亡国の系譜と神の婚約者

仁藤欣太郎

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第五章 黄金色の淑女とネオンの騎士

第二百三十一話 船上の告白

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 鏡によって脳裏に浮かんだ情景を見て、ソフィは立ち止まった。それは二十年前。クーラン帝国から追放されたジェラール、マリア、そして当時マリアと付き合っていたラファエルの乗った船だった。

 ソフィはそこでなにがあったのか、当時彼女に付いていたクーラン帝国の密偵からおおよそ聞かされていた。しかし具体的になにがあったのかは、船上での出来事ゆえ、不明のままだった。

 鏡が映し出したのは、マリアとジェラールのやり取りだった。

 甲板の上で夜空を眺めるジェラールの背後から、ニ十歳のマリアが近寄ってきた。

「なにしてるの?」
「んー? ちょっと夕涼み」

 現在のジャンにそっくりな二十二歳のジェラールは、これまたジャンにそっくりなあっけらかんとした調子でそう返した。しかし敗戦を経験しているぶん、その佇まいには少し影があった。

「ソフィのこと、考えてたんでしょ?」
「……」

 彼はマリアの質問に答えなかった。というより答えたくなかった。

「あの子はわたしたちのために犠牲になった。そのことに責任を感じてるんじゃないの?」
「……俺は……、できることならあいつの代わりになってやりたかった。でも、ちょっと剣が振れる怪力男なんて、クーランの連中にとってはなんの価値もないんだ」

 ジェラールは目線を落とし、うつむいた。

「剣はこれから確実に廃れる。高度な魔法と高い知能を持ったソフィのほうが、俺なんかより役に立つってわけだ」

 彼はやや自嘲気味にそう言った。

 マリアは、彼のすぐ後まで近付いた。

「戦争の最中でもあなたは前向きだった。部下を励まし、自ら前線に出て士気を高めようと奮闘してた。でもいまは……」
「……」

 ジェラールはマリアの指摘にまた黙り込み、少しして、また一段と弱気な声で話はじめた。

「昨日の出航前、別れ際にソフィが俺に言ったこと、覚えてるか?」
「……ええ。少しして心が癒えたら、わたし以外のいい人を見つけて。あの子、そう言ってたわね」
「先を越されちまったなーって」
「え?」

 彼はまた自嘲するように言った。

「あのとき俺、ソフィに言おうと思ってたんだよ。おまえにだけ辛い思いさせて悪ぃ。もう一生会えないだろうけどよー、俺以外にいい男見つけて幸せになってくれ、ってな。でも先手打たれて、けっきょく言えなかった……」

 彼はソフィと別れる際、彼女と同じことを言おうとしていた。しかしそれは叶わなかった。

 二十年のときを経て、黄金色の淑女の幻術によってその事実を知らされたソフィの心は揺れ動いていた。彼女は大粒の涙を流し、その場に立ち尽くした。

「お姉さん泣いてるの?」

 淑女は肩を震わせるソフィに向かって尋ねた。ソフィはなにも言わなかった。

「この二人、さっきの夫婦だよね? ……へぇ。じゃあこのあと、この人がお姉さんの元カレを奪い取るんだ」

 淑女はソフィが最も気にしていることをわざとらしく突いてきた。その瞬間、悲しみと怒りがソフィの中で激しく反応を起こす。

 バチンッ! という衝撃音が鳴った。

「え!? なに!?」

 淑女は少し動揺した。そして続けざまに、辺りの空間のそこかしこで衝撃音が鳴りだした。

 バチンッ! バチンッ! バチッ!

 異様な状況と、乱高下するソフィの魔力。しかし魔法の効かない淑女はすぐに冷静な状態に戻った。

「お姉さんすごいねー。でもあたしには効かないし、関係ないんだよねー。ふふふ。じゃあもっと怒らせてあげる」

 彼女は悪戯っ子のようなニヤついた顔で鏡の映像を先へ進めた。

 二十年前、イールへ向かう船の上。マリアはジェラールを後から抱きしめた。当然ジェラールは動揺した。

「お、おい? いきなりどうしたんだよ?」
「わたしじゃ、あの子の代わりにならない?」

 マリアの大胆な行動を前にして、彼は対処に迷った。そしてひねり出したのは、マリアの彼氏であるラファエルのことだった。

「……なに言ってんだよ。おまえ、ラファエルはどうしたんだよ?」
「さっき別れてきた」
「別れてきたって……なんでそんな急に」
「ずっとあなたのことが好きだったのよ。ソフィに気を遣って黙ってたけど。ねぇ、あの子はあなたに、次のいい人を見つけてって言ったでしょ? わたしじゃだめなの?」

 あまりに急すぎる告白。ジェラールはどうしたらいいかわからず、一度マリアを引きはがした。

「そんなこと急に言われたって、俺は……。それにラファエルが一人になるじゃないか」
「あの人は、わたしがあなたに気があることに気付きながら付き合ってた。だからさっきもちゃんと納得してくれた。それに彼は強い人だから……」
「マリア……。いや、悪ぃ。いまはおまえの気持ちに応えられねぇわ。ごめん」

 そう言うって彼は逃げるようにその場を離れ、船内に入って行った。

 鏡がそこまでの様子を映し出すと、突如グォンという鈍い轟音が鳴り響いた。

「え? なにこの音?」

 淑女が反応した直後、今度はドォンと大量の火薬が爆発したかのような音が鳴り、ソフィを中心に一斉に木々がなぎ倒された。さらに大木は根元から抜け、少し離れた断崖の表面が衝撃により崩れ落ちた。

「やばっ。お姉さんの魔力、限界ないの? もっと先まで行ったら世界が崩壊するんじゃない? あたしには関係ないけどさ」

 淑女の言葉が聞こえているのかいないのか、ソフィは返事をしなかった。その代わり、彼女の口元からは飢えた獣のような呼吸音が漏れ出していた。

「フーッッ……。フーッッ」

 ソフィは自分の感情と魔力を制御しようと必死にこらえていた。

「ふふ、本格的に怒りが巡ってきたみたいだね。せっかくだから、お姉さんの綺麗な顔がどんな風に歪んでるのか、見せてもらおっかなー」

 そう言って淑女はソフィに近付いた。

 そのときだった。ソフィは振り返り、実体がないはずの淑女の首をしっかりと掴んだ。

「え!? うそ!? なんで!?」

 ここにきて初めて、淑女は本気で動揺しはじめた。しかもソフィの決して大きくない手は、淑女の首を握りきれていないにもかかわらず、ぴったりとくっついて離れなかった。

「……物質魔法で……あなたを実体化させた……」
「なにそれ!? どういうこと!?」(そんな、どうやったらそんなメチャクチャなことができるのよ!? この人の力……どう考えても異常だよ!)

 数千、数万という年月を生きてきた黄金色の淑女も、このときばかりは自分が消されるのではないかと恐怖を抱いた。
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