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第六章 父祖の土地へ
第二百六十九話 あぶないおくすり
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三冊目の絵本のタイトルは『むすこにあいたい』。絵本にしては分厚く、表紙も前の二冊に比べて色調が重い。売れなかったのも納得がいくものに見えた。
表紙をめくると、物語の最初の一頁には意外にも、柔らかな温もりを感じさせる若い夫婦と一人のかわいらしい男の子が描かれていた。
[あるところに ひとくみのふうふと そのこどもがくらしていました]
ジャンはシェリーとニコラが読み終えたと思われるタイミングで頁をめくった。
[おとうさんのなまえはピート おかあさんのなまえはメリッサ おとこのこのなまえはアレックスといいました]
その頁を見て三人は目を疑った。母親の名はメリッサ。息子の名はアレックス。偶然の一致か、そうでないのか。あのアレックスが語った母の名もメリッサだった。
「「……」」
思いがけず固まってしまった彼らを見て、ニールは少し不思議に思った。
「どうかしたのか? 最初の頁には別段驚くようなことは書かれていないと思うが」
「……あ。いやー。知り合いの名前と同じだったからさー。母親の名前も同じなんで驚いちゃって」
ジャンは少しぼかした言い方で誤魔化そうとした。
「……そうだったのか。珍しいこともあるものだな。邪魔をして悪かった。ゆっくり続きを読んでくれ」
「うん、そうするぜ」
上手くごまかせたが、それはそれとして、問題はこの絵本のモデルになったのが本当にアレックスの家族かどうかだ。もしそうなら、意外に早くアレックスの母親を探し当てることができるかもしれない。そう思うとより一層、その先が気になった。
ジャンたちは黙り、わずかな手がかりも漏らさないよう、注意深く読み進めて行った。
[さんにんは たいへんなかがよく ひょうばんのいいかぞくでした
ピートは はたらきものでかんじがよいので たくさんのひとから しんらいされていました
メリッサは びじんであかるいので ピートは たいそううらやましがられました
そんなふたりにかわいがられて アレックスは すくすくとそだっていきました]
[しかし そんなしあわせなかぞくに とつじょ ふこうがおそいました]
その文は黒地に白い文字で書かれていた。その見た目から、この物語が少なくとも良い結末を迎えないことが十分に伝わってきた。
[あるひピートは しごとがえりに どうりょうとおさけをのみにいきました
つきにいちどだけの おそくまでのんでもいいひです
そのひはたまたま いきつけのバーがしまっていたので ピートたちは べつのバーでのむことにしました]
[のんでしゃべって おそくなると ピートはどうりょうたちとわかれて いえにかえろうとしました
そのかえりみち ピートはみてはいけないものを みてしまいました]
[ひとけのないみちのおくから こえがきこえてきました
ピートはちょっとのぞくだけのつもりで こえがきこえるほうへちかづきました
なんとそこには あぶないおくすりをうる わるいひとたちがいました]
[つぎのひのあさ めをさましたメリッサは ピートがいないことにおどろきました
メリッサは ふあんがるアレックスをがっこうにおくると すぐにおまわりさんのところへいきました]
[おまわりさんは これはいちだいじだと ピートのはたらくかいしゃにれんらくしました
おまわりさんは きのうピートたちがのんだバーを しらべました
それからおまわりさんは メリッサのところにもどってきて こういいました]
[ピートさんはゆくえふめいです せいいっぱいさがしますが きたいはしないでください]
[メリッサは おまわりさんのかおをみて なんとなくわかりました
おまわりさんは たぶん ピートをしんけんにさがしてくれない
ピートは おまわりさんもかなわない わるいマフィアにつかまったのだと]
[ひとつきご メリッサはしびれをきらして じぶんでピートをさがしにいきました
ピートのどうりょうから かれとわかれたばしょをききだして そこにむかいました
しかしうんわるく メリッサはわるいひとたちに みつかってしまいました]
[メリッサは わるいひとたちに あぶないくすりをのまされてしまいました
そのくすりをのんだメリッサは きぶんがふわふわしてきました
あぶないくすりは おいしゃさんのくすりとは ぜんぜんちがう
メリッサはくすりのせいで おかしくなってしまいました]
あまりの衝撃的な内容にジャンたちは息をのんだ。これが実話で、しかもアレックスの家族の身に実際に起こった出来事だったとしたら……。ジャンは恐る恐るページをめくった。
[それからというもの メリッサはどんどん おかしくなっていきました
くすりがきれると どうしようもなくふあんになるので
ほんとうはいやなのに メリッサはわるいひとたちに こっそりくすりをねだるようになりました]
[しかしそのくすりは ものすごくたかかったので メリッサはすぐにびんぼうになってしまいました
おかねがなくなると ひとからかり いよいよおかねをかしてもらえなくなったメリッサは]
[アレックスに どろぼうをさせました]
ジャンも、ニコラも、シェリーも、その頁を見て確信を抱いた。これは紛れもなくあのアレックスの過去であり、彼が盗みを働くようになったきっかけはこれなのだと。
表紙をめくると、物語の最初の一頁には意外にも、柔らかな温もりを感じさせる若い夫婦と一人のかわいらしい男の子が描かれていた。
[あるところに ひとくみのふうふと そのこどもがくらしていました]
ジャンはシェリーとニコラが読み終えたと思われるタイミングで頁をめくった。
[おとうさんのなまえはピート おかあさんのなまえはメリッサ おとこのこのなまえはアレックスといいました]
その頁を見て三人は目を疑った。母親の名はメリッサ。息子の名はアレックス。偶然の一致か、そうでないのか。あのアレックスが語った母の名もメリッサだった。
「「……」」
思いがけず固まってしまった彼らを見て、ニールは少し不思議に思った。
「どうかしたのか? 最初の頁には別段驚くようなことは書かれていないと思うが」
「……あ。いやー。知り合いの名前と同じだったからさー。母親の名前も同じなんで驚いちゃって」
ジャンは少しぼかした言い方で誤魔化そうとした。
「……そうだったのか。珍しいこともあるものだな。邪魔をして悪かった。ゆっくり続きを読んでくれ」
「うん、そうするぜ」
上手くごまかせたが、それはそれとして、問題はこの絵本のモデルになったのが本当にアレックスの家族かどうかだ。もしそうなら、意外に早くアレックスの母親を探し当てることができるかもしれない。そう思うとより一層、その先が気になった。
ジャンたちは黙り、わずかな手がかりも漏らさないよう、注意深く読み進めて行った。
[さんにんは たいへんなかがよく ひょうばんのいいかぞくでした
ピートは はたらきものでかんじがよいので たくさんのひとから しんらいされていました
メリッサは びじんであかるいので ピートは たいそううらやましがられました
そんなふたりにかわいがられて アレックスは すくすくとそだっていきました]
[しかし そんなしあわせなかぞくに とつじょ ふこうがおそいました]
その文は黒地に白い文字で書かれていた。その見た目から、この物語が少なくとも良い結末を迎えないことが十分に伝わってきた。
[あるひピートは しごとがえりに どうりょうとおさけをのみにいきました
つきにいちどだけの おそくまでのんでもいいひです
そのひはたまたま いきつけのバーがしまっていたので ピートたちは べつのバーでのむことにしました]
[のんでしゃべって おそくなると ピートはどうりょうたちとわかれて いえにかえろうとしました
そのかえりみち ピートはみてはいけないものを みてしまいました]
[ひとけのないみちのおくから こえがきこえてきました
ピートはちょっとのぞくだけのつもりで こえがきこえるほうへちかづきました
なんとそこには あぶないおくすりをうる わるいひとたちがいました]
[つぎのひのあさ めをさましたメリッサは ピートがいないことにおどろきました
メリッサは ふあんがるアレックスをがっこうにおくると すぐにおまわりさんのところへいきました]
[おまわりさんは これはいちだいじだと ピートのはたらくかいしゃにれんらくしました
おまわりさんは きのうピートたちがのんだバーを しらべました
それからおまわりさんは メリッサのところにもどってきて こういいました]
[ピートさんはゆくえふめいです せいいっぱいさがしますが きたいはしないでください]
[メリッサは おまわりさんのかおをみて なんとなくわかりました
おまわりさんは たぶん ピートをしんけんにさがしてくれない
ピートは おまわりさんもかなわない わるいマフィアにつかまったのだと]
[ひとつきご メリッサはしびれをきらして じぶんでピートをさがしにいきました
ピートのどうりょうから かれとわかれたばしょをききだして そこにむかいました
しかしうんわるく メリッサはわるいひとたちに みつかってしまいました]
[メリッサは わるいひとたちに あぶないくすりをのまされてしまいました
そのくすりをのんだメリッサは きぶんがふわふわしてきました
あぶないくすりは おいしゃさんのくすりとは ぜんぜんちがう
メリッサはくすりのせいで おかしくなってしまいました]
あまりの衝撃的な内容にジャンたちは息をのんだ。これが実話で、しかもアレックスの家族の身に実際に起こった出来事だったとしたら……。ジャンは恐る恐るページをめくった。
[それからというもの メリッサはどんどん おかしくなっていきました
くすりがきれると どうしようもなくふあんになるので
ほんとうはいやなのに メリッサはわるいひとたちに こっそりくすりをねだるようになりました]
[しかしそのくすりは ものすごくたかかったので メリッサはすぐにびんぼうになってしまいました
おかねがなくなると ひとからかり いよいよおかねをかしてもらえなくなったメリッサは]
[アレックスに どろぼうをさせました]
ジャンも、ニコラも、シェリーも、その頁を見て確信を抱いた。これは紛れもなくあのアレックスの過去であり、彼が盗みを働くようになったきっかけはこれなのだと。
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