亡国の系譜と神の婚約者

仁藤欣太郎

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第四章 ならず者たちの挽歌

第二百十話 シェリーの怒り

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 サイクロプスは次々に岩を投げつける。しかしジャンとアレックス、二人の守りの前に岩はことごとく打ち落とされた。あたりには鎖が空を切る音と分銅が岩を砕く音だけが鳴り響き、他の者はジャンたちとサイクロプスの攻防を固唾を飲んで見守っていた。

「目が慣れてくればよー、まっすぐ飛んでくる岩を撃ち落とすぐらいわけねーぜ!」

 ジャンはサイクロプスの攻撃のリズムを完全につかんでいた。

「油断するな! 形勢不利であることに変わりはないぞ!」

 アレックスは冷静に岩を砕きながら釘を刺した。

「おうよ! わかってるぜ! こっから俺とおまえで形勢逆転するんだからな!」
「……まったく」

 この極限状態にあって威勢を取り戻したジャンのノリの良さに、いつも寡黙なアレックスも知らず知らず引っ張られていた。二人はいまはじめて共闘したにもかかわらず、まるで十年来のバディのように息が合っていた。

 ほどなくして岩を投げつくしたサイクロプスは、ほんの少し息が上がった様子で攻撃の手を止めた。

「おい、見ろよアレックス。あいつ岩がなくなるまで投げ続けたぜ。案外頭わりぃのかな」
「おまえが言うな。それに、飛び道具を使い切ったのならこれからが本番だぞ」

 少し調子に乗り出すジャンに対し、アレックスは冷静だった。そして彼の予想通り、サイクロプスは再び棍棒を握り、直接攻撃で確実に仕留めようとゆっくり近付いてきた。それを見たジャンは、やっと状況を理解した。

「あ、やっべ……」
「だから言っただろ」

 アレックスはジャンのアホさに呆れつつ、鎖分銅をしまい、腰に携えていた二本のダガーに持ち替えた。

「おまえも長剣に持ち替えろ。こちらも近接でダメージを与えるぞ」
「わかったぜ。ニコラ! シェリー! おまえらは少し離れてろ!」

 ジャンは長剣に持ち替えつつ、ニコラたちに離れるよう促した。しかし……

「勝手なこと言ってんじゃないわよ!」
「え!?」

 シェリーが急に怒りだしたので、ジャンとニコラは思わず彼女のほうを向いた。

「こっちはあんたのことが心配で仕方ないのに、一人でカッコつけて危険なマネばっかりして……」
「お、おい、どうしたんだよ、シェリー」
「バカ! 前を向け!」

 アレックスに注意され、ジャンはサイクロプスのほうを向き直した。サイクロプスはすぐ目の前まで近付いていた。

「くっ……、仕方ねぇ。シェリー! 話はあとで聞くからよー、とりあえずいまは逃げてくれ! ニコラも!」
「……」

 アレックスとジャンはサイクロプスと対峙し、ニコラはなにかの魔法を詠唱しはじめた。しかし、シェリーはただ黙りこくっていた。

 そしてついに、サイクロプスがジャンたちを射程に捉える。彼は右足を上げると同時に棍棒を振り上げた。

「来るぞ! 確実に避けるんだ!」

 アレックスが叫ぶ。全員に緊張が走る中、サイクロプスが全体重を乗せて棍棒を振り下ろす。

 まさにその瞬間だった。後にいたシェリーがアレックス以上の速さで一気にサイクロプスの足下まで接近した。

「シェ……」

 ジャンが声を上げるよりも速く、彼女はサイクロプスのくるぶしに掌底しょうていを叩きこんだ。かかとが地面に触れる瞬間の、一番不安定なところに横向きの衝撃を加えられたサイクロプス。丸太のような足がものの見事に横滑りし、バランスを崩した身の丈五メーターの巨体は、ドスンと大きな音をたてて地面に倒れた。
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