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第四章 ならず者たちの挽歌
第百七十話 誘拐事件の犯人
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セミナーの最終日、ジャンたちは午前はソフィの講義を聞き、そのあと午後の閉会式に参加してから次の宿を探すことに決めた。大教室で行われたその講義には、やはり多くの人がつめかけた。
その講義は言語学に関するものだった。
「これまで私たち人類は、言語というものを様々な形で運用してきました。その中で言語学が研究の対象としてきたのは、専ら言語の歴史的な移り変わり……すなわち言語がどのように変化して、どのように伝播していったのかということでした。それは当研究所でも依然、研究の対象となっています。しかしこのような伝統が根強くあったため、多くの言語学者は私たち人間の持つ『言語を操る能力』について、ほとんど関心を抱いてきませんでした」
ソフィの話を聞きながら、ジャンは旅立ちの日にジェラールが読んでいた本のことを思い出していた。
(そういえば、家を出た日の朝に父さんが読んでた本も、言葉がどーたらこーたらって話だったな。もしかしたらあの本、おばさんが書いたものだったのかも)
そんなことを考えながら、彼は黙って講義を聞いた。もっとも、その内容は彼にとって少々難解すぎたので、十分に理解できていたとは言えないが。
「クーラン帝国建国後の世界統一言語政策により、戦後生まれの人の多くは母国語と世界言語の二言語の読み書きができるようになりましたが、クーランの影響力が及ばない地域には書き言葉を持たない民族も存在します。当研究所の研究員による長年のフィールドワークによってわかったことですが、書き言葉を持たない彼らも、ちゃんと話し言葉を持っています。わたしたちが受けたような厳密な言語教育を受けていないにもかかわらずです。このような事例などから、私たち人間は、体系化された言語教育なしでも言葉を操ることができるものと推測できます。当研究所では、現在様々な角度から、この『言語を操る能力』のメカニズムを分析しています」
ソフィはそれから、最新の学説とその研究内容について、できるだけ一般人にも理解できるよう、丁寧に解説をした。ニコラは講義の内容を十分に理解しているのか、熱心にメモをとっていたが、ジャンとシェリーは、わからないなりになんとなく話を聞いているという感じだった。
「みなさん、もうご質問はよろしいですか? では、以上をもちまして講義を終了したいと思います。ご清聴ありがとうございました」
九十分の講義を終え、ソフィが締めの挨拶をすると、会場は溢れんばかりの拍手で満たされた。
ジャンたちは大教室を出て、昼食を食べに外へ出た。正面玄関を出ると、すぐ脇にまたクロードたちが出店を出していた。どうやら今日もよい場所が確保できたようだ。
「おっちゃんたち、今日もバッタもんのお守り売ってんのかよ」
「よう、ジャン。これはバッタもんなんかじゃないぜ。信じていればなにかいいことが起こるって評判の、ご利益のあるお守りさ。二日で在庫の九割は売れたし、買うならいまのうちだぜ」
詐欺まがいの理屈を得意げに語るクロード。横にいたラザールが口を挟む。
「なにかってなんですか? おやっさん」
「そりゃおまえ、なにかはなにかだよ」
「オーレリーさんに優しくしてもらえるとか?」
「いや、それは無理だ。創造主でもあいつには敵わねぇ」
「「はははははは!」」
相変わらず妻に頭が上がらないクロードを見て、ジャンたち三人は大笑いした。
「おまえら笑うんじゃねぇ! ……って、あれ?」
クロードはあることに気が付いた。
「そういえばシェリー、もう気分は落ち着いたのか?」
「うん。悲しいことだけど、もう受け入れた。心配かけてごめんなさい、クロードさん」
「いや、いいよ。元気出してくれれば。……そうだ、こんなときに言うのもなんだが、その誘拐された若い娘の居場所、わかるかもしれないぞ」
「「え!?」」
突然の話に、三人は一様に驚いた。クロードは話を続ける。
「前に捕まえた窃盗団の奴ら、いただろ? あいつらのうちのひとりがゲロったんだってよ。一連の誘拐事件は自分たちの仕業だって」
そこでシェリーが、はっとなにかを思い出したような素振りを見せた。
「もしかして……」
「どうした? シェリー」
ニコラは彼女に尋ねた。
「どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだろう……」
「おいシェリー、一人で納得してないで教えろよ」
今度はジャンが催促した。
「あたしが戦った窃盗団の幹部が漏らしたのよ。あいつら、若い女の子をさらって資産家の家に売り飛ばしてるって」
「「なんだって!?」」
思いがけずヒルダを探し出す手がかりを掴んだ三人。これで次の目的は決まったかに見えた。
その講義は言語学に関するものだった。
「これまで私たち人類は、言語というものを様々な形で運用してきました。その中で言語学が研究の対象としてきたのは、専ら言語の歴史的な移り変わり……すなわち言語がどのように変化して、どのように伝播していったのかということでした。それは当研究所でも依然、研究の対象となっています。しかしこのような伝統が根強くあったため、多くの言語学者は私たち人間の持つ『言語を操る能力』について、ほとんど関心を抱いてきませんでした」
ソフィの話を聞きながら、ジャンは旅立ちの日にジェラールが読んでいた本のことを思い出していた。
(そういえば、家を出た日の朝に父さんが読んでた本も、言葉がどーたらこーたらって話だったな。もしかしたらあの本、おばさんが書いたものだったのかも)
そんなことを考えながら、彼は黙って講義を聞いた。もっとも、その内容は彼にとって少々難解すぎたので、十分に理解できていたとは言えないが。
「クーラン帝国建国後の世界統一言語政策により、戦後生まれの人の多くは母国語と世界言語の二言語の読み書きができるようになりましたが、クーランの影響力が及ばない地域には書き言葉を持たない民族も存在します。当研究所の研究員による長年のフィールドワークによってわかったことですが、書き言葉を持たない彼らも、ちゃんと話し言葉を持っています。わたしたちが受けたような厳密な言語教育を受けていないにもかかわらずです。このような事例などから、私たち人間は、体系化された言語教育なしでも言葉を操ることができるものと推測できます。当研究所では、現在様々な角度から、この『言語を操る能力』のメカニズムを分析しています」
ソフィはそれから、最新の学説とその研究内容について、できるだけ一般人にも理解できるよう、丁寧に解説をした。ニコラは講義の内容を十分に理解しているのか、熱心にメモをとっていたが、ジャンとシェリーは、わからないなりになんとなく話を聞いているという感じだった。
「みなさん、もうご質問はよろしいですか? では、以上をもちまして講義を終了したいと思います。ご清聴ありがとうございました」
九十分の講義を終え、ソフィが締めの挨拶をすると、会場は溢れんばかりの拍手で満たされた。
ジャンたちは大教室を出て、昼食を食べに外へ出た。正面玄関を出ると、すぐ脇にまたクロードたちが出店を出していた。どうやら今日もよい場所が確保できたようだ。
「おっちゃんたち、今日もバッタもんのお守り売ってんのかよ」
「よう、ジャン。これはバッタもんなんかじゃないぜ。信じていればなにかいいことが起こるって評判の、ご利益のあるお守りさ。二日で在庫の九割は売れたし、買うならいまのうちだぜ」
詐欺まがいの理屈を得意げに語るクロード。横にいたラザールが口を挟む。
「なにかってなんですか? おやっさん」
「そりゃおまえ、なにかはなにかだよ」
「オーレリーさんに優しくしてもらえるとか?」
「いや、それは無理だ。創造主でもあいつには敵わねぇ」
「「はははははは!」」
相変わらず妻に頭が上がらないクロードを見て、ジャンたち三人は大笑いした。
「おまえら笑うんじゃねぇ! ……って、あれ?」
クロードはあることに気が付いた。
「そういえばシェリー、もう気分は落ち着いたのか?」
「うん。悲しいことだけど、もう受け入れた。心配かけてごめんなさい、クロードさん」
「いや、いいよ。元気出してくれれば。……そうだ、こんなときに言うのもなんだが、その誘拐された若い娘の居場所、わかるかもしれないぞ」
「「え!?」」
突然の話に、三人は一様に驚いた。クロードは話を続ける。
「前に捕まえた窃盗団の奴ら、いただろ? あいつらのうちのひとりがゲロったんだってよ。一連の誘拐事件は自分たちの仕業だって」
そこでシェリーが、はっとなにかを思い出したような素振りを見せた。
「もしかして……」
「どうした? シェリー」
ニコラは彼女に尋ねた。
「どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだろう……」
「おいシェリー、一人で納得してないで教えろよ」
今度はジャンが催促した。
「あたしが戦った窃盗団の幹部が漏らしたのよ。あいつら、若い女の子をさらって資産家の家に売り飛ばしてるって」
「「なんだって!?」」
思いがけずヒルダを探し出す手がかりを掴んだ三人。これで次の目的は決まったかに見えた。
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