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第六章 父祖の土地へ
第二百六十一話 到着!クーラン帝国!
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それから三人は予定通り駅に到着し、ゲディが手配しておいた列車に乗り、港に一番近い駅まで戻った。そのあとも馬車が用意されており、出航の時間には予定通り間に合った。
旅客船ワカ・ジャワカの船長、フィッシュハートは狼狽したままだったが、いろいろと察した二コラが彼にこっそり事情を説明したことでやっと安心した。とはいえ彼も少し反省したのか、その後はシェリーを必要以上におだてるのをやめ、代わりにジャンに対してやたら低姿勢な態度をとるようになった。
そんなこんなで数日が過ぎ、ジャンたちはついに東の大陸に到着した。
「みなさま! フェーブル王国からの長旅、まことにお疲れさまでした! そして! 世界最先端のクーラン帝国を、どうぞお楽しみください!」
フィッシュハートは相変わらずの大声で乗客たちを見送っていた。そこに最後尾に並んでいたジャンたちが現れると、また急に低姿勢になって揉み手をはじめた。
「これはこれは、シャロン様ご一行様ではないですか。ご機嫌麗しくなによりにございます、はい」
「あー、うん。そのー、いろいろ世話になったぜ」
ジャンはフィッシュハートのあまりのへりくだりぶりに少しうんざりしていた。自分の素性を知られていることは鈍い彼でもさすがにわかったし、ここ数日、ニコラたちとその話題で盛り上がることもあった。
「ご満足いただけたようでしたら幸いにございます、はい」
船長はとにかくジャンに気に入られることで頭がいっぱいの様子。シェリーはちょっと前まで自分のことをべた褒めしていた彼が、急にジャンにばかり媚を売るようになったのがちょっぴり不満だった。そこで今日は自分から尋ねてみることにした。
「ねぇ、船長さん。今日のあたし、どう?」
「え? ああ、はい。大変お綺麗にございます。……ところでシャロン様。よろしければお帰りの際も当社の旅客船を……」
「そりゃ先の話だしよー。そのときになったらまた考えさせてもらうぜ」
「左様でございますかー。ではその際はぜひ当社をごひいきに……」
雑に褒められた彼女はかえってカチンときた。おまけにすぐまたジャンに媚を売り始めたのだから腹持ちならない。もうなんでもいいから反撃したい。そんな気分になってきた。
「船長さん。ここ。ここのおひげ、一本だけ長くなってますよー」
シェリーはそう言って、1本だけ他より長くなっていたフィッシュハートのあごひげをつまんだ。
「え? 左様でございますか。ありがとうございます」
「あたしが抜いてあげるわよ」
「いえいえそんな。お客様にひげを抜いてもらうなどとんでも……痛っ!!」
彼女は船長の言葉を無視してつまんだひげを思いきり引き抜いた。それはいかにも硬そうなあごひげで、抜かれた瞬間、船長はつい顔をしかめた。
「あー、ここもなんか伸びてるー」
「いえ、もう結構で……痛っ!」
一本で怒りが収まるはずもなく、シェリーはもう一本、船長のひげを抜いた。
「ここも。それにここも。あとここも。左右のバランスをとるためにここも。ついでだからここも……」
「痛っ! 痛いっ! 痛いっっ!! お客様! もう大丈夫ですから! おやめください! お客様!」
もはや伸びすぎているかどうかは関係なかった。次々にひげを抜かれ、フィッシュハートはなすすべもなく、この地味な拷問にちょっぴり涙ぐんだ。
しばらくひげを抜き続けたところで、やっとシェリーは満足した。
「さ、すっきりしたことだし、行くわよ、ジャン、二コラ」
「お、おう……」
シェリーの気が収まるころには、ジャングルのように生い茂っていた船長のひげはすっかり薄くなり、枯れかかった生垣のようにスカスカになっていた。
「シェリー。おまえって奴は……ほんと容赦ねぇな」
「乙女心を弄ぶからよ。まったく。失礼しちゃうわ」
「……」
最近それなりに配慮できるようになってはきたジャンだったが、船長のあり様を見て、改めてシェリーの機嫌を損ねてはいけないと肝に銘じた。
そんなこんなでついに、ジャンたちは東の大陸北西部、世界最大の領土を誇るクーラン帝国に降り立った。そしてそこは、彼の先祖が千年の歴史を築いた土地でもある。
空は蒼く、日差しは暑い。緯度の近いイールで経験したのとさほど変わらない夏の日だったが、心境はまったく違っていた。
今や彼の心の中には、旅に出る前にはなかったたくさんの荷物が置かれていた。父祖の土地に対する不思議な郷愁。見え始めた将来への展望。そしてアレックスとの約束。数か月前とは同じようでまったく違う。
「ついに来たな! ここまで!」
「ああ。この数か月いろいろあったけど、なんとかここまで来れた」
「あたしは、ただあんたたちに付き合って来ただけだけどね」
これまで予定に反して大きないざこざに巻き込まれることが多かったが、ここは世界最大の帝国の領内であり、この世界で最も発展した土地。ここまでくればそんなことはもうないだろう。三人はともにそう思っていた。
しかし彼らが楽しい旅を続けられるのも、アレックスの母を見つけ出すまでの話だった。
旅客船ワカ・ジャワカの船長、フィッシュハートは狼狽したままだったが、いろいろと察した二コラが彼にこっそり事情を説明したことでやっと安心した。とはいえ彼も少し反省したのか、その後はシェリーを必要以上におだてるのをやめ、代わりにジャンに対してやたら低姿勢な態度をとるようになった。
そんなこんなで数日が過ぎ、ジャンたちはついに東の大陸に到着した。
「みなさま! フェーブル王国からの長旅、まことにお疲れさまでした! そして! 世界最先端のクーラン帝国を、どうぞお楽しみください!」
フィッシュハートは相変わらずの大声で乗客たちを見送っていた。そこに最後尾に並んでいたジャンたちが現れると、また急に低姿勢になって揉み手をはじめた。
「これはこれは、シャロン様ご一行様ではないですか。ご機嫌麗しくなによりにございます、はい」
「あー、うん。そのー、いろいろ世話になったぜ」
ジャンはフィッシュハートのあまりのへりくだりぶりに少しうんざりしていた。自分の素性を知られていることは鈍い彼でもさすがにわかったし、ここ数日、ニコラたちとその話題で盛り上がることもあった。
「ご満足いただけたようでしたら幸いにございます、はい」
船長はとにかくジャンに気に入られることで頭がいっぱいの様子。シェリーはちょっと前まで自分のことをべた褒めしていた彼が、急にジャンにばかり媚を売るようになったのがちょっぴり不満だった。そこで今日は自分から尋ねてみることにした。
「ねぇ、船長さん。今日のあたし、どう?」
「え? ああ、はい。大変お綺麗にございます。……ところでシャロン様。よろしければお帰りの際も当社の旅客船を……」
「そりゃ先の話だしよー。そのときになったらまた考えさせてもらうぜ」
「左様でございますかー。ではその際はぜひ当社をごひいきに……」
雑に褒められた彼女はかえってカチンときた。おまけにすぐまたジャンに媚を売り始めたのだから腹持ちならない。もうなんでもいいから反撃したい。そんな気分になってきた。
「船長さん。ここ。ここのおひげ、一本だけ長くなってますよー」
シェリーはそう言って、1本だけ他より長くなっていたフィッシュハートのあごひげをつまんだ。
「え? 左様でございますか。ありがとうございます」
「あたしが抜いてあげるわよ」
「いえいえそんな。お客様にひげを抜いてもらうなどとんでも……痛っ!!」
彼女は船長の言葉を無視してつまんだひげを思いきり引き抜いた。それはいかにも硬そうなあごひげで、抜かれた瞬間、船長はつい顔をしかめた。
「あー、ここもなんか伸びてるー」
「いえ、もう結構で……痛っ!」
一本で怒りが収まるはずもなく、シェリーはもう一本、船長のひげを抜いた。
「ここも。それにここも。あとここも。左右のバランスをとるためにここも。ついでだからここも……」
「痛っ! 痛いっ! 痛いっっ!! お客様! もう大丈夫ですから! おやめください! お客様!」
もはや伸びすぎているかどうかは関係なかった。次々にひげを抜かれ、フィッシュハートはなすすべもなく、この地味な拷問にちょっぴり涙ぐんだ。
しばらくひげを抜き続けたところで、やっとシェリーは満足した。
「さ、すっきりしたことだし、行くわよ、ジャン、二コラ」
「お、おう……」
シェリーの気が収まるころには、ジャングルのように生い茂っていた船長のひげはすっかり薄くなり、枯れかかった生垣のようにスカスカになっていた。
「シェリー。おまえって奴は……ほんと容赦ねぇな」
「乙女心を弄ぶからよ。まったく。失礼しちゃうわ」
「……」
最近それなりに配慮できるようになってはきたジャンだったが、船長のあり様を見て、改めてシェリーの機嫌を損ねてはいけないと肝に銘じた。
そんなこんなでついに、ジャンたちは東の大陸北西部、世界最大の領土を誇るクーラン帝国に降り立った。そしてそこは、彼の先祖が千年の歴史を築いた土地でもある。
空は蒼く、日差しは暑い。緯度の近いイールで経験したのとさほど変わらない夏の日だったが、心境はまったく違っていた。
今や彼の心の中には、旅に出る前にはなかったたくさんの荷物が置かれていた。父祖の土地に対する不思議な郷愁。見え始めた将来への展望。そしてアレックスとの約束。数か月前とは同じようでまったく違う。
「ついに来たな! ここまで!」
「ああ。この数か月いろいろあったけど、なんとかここまで来れた」
「あたしは、ただあんたたちに付き合って来ただけだけどね」
これまで予定に反して大きないざこざに巻き込まれることが多かったが、ここは世界最大の帝国の領内であり、この世界で最も発展した土地。ここまでくればそんなことはもうないだろう。三人はともにそう思っていた。
しかし彼らが楽しい旅を続けられるのも、アレックスの母を見つけ出すまでの話だった。
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