亡国の系譜と神の婚約者

仁藤欣太郎

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第四章 ならず者たちの挽歌

第百七十八話 既視感

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 着替えを済ませた三人は撮影室へ戻った。そこでジャンは、ニコラがロッドではなく杖を持っていることに気が付いた。

「ニコラ、それどうしたんだ?」
「ああ、これな。いつも使ってるロッドをなくしたときのために、手荷物に入れておいたんだ。柄の部分を取り外して小さくできる。おまえの持ってる棒と同じさ」

 そう言ってニコラは柄の部分を着脱してみせた。

「ふーん。でもなんでいま?」
「撮影にはこっちのほうが向いてるからさ。ロッドより杖のほうが長いぶん存在感があるし、余白になる空間を埋めるのにも役立つんだ」
「はぁー、相変わらずいろいろ考えてんなー」

 そこで二人のやり取りを見ていた技師が付け加える。

「よくご存知でいらっしゃいますね。おっしゃる通り、現像した際のバランスを考えて、このような小道具で余白を埋めることはままあります。この杖でしたら、長さを利用して写真に奥行をもたせることもできるでしょう」

 ジャンとニコラは彼の話に耳を傾けた。
「折角ですから、実際にその方法を試してみましょう。それから、お嬢さんは武術の心得がおありで?」

 彼はシェリーの服装を見て言った。

「はい」
「ふむ。では脚はどのぐらいまで上がりますか?」
「脚ですか? 上段で、このぐらい……ですね」

 シェリーは実際に上段回し蹴りをしてみせた。

「素晴らしい! それだけ挙がれば良い構図が作れそうです。では、撮影に入りましょう」

 三人は技師に促され、先ほど撮影した位置へと進んだ。

 それから彼は、三人の立ち位置、姿勢、表情、目線の向きなどを細かく指定し、背景の幕を差し替えて準備を整えた。そしてカメラの後ろに立つと、ジャンたちに先ほど決めたポーズをとるよう指示を出した。三人は速やかに指定されたポーズをとり、技師は手早く撮影の体勢に入った。

「では撮りますよー。三、二、一……」

 技師がシャッターを切る。直後、三人は一瞬気を抜いてポーズを崩した。

「あ、すぐにもう一枚撮りますから、そのままで。あと二枚撮影しますからねー」

 技師の指示で、ジャンたちはすぐに元の姿勢を取り直した。彼は脚を高く挙げているシェリーが疲れだす前にと、慣れた調子で一枚、もう一枚と手際よく撮影を済ませた。

「はい、これでおしまいです。お疲れ様でした」

 彼が笑顔でそう言うと、ジャンたちは脱力し、大きなため息をついた。

「はーっ! 終わった終わった。しっかしよー、じっとしてるってのも大変だな」
「なに言ってんのよ。あたしなんかずっと足上げっぱなしだったんだから」

 シェリーは軽く身体をほぐすような動きをした。

「ではみなさん、撮影は以上ですので、お着替えがお済みになりましたら受付の方へどうぞ」
「「はーい」」

 それからジャンたちは、技師の指示に従って更衣室で着替えを済ませ、そのあと受付で引換券を受け取った。

「現像は今夜中に終わりますので、明日以降にこの引換券を持って再度ご来店ください。保管期限は本日より一か月ですので、それまでに必ず受け取りに来てください」
「はい、じゃあまた来ます」

 ジャンが代表して引換券を手荷物に入れ、それから三人は店を出た。店を出てから数分後、彼らはたまたま通りがかった、小ざっぱりとした佇まいのモーテルを覗き、なんとなく、その日はそこに泊まることにした。

 そしてその夜、撮影所でのこと。技師はその日撮影した写真を暗室で現像していた。

「ふむ、良い出来栄えだな」

 仕上がった写真を見ながら、彼は満足げにそう呟いた。それから彼は、それらの写真を一枚一枚まじまじと見ながら、客に引き渡す一枚を入念に選別していった。

 そのとき彼は、ある一枚の写真に目が留まった。純白のドレスを着た、シェリーの写真だ。彼はシェリーの顔を見て、妙な既視感を感じたのだ。

「あのお嬢さん……。はて、誰かに似ているようだが……」

 仕事柄、大勢の人の顔を見ている彼は、過去に撮影した被写体に似た顔を目の当たりにしたからといって、不自然な感覚を覚えるようなことはない。実際、昼間シェリーの顔を見たときは、接客中ということもあって特に気にならなかった。しかしいま彼が感じている既視感は、ある種の異物感、普段口にしている食物とは明らかに異なる珍味を口に含んだときのような、特殊な感覚だった。

 彼はその異物感の原因が気になり、暗室から出て、隣の部屋の本棚に置いてある資料をあさりはじめた。そして三冊目を開いた瞬間、彼の目にある写真が飛び込んできた。

「これか! いやはや、実によく似ている」

 技師の心の中の異物感は取り除かれた。彼は、シェリーが誰に似ているのかを完全に突き止めた。
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