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第三章 亡国の系譜
第百六十九話 恋人の面影
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風呂を出た四人は部屋へ戻ると、一息入れて寝ることにした。今夜はシェリーの心細さを少しでも和らげるため、ソフィが同じベッドで寝ることになった。キングサイズのベッドにソフィとシェリー、クイーンサイズにジャン、別室のシングルにニコラという割り振りだ。
「ジャン、おやすみ」
シェリーは布団を被ったあと、後を振り返ってそう言った。
「ああ、おやすみ。おばさんも、おやすみ」
「おやすみなさい」
ソフィが部屋の灯りを魔法で消し、ジャンたちは静かにまどろみの中へ入って行った。
それから数時間後の深夜、ソフィは一時的に目を覚ました。彼女は暗闇の中でぼうっと宙を見た。隣のベッドで寝ているジャンは、大きな寝息を立てていた。どうやら熟睡しているようだ。シェリーはというと、ソフィにしがみつき、柔らかい胸に顔をうずめながらなにかつぶやいていた。
「マリアさん……ソフィさん……そっくり……。……んん……大好き……」
彼女は本当にソフィのことがお気に入りのようだ。そして双子の姉であるマリアのことも。ソフィは自分を慕うシェリーに向かって優しく微笑み、軽く頭をなでた。シェリーはますます強く彼女を抱きしめる。
「こんなわたしのこと、慕ってくれてありがとう。でも……
あ ん な 人 と 一 緒 に し な い で」
ソフィは、シェリーの目が覚めない程度の小さな声で、はっきりとそう言った。「あんな人」とは、マリアのことだ。ソフィの脳裏に昔の記憶が甦る。
・・・・・・
まさかあんな形で姉さんに裏切られるとは思わなかった。
「マリア様のほうからです。三週間ほど前のことです」
「三週間ですって? 姉さんたちがここを発ってから、まだ五週間しか経ってないのよ? イールまでは蒸気船で十二日……ほとんど着いてすぐじゃない!」
「ですが事実なのです。マリア様はイール島へ移られた翌日、ラファエル様とお別れになりました。理由は、航行中ソフィ様のことでずっとナーバスになっていたジェラール様を、放っておくことができなかったからと……」
「なによそれ……。だからって、そんなすぐに……」
「ソフィ様、お気を確かに」
「じゃあ姉さんはジェラールにどう言い寄ったの? それだけの諜報能力があるのなら、あの人がわたしの彼をどうやってたぶらかしたのか、当然知っているはずよね?」
「それは……」
「言いなさい!! さもないとあなたもただじゃおかないわよ!!」
「……機密事項でない以上、私はあなたさまに命令されればすべてお伝えしなければなりません。しかし、これを知ればあなたは正気ではいられなくなる」
「もう正気でいられなくなってるわよ!! いいから話しなさい!!」
「……仕方ありません。……マリア様はソフィ様と瓜二つの双子。髪型を真似ればほとんど見分けがつきません。それで……」
姉さん……マリア姉さん。最低な人。わたしのことを利用して、あんな卑劣な手段で、精神的に弱っているジェラールの心の隙間に入り込んで……。
・・・・・・
ソフィは激昂しそうになったが、怒りが殺気に変わる前に気持ちを鎮めた。
(だめよ。また昨日みたいなことになったら、みんなに迷惑がかかるわ。冷静にならないと……)
町中が寝静まった静かな夜、ジャンの大きな寝息だけが聞こえる。
(それにしても、昔の彼にそっくり……。あの子がわたしの子だったらどれほどよかったか。できることなら、わたしも一緒に旅がしたい。ずっとあの子のそばにいたい)
彼女は薄暗い部屋の、隣のベッドで眠る甥っ子の寝顔を見て嘆息を漏らす。暗闇に目が慣れて、ぼんやりと映し出されたその顔には、かつての恋人の面影があった。
「ジャン、おやすみ」
シェリーは布団を被ったあと、後を振り返ってそう言った。
「ああ、おやすみ。おばさんも、おやすみ」
「おやすみなさい」
ソフィが部屋の灯りを魔法で消し、ジャンたちは静かにまどろみの中へ入って行った。
それから数時間後の深夜、ソフィは一時的に目を覚ました。彼女は暗闇の中でぼうっと宙を見た。隣のベッドで寝ているジャンは、大きな寝息を立てていた。どうやら熟睡しているようだ。シェリーはというと、ソフィにしがみつき、柔らかい胸に顔をうずめながらなにかつぶやいていた。
「マリアさん……ソフィさん……そっくり……。……んん……大好き……」
彼女は本当にソフィのことがお気に入りのようだ。そして双子の姉であるマリアのことも。ソフィは自分を慕うシェリーに向かって優しく微笑み、軽く頭をなでた。シェリーはますます強く彼女を抱きしめる。
「こんなわたしのこと、慕ってくれてありがとう。でも……
あ ん な 人 と 一 緒 に し な い で」
ソフィは、シェリーの目が覚めない程度の小さな声で、はっきりとそう言った。「あんな人」とは、マリアのことだ。ソフィの脳裏に昔の記憶が甦る。
・・・・・・
まさかあんな形で姉さんに裏切られるとは思わなかった。
「マリア様のほうからです。三週間ほど前のことです」
「三週間ですって? 姉さんたちがここを発ってから、まだ五週間しか経ってないのよ? イールまでは蒸気船で十二日……ほとんど着いてすぐじゃない!」
「ですが事実なのです。マリア様はイール島へ移られた翌日、ラファエル様とお別れになりました。理由は、航行中ソフィ様のことでずっとナーバスになっていたジェラール様を、放っておくことができなかったからと……」
「なによそれ……。だからって、そんなすぐに……」
「ソフィ様、お気を確かに」
「じゃあ姉さんはジェラールにどう言い寄ったの? それだけの諜報能力があるのなら、あの人がわたしの彼をどうやってたぶらかしたのか、当然知っているはずよね?」
「それは……」
「言いなさい!! さもないとあなたもただじゃおかないわよ!!」
「……機密事項でない以上、私はあなたさまに命令されればすべてお伝えしなければなりません。しかし、これを知ればあなたは正気ではいられなくなる」
「もう正気でいられなくなってるわよ!! いいから話しなさい!!」
「……仕方ありません。……マリア様はソフィ様と瓜二つの双子。髪型を真似ればほとんど見分けがつきません。それで……」
姉さん……マリア姉さん。最低な人。わたしのことを利用して、あんな卑劣な手段で、精神的に弱っているジェラールの心の隙間に入り込んで……。
・・・・・・
ソフィは激昂しそうになったが、怒りが殺気に変わる前に気持ちを鎮めた。
(だめよ。また昨日みたいなことになったら、みんなに迷惑がかかるわ。冷静にならないと……)
町中が寝静まった静かな夜、ジャンの大きな寝息だけが聞こえる。
(それにしても、昔の彼にそっくり……。あの子がわたしの子だったらどれほどよかったか。できることなら、わたしも一緒に旅がしたい。ずっとあの子のそばにいたい)
彼女は薄暗い部屋の、隣のベッドで眠る甥っ子の寝顔を見て嘆息を漏らす。暗闇に目が慣れて、ぼんやりと映し出されたその顔には、かつての恋人の面影があった。
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