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第六章 父祖の土地へ

第二百五十三話 ジャンの気概

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「難しいことはわかんねぇけど、俺、あいつらが泥棒なんかしなくてもいい世の中にしたいんだ」
「ほほう。世の中とは、ずいぶん話が大きくなったな」

 国王は少々驚いた様子であごひげを弄った。

「いや、その……。俺みたいな世間知らずの田舎者が言うようなことじゃないのかもしれないけど……」
「少なくとも時代の流れは市民が天下国家を語ることを認め始めている。それが良いか悪いかは百年二百年先にならないとわからないであろうが……今はそういう時代だ。好きに申してみよ」

 国王がそう促すと、ジャンはこくりとうなずいた。

「そういうことする奴らの中には、そりゃあ根っからのワルもいるだろうけど……そうじゃない奴のほうが多いと思うんだ。家が貧乏だったり、周りから酷いことされて育ったり……。そういうのをなくしたい」

「うむ。それは今、国家に求められる最重要課題でもある。市民の発言力が増した今、彼らの生活を保障することは国家を維持する上で最大の懸案事項の一つとなったと言ってよいだろう。国が発展するには安定した社会を維持する必要がある。極端な機会の不平等は是正せねばならん」

「そういう難しい話はよくわかんねぇけどさ、俺はおばさんに会って、自分のご先祖様のことを知って、そういう気持ちが強くなったんだ。もしうちが滅んでなかったら、俺は逆に生まれたときから偉い人だろ。いまと同じ俺だったなんて思えないんだ」

 未だかつて、彼がここまで真面目に自分の考えを詳細に語ったことはなかった。脇で話を聞くニコラとシェリーは、幼馴染のお調子者の普段見せない顔を見て、それぞれに思うところがあった。

 ニコラは最近感じていたジャンの秘められた知性の片鱗に強い関心を抱いていた。シェリーは見直す気持ち以上に、彼が自分の想像よりずっと大人で思慮深い男だったことに寂しさを覚えていた。薄々感づいていなかったわけではない。しかし認めたくなかったのだ。それを認めたら、なにやら彼が遠い存在になってしまうようで、それが不安でしかたなかった。

 皆の注目を集める中、ジャンは結論に向かおうとした。

「どっちの未来に進むのが正しいとか、そういうことじゃないんだ。もし俺が皇帝の子……」
「皇太子」

 ニコラがフォローを入れた。

「そう。その皇太子になった未来じゃ、たぶん俺はいまの俺よりずっとちゃんとしていて、行儀も良かったんだと思う。でもそれはいまここにいる俺・・・・・・・・じゃないし、いまここにいる俺は、皇太子なんて堅苦しい立場になんて絶対になりたくねぇ」

 そこで王妃が思わずくすっと笑った。

「そういえばうちの子も、昔は王様になんかなりたくないってごねてましたわねぇ」

 すると王妃の言葉に国王はちょっぴり不満そうにした。

「そういうものだぞ。私がまだ幼かったころの話だが……父上から精巧な戦闘用馬車チャリオットの玩具を与えられたことがあってな。その数日後、公務で父上に同行したら皆がそれを知っておった。
 自分だけの秘密の玩具を手に入れたと浮かれておったのに、誰も彼もが『あのチャリオットをたいそうお気に召されたようですね』と申すのだ。あれは幼心に傷ついたし、国王になればもっと筒抜けになると思ってしばらく父上に反抗したわ」

「あら! あなた様にもそんな可愛らしい時期があったなんて! ふふっ」
「からかうでない。そんなことより、彼の話を遮ってしまった。申し訳ないが続きを」

 国王は自分の過去の話をはぐらかすようにジャンに返した。

「その……なんの話だったっけな……。……そう、もし俺が皇太子だったらなんて考えは意味ないんだ。きっと俺たちは選べない。自分の運命を。いまの俺が俺だし、俺が出会ったあいつらも、紛れもなくあいつら自身なんだ。だから……シェリーが言った通り、悪いことは悪い。どうあれあいつらは悪いことをした。だから裁かれなきゃならない」

 ジャンはシェリーのほうを一瞬見たが、彼女はもう、どんな顔をしたらいいかわからなかった。

「でもよー。それ以前に、そういうふうに悪人になる人を減らすことならできると思うんだよ。そりゃどうしようもない奴はなにやってもどうしようもないのかもしれねぇけどさ、どうにかなる奴はできるだけどうにかなるように、助けてやんなきゃいけないと思うんだ。俺が将来なにか大きなことをするなら、まずそういう人たちを助けたい」

 彼がすべて語り終えると場は静まり返った。

 皆思い思いに彼の言葉を咀嚼そしゃくしていた。その中で、国王はジャンの言葉と醸し出すオーラに並々ならぬものを感じていた。

(この者の考えは甘い。人は元来怠惰で、不真面目で、耐えがたいほどのご都合主義者だ。さらに悪いのは、自分がご都合主義者であるかもしれないなどとは露ほども思わない。そんな輩がごまんといることだ。私とて、自分はそのような不届きな人間ではないと、自信を持って言うことはできない。
 しかしこやつはその現実をわかった上で言っておる。おそらく肌感覚で、これまで見聞きしてきた事実から本能的に察しているのだろう。現実を理解した上で、その現実を自分の力で覆したい、ということか。確かに甘いが、これは面白い)

「そなたの気持ちはよくわかった。それは私たち国家元首にとっても重要な論点だ。我が国の政策にも取り入れるべき考えだと言えよう。意義深い話が聞けてよかった。感謝するぞ」
「そんな……。王様から感謝なんかされたら、俺困るぜ」

 ジャンはまたいつもの顔に戻り照れ笑いをした。がらにもなく真面目な話をした緊張がほぐれ、ほんの少し気持ちが和らいでいた。

「失礼いたします」

 そこに給仕が、先ほど国王が言っていた庶民の料理を運んできた。大皿に盛られたその料理は、揚げたたらに揚げたじゃがいも。脇には油っけを和らげるためと思われる生の葉野菜とレモン、それに鱈とジャガイモにつけるケチャップとサワークリームが添えられていた。

「来たな。見てわかると思うが、この鱈とじゃがいもをたれに付けて食べる。庶民の料理だがこれがこの国で一番美味い」

 国王はテーブルに置かれた料理を指してそう言うと、さっそく鱈をサワークリームにつけ、口に運んだ。

「うむ、やはりこれがいい」

 国王は今日一番の笑顔を見せた。そんな国王を王妃がからかった。

「あらまあ。こんな庶民の食べ物を嬉しそうに」
「そう言いながら皿に手が伸びておるぞ」
「これはあなた様に合わせているだけですわ」
「ふん。まあよい。そういうことにしておこう。君らも遠慮なく食べてくれ」
「「はい、いただきます」」

 国王の許しが出たので、ジャンたち三人とゲディは各々鱈かジャガイモを手に取り、好みのたれに付けて食べた。

「うっめー!」

 ジャンは思わず声を上げた。

「ほんと、美味しい」
「うん、これはいけるね」

 シェリーとニコラもその庶民の料理をたいそう気に入った。

「あなた方にはまだ早いですが、エールともよく合いますよ」

 ゲディがそう言うと国王はそうだったという顔をして、給仕に目で合図をした。給仕はエールを用意するため、厨房のほうへと戻って行った。

 そこからはお堅い話もなく、各々その日の晩餐を楽しんだ。ただ、シェリーの心には僅かにわだかまりが残った。
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