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第五章 黄金色の淑女とネオンの騎士

第二百三十二話 世界崩壊の危機

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 そのとき、村では混乱が起きていた。村人たちは先ほどの轟音、そしてソフィが放つ殺気に浮足立ち、ニーナとノーマンは不安定なソフィの魔力に緊張を増していた。

「みなさん! できるだけこの渓谷から離れてください!」

 ニーナは現地の言葉で避難を促した。村人たちは彼女の切迫ぶりから状況を察し、最低限の家財を持って逃げる準備をはじめた。ノーマンはその横で、ただただ歯噛みするしかなかった。

 ここにいる誰一人として、ソフィの暴走を止められる者などいない。いや、世界中探してもいないかもしれない。その現実を理解しながら、阻止する手立てはなにもない。ニーナとノーマンはただ事が丸く収まることを祈るしかなかった。

 ソフィと黄金色の淑女ゴールデンレディの周囲はますます不安定になっていった。空気の密度がまばらになり、一部の植物は表面から崩壊を始めていた。

「お、お姉さん、落ちつこ。ね?」

 淑女は恐怖に震えていた。そして彼女の首を掴むソフィはますます殺気立っていた。

「わたしはね……もう誰も殺さないって決めたのよ。大嫌いな姉さんのことだって……許せないけど……殺しはしない。そう決めたのよ。二十年前に」

 ソフィは下を向きながら、冷たく、重い声でそう言った。

「う、うん。人殺しはよくないよね……。うん。ね、だからあたしのことも見逃して……。お願い」

 淑女は泣きそうだった。ソフィは聞こえているのか聞こえていないのか、ただゆっくりと顔を上げた。そして……。

「ひっっ……!」

 淑女は戦慄した。ソフィの顔は依然美しく、それでいて獰猛な猛禽より鋭い殺気を放っていた。その眼光だけで、精神的に弱い者なら即死してもおかしくない。そう思えるほどの刺々しさ、おぞましさが、彼女の顔全体を覆っていた。

「あなたみたいなね……ろくでもない、悪趣味な存在すらね……わたしは傷つけたくないのよ」

 ソフィの言葉に偽りはなかった。彼女は理性で抑え込んでいるだけだった。自分の奥深くに眠るどす黒い殺意を。

 そのときソフィの周辺の空間に切れ込みが入り、その中から黒っぽいよどみが顔を出した。

(なにあれ!? まさか……時空に亀裂が……! そんなこと……!)

 ついにソフィの周りで世界が崩壊の兆しを見せ始めた。

 ピーッ!! ガガガッ!

 自然界では耳慣れない音が鳴り始める。淑女も、ソフィ自身も、それがただならぬことだと理解していた。

「わたしの……心の奥の悪魔が囁くのよ。世界を壊すか……あなたを壊すか選べって」
「ひぃ……」

 実体化した淑女は全身を震わせ、涙と鼻水で顔を濡らした。

 ピーッ!! ピーッッ!! ガガガッ!! ガガガッ!!

 異音はますます大きくなっていく。そして切れ込みが広がり、淀みがさらに漏れ出すと、ソフィはそれを無理矢理抑え込んだ。しかしそのぶんの魔力が一気に淑女の身体へと流れ込む。

「ひぐっっ!!!」

 淑女の身体が一気に膨張する。彼女の身体は、ソフィの過大な魔力の受け皿としてあまりに小さい。

(もうだめ……。あたし、消されちゃう……。嫌だよ……。消えてなくなるのなんて……)

 彼女は思った。ソフィは、自分か世界のどちらかを崩壊させざるを得ないとなれば、間違いなく自分のほうを壊すだろうと。そしてそれは、もう間近に迫っていると。

「はっきり言うわ。これは脅しよ」

 ソフィは淑女を食い殺すような鋭い目で睨みながら言った。

「その鏡を消しなさい。それ以上は言わないわよ」
「……その、これは……あたしに、与えられた、使命……」
「いいから消しなさいって言ってるのよ!!!」
「はいいぃぃぃ!!」

 淑女はついに観念し、生まれたときからなにも知らずに守ってきた使命を放棄した。鏡は消え、ソフィは淑女の首を放した。

 淑女の身体は元の大きさに戻り、再び実体を失った。概念と実在の中間物に戻った彼女を、ソフィは軽蔑するような眼差しで見下ろした。

「二度とわたしの前に現れないで」

 彼女は人の顔をほぼ取り戻していたが、その表情は悲しみと冷たさをたたえていた。そして彼女は進行方向を向き、改めて先へと歩き出した。

 取り残された淑女は、独り大きなため息をついた。

「はぁー。死ぬかと思ったー」

 なんとか消滅の危機を免れた彼女は、しばらく辺りを浮遊しながら考えた。

「ま、やめちゃってもいいかもね。騎士様も昨日の人たちにやられちゃった・・・・・・・みたいだし。イエローオーブが持って行かれた・・・・・・・んだから、あたしもお役御免よね」

 それ以後、黄金色の淑女は鏡で人を陥れることをやめた。そしてたまに現れる冒険家に他愛のないいたずらをしつつ、野生動物や魔獣たちと静かに暮らした。彼女はやがて黄金色の小娘と呼ばれるようになり、悪戯好きの精霊として、知る人ぞ知る地域の心霊現象のひとつとなった。
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