亡国の系譜と神の婚約者

仁藤欣太郎

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第四章 ならず者たちの挽歌

第二百十一話 サイクロプスの隠された力

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「シェリー、おまえ……」

 ジャンはシェリーが加勢に入った理由がわからなかった。さっきまで半べそをかいていた彼女がなぜ急に? そんな疑問が頭をよぎる。

「チャンスだ! 行くぞ!」

 ぼうっと突っ立ったままのジャンに喝を入れるかのようにアレックスが声を上げる。

「お、おう!」

 ジャンはアレックスに一瞬遅れて、倒れたサイクロプスのほうへ駆け出した。

 アレックスはサイクロプスに接近しながら状況を分析した。

(アキレス腱を狙って動きを止めたいところだが、位置的に狙いにくい。ここは足裏に傷を負わせるか)

 サイクロプスは仰向けに近い状態で倒れているため、アキレス腱が下になり狙いにくくなっていた。そこでアレックスは地面に触れる足裏に的を絞った。

「足裏を狙うぞ! 剣で切り刻め!」
「おう!」

 アレックスは二本のダガーで、ジャンは長剣でサイクロプスの足裏を斬り付けた。

「グガアァァァッ!」

 サイクロプスが声を上げて足をばたつかせる。ジャン、シェリー、アレックスの三人は蹴られまいと瞬時に距離を離した。

「お! 効いてるんじゃねぇか!?」
「いや、浅い。踏ん張りがきかなくなったぶん攻撃の威力は落ちるだろうが、それだけだ」

 アレックスの言う通り、直接与えたダメージは決して多くはない。しかし一撃の威力が落ちたのは大きい。ジャンは万全の状態のサイクロプスの攻撃を一人で受け止めている。攻撃力が落ちた状態なら、さほど大きな負担にはならない。

「そうだ! シェリーは!?」

 ジャンはシェリーの身を案じた。シェリーはミーヌ北の森で見せたのと同じ、気を練って一次的に身体能力を高める技を使用しているように見えた。しかし問題はその後だ。気を練ったあとは反動で眠ってしまう。ジャンはそれが気がかりだった。

「シェリー! 大丈夫かよ、おまえ! それやると眠っちまうだろ!」
「大丈夫よ! シルヴァン師範にいろいろ習ったんだから!」

 シェリーは吐き捨てるようにそう言った。

 事実彼女はシルヴァン師範の道場でアルバイトをしている間、師範から直々に技術指導を受けていた。その中で気のコントロール法を学んだシェリーは、移動や攻撃の瞬間だけ気を高めて負担を最小限に抑える方法をマスターしていた。

「そんなことよりジャン! あんた、死んだら絶対に許さないんだからね!」

 シェリーは叫んだ。その想いが、鈍感なジャンの心にも伝わった。

「……。ああ、当然だ。おまえも死ぬんじゃねぇぞ!」

 三人はいままさに立ち上がらんとするサイクロプスと向き合った。ニコラはその後方、敵の射程外に退避した。

 サイクロプスは苦悶の表情を見せる。浅い傷とはいえ、足裏に体重をかけるとひりひりと痛むのだろう。この状態では意識が足裏にばかり向き、最大限の力を発揮できない。

 彼は苦痛に耐えながらもジャンたちに向かって棍棒を振り下ろした。しかしいかんせん、さっきよりわずかに動きが鈍い。俊足のシェリー、アレックスはもちろん、さっきまで飛んでくる岩を叩き砕いていたジャンから見ても、スローモーションに見える遅さだった。

 三人は棍棒を難なく避けた。サイクロプスはバラバラに飛びのいたジャン、シェリー、アレックスを一人一人叩こうとするが、まったくかすりもしない。より単調になっていく攻撃を、三人の手練れがまともに食らうはずもない。

 サイクロプスの顔がますます怒りに染まる。

「よっしゃ! いけるぜ、これは!」

 それとは対照的にジャンの表情には余裕が見えてきた。

「いや、まだダメだ! 俺たちは奴に対してダメージを与えられていない!」

 アレックスはそう言ってサイクロプスの足下に向かって一気に距離を詰めた。そして股の下をくぐると、背後から右足のアキレス腱を数回斬り付けた。

「グギャアアァァァ!」

 サイクロプスは先ほどよりも大きな悲鳴を上げ、またしても尻もちをついてしまった。

 アレックスは一度退避した。

「すっげぇ! さっすがアレックス! よーし! 今のうちにとどめを……」
「待て!」

 この期を逃すまいと前進するジャンをアレックスが制止した。

「なんでだよ!? せっかくのチャンスなのに!」
「嫌な予感がするんだ」
「嫌な予感だぁ?」

 百戦錬磨のアレックスの勘がなにかを察知したのだ。

「よく考えてみろ。奴が本当に重大ななにかを守っているのだとしたら、この程度・・・・で終わると思うか?」
「それは……」

 彼の推察は妥当だった。レッドオーブを守る守護聖獣の一角が、ただ棍棒を振り回すだけの、何の変哲もない巨人であろうはずがない。

「見て! あいつの目!」

 シェリーがサイクロプスのほうを指差す。怒りと苦痛に歪むサイクロプスの目は、鮮血のように赤く染まっていた。
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