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第六章 父祖の土地へ

第二百四十七話 鋭い男

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 ホテルを出た三人はゲディのチャーターした馬車に乗り、半刻もしないうちに鉄道の駅に着いた。ほどなくして列車が到着すると、彼らは前から二台目の特別車両に乗車した。車両内には他に人はいなかった。

「一般の乗客に聞かれてはまずい話もあると思い、貸し切りにしておきました。お好きな席へどうぞ」

 ゲディは柔らかい調子でそう言った。三人が手近な席に腰を下ろすと、彼もその向かいに座った。席の中心にはテーブルがあった。

「正午過ぎに昼食が来ますから、それまでしばらくお待ちください」
「「はい」」

 時刻はまだ十一時を回っていなかったので、四人は一息入れることにした。

 それから列車が動き出すと、ニコラが少しそわそわしだした。その様子を見たゲディは彼に声をかけた。

「ニコラさん、どうかしましたか?」
「いえ、その……。車両を見て回りたいのですが、かまいませんか?」
「……ああ、それぐらいでしたら、どうぞご自由に」
「すみません。一般車両のほうもよろしいですか?」
「ええ、どうぞどうぞ」
「ありがとうございます」

 最初は警戒していたニコラだったが、生まれて初めて蒸気機関車に乗れたことで珍しく舞い上がっていた。彼は席を立つと、後続の車両のほうへ歩いて行った。

「俺もあとで見に行こうかな。初めてだしよー」
「あたしもちょっと見てみたいかも」

 ジャンとシェリーもニコラほどではないものの、初めて乗る鉄道に興味津々だった。

 そこにニコラとは入れ替わりで、前の車両から乗務員がティーポットとカップ、それに角砂糖を乗せたカートを押してやって来た。

「失礼いたします。こちらは摘みたての茶葉を使用したベルガモットティーになります」

 乗務員はそれら一式をテーブルに置いた。

「ごゆっくりお楽しみくださいませ」

 彼は一礼すると、そのまま前の車両に戻って行った。

「ニコラさんはタイミングが悪かったようですね」

 そう言ってゲディはティーポットを手に取った。

「少し暑くなってきましたから、口当たりの良いものを用意させました」

 彼は慣れた手つきで紅茶を入れ始めた。あたりにはベルガモットの爽やかな香りがたちこめた。

「どうぞ」
「「いただきます」」

 ゲディが紅茶を差し出すと、ジャンとシェリーは角砂糖を入れてティースプーンでかき混ぜ、火傷しないよう慎重に口をつけた。

「おいしい」

 シェリーはひと言そう言った。

「それはよかった」

 ゲディはにっこりと微笑んだ。

 外は天気も良く、車窓からは豊かな自然と遠くの集落が見えた。雰囲気は悪くない。二人の警戒心もほぼ完全に解けた。そこでゲディはおもむろに二人に言った。

「ところで、お二人はお付き合いされてるのですか?」
「「ぶっ!! ゲホッ!! ゲホッ!!」」

 ジャンとシェリーは同時に紅茶を吹き出し、それから激しくむせた。

「おっと失礼! 余計なことを言いましたね。乗務員に布巾を借りてきましょう」

 ゲディは驚き、席を立って前の車両に向かった。残された二人の間には微妙な空気が流れた。

「……そういう風に、見えるみたい」
「……うーん、どうなんかなー」

 列車が線路を走る音、それに先頭車両のほうから蒸気が噴き出る音がした。二人は黙って残った紅茶の水面をじっと見つめた。

 それからゲディが布巾を手に戻って来ると、シェリーはその場で立ち上がった。

「すみません、あたしが拭きます」
「いえいえ、客人に掃除をさせるわけにはいきません」

 彼はそう言って手早くテーブルの上に散らばった紅茶を拭き取った。

「ゲディさん、ごめん。急に吹いちまって」
「いいんですよ、これぐらい」

 謝るジャンに笑顔で答えると、彼は拭き終えた布巾をテーブルのわきに置いて席に着いた。

「なにか他の話でもしましょう。昼食まではまだ時間があります。……そうですね。あなたがたはなぜこんな遠方まで旅をしてるのですか?」
「それは……俺がイールを出たいって親に言って、それで……」
「へぇ、それはまた大それたことを。いや、素晴らしい。何事も若いうちに挑戦するに越したことはありません」

 それからジャンとシェリーはこれまでの旅の話をかいつまんで話した。もちろん窃盗団との戦いやヒルダのこと、サイクロプスのことは黙っていたが。

「ずいぶんと大変な旅でしたね」
「んー。まあ、大変ちゃー大変だったかなー」
「ほんと、無計画で心配ばっかかけるんだから。こっちはもっと大変だったわ」
「いやー、悪ぃ悪ぃ」
「「はははははは」」

 三人の会話は実に弾んだ。しかしそこでゲディが鋭い一言を放った。

「しかしフェーブルのギルドで出くわしたあなたの目は、もっと大きな修羅場を乗り越えた男のそれに見えましたが」
「「!!」」

 彼の唐突な指摘に二人は固まってしまった。そしてすぐさま、ジャンははぐらかすように言った。

「ははは! 俺が? そんなわけないよなー。な? シェリー」
「そ、そうよー! あんた抜けてるんだから!」

 その場に一瞬緊張が走った。とそのとき、後の戸が開き、満足気な顔をしたニコラが特別車両に戻って来た。冷静な彼にしては珍しく、子どものように楽しそうな顔をしていた。

「ジャン、シェリー、すごいぞ! あとで見てこいよ! この列車、隅々まで凝った造りになってるぞ!」
「お、おう。じゃあ俺もあとで見に行こうかな」
「あたしもそうしよっかなー、は、はは」

 渡りに船と思ったのか、二人はややぎこちない感じで話を逸らした。

「ゲディさん、先頭車両も見に行っていいですか?」

 ニコラはうきうきした様子で尋ねた。ゲディは懐中時計を取り出して時間を見た。

「うーん。そろそろ昼食が運ばれてくるころですから、見学は午後にしましょうか」
「それじゃあ仕方ないですね。昼食を食べ終わってからまたゆっくり見学させていただきます」
「どうぞ、お好きなだけ」

 タイミングよくニコラが戻って来たことでうまく難を逃れたものの、ゲディの勘の鋭さに肝を冷やしたジャンとシェリーだった。
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