亡国の系譜と神の婚約者

仁藤欣太郎

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第四章 ならず者たちの挽歌

第百七十六話 撮影所へ行こう その2

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 扉の向こうには四人分の更衣室と、その横にずらりと並べられた衣装があった。その中にはショウウィンドウに飾られた写真のモデルが着ていた、あのドレスがあった。

「きゃー! 素敵ー! これさっきの写真に写ってたドレスじゃない!? あ、こっちのもかわいいー! これもいい感じ!」

 シェリーは煌びやかな衣装の数々を目の当たりにして大はしゃぎだった。これから自分が着る衣装を選ぶということもあって、彼女は激しく目移りしていた。

「おい、ニコラ、あの様子じゃ簡単には決まらねーぞ。このまま放っておいたら日が暮れちまう」

 ジャンはシェリーの地獄耳にも届かないぐらい小さな声で、ニコラに言った。

「大丈夫、僕にいい考えがある。ちょっと耳を貸して」
「……ああ、なるほどな、わかった」

 二人はなにか策を打ったようだ。それからジャンがニコラに尋ねる。

「ニコラ、ホテルのチェックインはいつごろがいい? ここを出る時間は?」
「いい部屋を探すなら一時間以内にここを出た方がいいんじゃないか? 選り好みしなければいつでも空室はあるだろうけど」

 二人はシェリーに聞こえるように、それでいて自然な感じで制限時間を示した。直接言われたらごねたであろうシェリーも、このような言い回しをされては無理を言えない。

「ねぇ」

 彼女は振り返り、ちょっと申し訳なさそうに二人に話しかけた。

「「なに?」」
「十分だけ、選ぶ時間もらっていい?」
「「いいよ」」

 してやったり、二人はまんまと長居を避けることに成功した。とはいえせっかくの記念。時間の許す限り入念に衣装選びはしたい。三人は撮影技師に意見を求めつつ、衣装を選ぶことにした。

「いかがでしょう、このようなコーディネートは」

 技師は見栄えなどを考慮しながら三人の衣装を選定した。ジャンとニコラはそれぞれ黒と白のタキシードを、シェリーは純白のシンプルなドレスに銀のティアラを身に着け、髪を後ろでまとめた。彼女は鏡に写る自分を見てうっとりしているようだった。

「素敵ー。我ながら惚れ惚れしちゃう」
「お前さっきから素敵ーしか言ってねーじゃん」
「あら、仕方ないじゃない? 本当に素敵なんだもん。……それにしても、あんたそういう衣装を着てれば、たしかに皇帝の末裔・・・・・って感じするわね」
「「あ!」」
「あ!」

 ジャンとニコラは「まずい!」という顔をした。シェリーもすぐに自分のミスに気が付いた。だが幸い、技師はニコラの着ている服についた糸くずを取って捨てていたところで、「皇帝の末裔」という部分を聞き漏らしているように見えた。

(大丈夫だよな?)
(大丈夫よね?)

 三人は互いに目を合わせた。技師の様子は先ほどと変わりない。どうやら危険は回避できたようだ。

「それではさっそく撮影に入りましょう。こちらへどうぞ」
「「はーい」」

 気を取り直して、三人は撮影室に入った。そこには背景の垂れ幕や、椅子などの家具、それに様々な小道具が置いてあった。そこにカメラと照明器具。照明には都市部以外にはまだ十分に普及していなかった電灯が使われていた。

「こんな本格的なのは初めて見るわね」
「僕も、これだけの機材を目の前で見るのは初めてだ」
「はぁー、すげぇな。こんな大がかりだとは思わなかったぜ」

 ジャンたちは初めて見る本格的な撮影機材に興味津々だった。

「ではお三方とも、さっそく撮影に入りましょうかね」
「「お願いします」」

 技師の案内で、三人はいよいよ撮影をはじめることになった。
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