわからねぇ。……イエスだ。いるよ。それがどうした?」
クロードはしぶしぶ質問に答えた。
「ふむ……あとは子どもが一人……いや、二人といったところか。男か女かまではわからないが……」
男は何を根拠にそう考えたのか、ほんの短い時間でクロードの家族構成を言い当てた。予想外の出来事に、クロードはここに来てはじめて激しく動揺した。
「おい、おまえ……まさか俺の家族のこと……」
「安心しろ。ただの予測だ。おまえの蹴りが『俺には家族がいるから下手なことはできない』って言ってるように感じられたんでな。確認がてら聞いてみただけだ」
「なっ……」
普段は相手を挑発する側のクロードだが、今回ばかりはそうはいかなかった。
「いや、別にかまわん。俺も今年で三十八になる。家庭を持っていればおまえと同じ戦い方をしていただろう。堅実だが腰の引けた、実に面白みのない戦い方をな」
「てめぇ……」
もし彼が二十代の血気盛んな若者だったなら、この容姿に似合わぬ知恵を備えた男に対し、激昂して飛びかかっていただろう。しかしクロードは三十代後半の妻帯者。おいそれと無謀なことはできない。歯噛みして悔しがるだけ。それが彼の限界だと言わんばかりに挑発され、返す言葉もない。
しかしその刹那、クロードの脳裏に聞きなれたある女性の声が鳴り響く。
(しゃんとしろよっ!)
(クロード。あなたいま、わたしたちのこと言い訳の材料にしようとしたでしょ?)
(わたしにだって、あなたが失業しても、借金を抱えても、ずっと支え続ける覚悟がある。だからあなたの子どもを産んだのよ。みくびらないでもらいたいわね)
クロードはその言葉を噛みしめた。一言一句漏らすことなく。
「それがおまえの妻の名か? ふむ……。いいんだぞ、逃げ帰っても。女の膝を涙で濡らすがいい。思う存ぶ……がっっっ!」
一瞬の出来事だった。クロードは二メーターほどの距離を一気に詰め、男の腹に強烈なボディブローを叩き込んだ。
「っっっ……」
あまりの威力に息もできず、男はそのまま地面に膝をついた。
「これで掴みやすくなった」
そう言って男の太い首を鷲掴みにするクロード。そしてもう片方の手でしっかりと拳を握り、男の頭に叩き付ける。二度三度、繰り返し。
「ぐっ! がっ! このっっっ……放せ!!!」
降り注ぐ拳に耐えかねた男は力ずくで体勢を立て直し、そのままクロードの顔面に巨大な拳を叩き込んだ。
「ぶっっっ!!!」
クロードは一気に後方へ吹っ飛ばされた。そしてすぐさま立ち上がり、鼻血を拭きながら満面の笑みを浮かべた。
「くぅぅーっ! いいねぇ! この感じ! 街の平和を守る正義の味方、クロード・コンスタンタン、五年ぶりに見参! ……ってとこだな!」
「はぁ、はぁ……やっと火が点いたか」
「おいおい、俺の方は済んだぜ。さっさと名乗れよ」
「ふん……いいだろう。俺の名はセオドア! 鋼鉄のならず者の突撃隊長、セオドア・アンダーソンだ!」
「ふーん、セオドアね。オーケーオーケー。それじゃあサンドバッグくん、覚悟はいいかな?」
名乗りを要求しておきながらこの挑発。クロードは完全に本調子に戻っていた。
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