亡国の系譜と神の婚約者

仁藤欣太郎

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第五章 黄金色の淑女とネオンの騎士

第二百二十九話 淑女との遭遇

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 問題の場所に突入したソフィは、まず少しだけ魔力を解放した。ここで言う少しだけとは辺りに生息する魔獣が彼女を避ける量であり、一般的な感覚では極めて高い。魔獣と野生動物の決定的な違いは魔力を感知できるか否かであり、魔獣たちは勝ち目がないほど強力な魔力を本能的に避ける。

 荒れた谷間から魔獣の気配が消え、遠く上空を飛ぶ猛禽の鳴き声以外、生き物の声はしなくなった。

(人と相いれない存在として生まれたあなたたちにも命はある。だから少しだけ大人しくしていて)

 ソフィは過去に一度も魔獣を殺したことがない。もともと彼女は類まれな才能に反してごく普通の娘だった。彼女の生来の気質は、争いとは無縁のものだった。

(できれば黄金色の淑女ゴールデンレディには遭遇したくない。でもそうはいかない。わたしはどうすれば……)

 ソフィはただただ、自分の心の奥底に眠る悪意を引き出されるのを恐れた。彼女にとって黄金色の淑女はなによりも厄介だった。しかし他の誰が行っても結局は得体の知れない鏡の餌食になるだけ。やはりこの場を乗り越えられるのは消去法でソフィただ一人のように思われた。

 不安を抱きながら先へ進み、一時間ほど時間が経過した。

(いまのところ現れる気配はないわね)

 ソフィは警戒しつつ、薄暗い岩陰に入った。そこは少し入り組んでいて、湧き水でできた小川と思われる水音が遠くから聞こえてきた。

(迷わないよう、経路を探るか)

 彼女は魔法で白く光る球体を作り出した。そして球体は薄暗い岩場の奥へと動き出した。そして数分後。

(……思ったほど複雑な構造ではないようね)

 ソフィは球体を遠隔操作することで岩場全体の構造を把握していた。それが終わると魔法を解除し、足下に気をつけながら奥へと歩みを進めた。

 岩場に入ってから半刻ほどして明るい場所に出ると、そこは岩場から水が流れ出ており、その左右には色とりどりの木々が生い茂っていた。木々の隙間からは太陽の光が差し込み、その情景は、黄金色の淑女の伝説がなければ行楽地として栄えていたのではないかと思えるほど美しかった。

 本来なら心地よいと感じるような環境で、ソフィはなお不安と緊張を抱きながら先へと進んだ。そして川沿いを少し歩いたところで、彼女の目の前の空間が突如、黄金色に輝きだした。

 ソフィは一瞬で状況を察し、目を瞑って空を仰いだ。

 現れたのは、全身が黄金色に輝く長い髪の娘。目は翡翠のような石で、細身ですらっとした体型をしていた。まさにそれが、黄金色の淑女だった。

 淑女は宙に浮いたままソフィに向かって話しかけた。

「ようこそいらっしゃいました。わたしはあなたの心を映し出す鏡。人呼んで黄金色の……」

 淑女がすべて言い切る前に、ソフィは淑女を完全無視して通り過ぎた。しかし淑女もそれぐらいでは引き下がれない。彼女はふわりと宙を流れ、再びソフィの前に立ちはだかった。

「わたしはあなたの心を映し出す鏡。人呼んで……」

 だがソフィもそれぐらいで引き下がりはしない。再び淑女を無視して先へ進む。それでも淑女はめげず、三度ソフィの前に立ちはだかった。

「わたしはあなたの心を映し出……」

 それでもソフィは無視し続けたので、ついに淑女は怒りだした。

「ちょっとー! 無視しないでよー!」

 彼女は急に砕けた感じで喋り出した。それでも無視して先を行くソフィ。淑女はむくれた顔でその横に付いた。

「ねぇ聞いてる? もしもーし。ここに珍しい金色の美少女がいますよー。超レアですよー」

 ソフィはなおも無視する。

「あー、わかった! あなた、あの村であたしのこと聞いたでしょ? だから無視するんだー。でも残念でしたー。無視しても鏡からは逃げられませんー」

 そこまで喋ってやっとソフィは反応を示した。

淑女レディって感じじゃないわね」

 反応したといっても目は合わさず、歩みも止めない。だが淑女は大喜びだった。

「やっと喋ってくれたー! うれしー!」

 淑女は満面の笑みを浮かべてはしゃぎだした。その勢いでさらに続ける。

「あたしが淑女っぽくないっていうのはちょっと違うよー。キレイもカワイイもいける大人になりかけの美少女。それがこのあたしなの」
「……」

 ソフィはまた無視しだした。

「ちょっとー! だから無視しないでってばー! あたしがスベってるみたいになっちゃうじゃない! ねぇ! 聞こえてるんだからちゃんと返事してよ!」

 それでもソフィは耳を貸さない。たまりかねた淑女はついに怒って鏡を具現化させた。

「もう怒ったんだからね! あなたの大っ嫌いな人の顔でも見て気分悪くなればいいよ!」

 そこでついにソフィは立ち止まった。

「ふふん。やっと観念したみたいね。でも怒りって一線を越えたら気持ちいいものなの。我を忘れて本能をむき出しにするから。その解放感ときたら格別なんだよ」

 淑女は不敵な笑みを浮かべてそう言った。それとは対照的に、ソフィの表情は一気に冷ややかになった。

「知ってるわよ」
「え?」

 ソフィは急激に魔力を高めた。遠巻きに彼女を警戒していた辺り一帯の魔獣たちは一斉に怯えはじめた。実体のない淑女も、当然その魔力を感じ取ることができた。

「へ、へぇ……。お姉さん、凄い人なんだ……。で、でもあたしに魔法は効かないし、脅したって無駄なんだからね!」

 淑女は少し強がりを言っているようだったが、魔法が効かないのは事実だった。

「さあショーのはじまりだよー。あなただけの名作、とくとご覧あれー」

 淑女の持つ鏡がソフィのほうを向いて輝きはじめた。
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