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第三章 亡国の系譜
第百五十四話 不可解な消滅
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着替えを済ませたジャンとニコラは、大急ぎで階段を駆け上がろうとした。しかしジャンは一瞬踏みとどまり、来た道を引き返した。
「だめだ! 武器を取りに行ってる余裕なんてねぇ! このまま女湯へ急ぐぜ!」
「え!? でも丸腰じゃ……」
「敵の気を引いてシェリーたちを逃がすんだ! それなら丸腰でもなんとかなる!」
ジャンは覚悟を決め、大急ぎで女湯へ向かった。そして勢いよく脱衣所の戸を開けると、そこには二十代後半ぐらいの若い女性研究員が二人、下着姿で立っていた。
「「!! ……キャァァーーーーーー!! 覗きよーーーーーー!!」」
いきなり目の前に現れたジャンとニコラを見て、二人の女性研究員は悲鳴を上げた。
「わっ! ごめんなさい! でも、ちょっと待って! 今は急いで……って、あれ? 殺気が、消えた?」
「出てってよ! 早く!」
「ご、ごめんなさい! 間違えました!」
ジャンはとっさに嘘をついて戸を閉めた。それにしても、なぜあれほどの凶悪な殺気が一瞬で消滅したのか。
「ジャン、ひとまず部屋に戻ろう。殺気は消えたんだろ?」
「ああ」
「このままここにいたら別の意味で大ごとになるぞ。それに、ソフィさんが相手じゃ殺人鬼だって敵いっこない。むしろ僕たちが出ていったら足手まといになるだけだ」
「わかったよ、しかたねぇ」
彼はニコラの説得に渋々応じ、部屋へ戻った。
そのとき湯につかっていたシェリーも、あのおぞましい殺気が一瞬で消え失せたことに違和感を感じていた。あと一歩遅かったら精神が崩壊していたかもしれない。それほどの凄まじい殺気。それが跡形もなく消えてしまうことなどあり得るのだろうか。
「脱衣所が騒がしいわね。なにかあったのかしら?」
「え? うん、なんだろう?」
シェリーはソフィの声を聞いて落ち着きを取り戻した。
そこへ脱衣所にいた二人の研究員が中に入ってきた。どうやらいまの一件にご立腹のようだった。
「もう! ほんと、やんなっちゃう! あ、所長、お疲れ様です」
「ニーナ、ロザリー、お疲れ様。どうかしたの?」
「どうもこうもないですよ! 所長の甥っ子が脱衣所に入ってきたんです!」
「そうなの? ……あの子、なにか言ってた?」
「たしか……今は急いでるとか、殺気がどうとかって……」
研究員の一人が「殺気」という言葉を口にしたので、シェリーは思わず口を挟んだ。
「あの!」
「どうしたの? シェリー」
「その殺気……あたしも感じました。あたし、実は武術の腕がそれなりにあって、他人の殺気を感じ取ることができるんです。それでちょっと前まで、なんでかわからないけど、強い殺気を感じてたんです。たぶんあいつも……ジャンもそれを感じて……」
彼女は先ほどの殺気について、ありのまま話した。それを聞いたもう一人の研究員が、怪訝な顔をして問い返す。
「こんなところで?」
「それは……」
シェリーは言葉を返せなかった。それもそのはず、ここは国賓クラスの客が泊まる高級ホテル。異常な殺気を放つ不審者が侵入できるような、緩いセキュリティのはずがない。
「待って、ロザリー。この子、嘘をついている様子はないわ。シェリー、大丈夫よ。わたしは信じるから」
「ソフィさん……」
「所長!」
ソフィはシェリーをかばった。しかしニーナとロザリーは納得がいかないようだ。
「あなたたちが腹を立てるのは当然よ。わかってるわ。ジャンたちにはあとでちゃんと謝らせる。ただその前に、その殺気が本当にあったのか、事実確認だけさせて」
「……所長がそうまで言うなら……」
ソフィがうまく話を収めようと気を回すと、ロザリーはしぶしぶそれに応じた。ニーナも一応納得したようだ。
「それじゃあ、わたしたちはもう出るわね。シェリー、行きましょ」
「うん」
シェリーはソフィのあとについて大浴場を出た。
脱衣所で着替えを済ませたあと、ソフィはシェリーを部屋に帰し、先ほどの殺気について、衛兵たちに尋ねて回ることにした。衛兵たちはみなその殺気を感じ取っていたが、はっきりとその位置を把握することができず、館内を手分けして探し回っていたらしい。そしてみな口をそろえて、殺気はある瞬間に一瞬で消え失せたと証言した。けっきょく衛兵への聞き取りだけでは、あのおぞましい殺気の正体は掴めなかった。
「だめだ! 武器を取りに行ってる余裕なんてねぇ! このまま女湯へ急ぐぜ!」
「え!? でも丸腰じゃ……」
「敵の気を引いてシェリーたちを逃がすんだ! それなら丸腰でもなんとかなる!」
ジャンは覚悟を決め、大急ぎで女湯へ向かった。そして勢いよく脱衣所の戸を開けると、そこには二十代後半ぐらいの若い女性研究員が二人、下着姿で立っていた。
「「!! ……キャァァーーーーーー!! 覗きよーーーーーー!!」」
いきなり目の前に現れたジャンとニコラを見て、二人の女性研究員は悲鳴を上げた。
「わっ! ごめんなさい! でも、ちょっと待って! 今は急いで……って、あれ? 殺気が、消えた?」
「出てってよ! 早く!」
「ご、ごめんなさい! 間違えました!」
ジャンはとっさに嘘をついて戸を閉めた。それにしても、なぜあれほどの凶悪な殺気が一瞬で消滅したのか。
「ジャン、ひとまず部屋に戻ろう。殺気は消えたんだろ?」
「ああ」
「このままここにいたら別の意味で大ごとになるぞ。それに、ソフィさんが相手じゃ殺人鬼だって敵いっこない。むしろ僕たちが出ていったら足手まといになるだけだ」
「わかったよ、しかたねぇ」
彼はニコラの説得に渋々応じ、部屋へ戻った。
そのとき湯につかっていたシェリーも、あのおぞましい殺気が一瞬で消え失せたことに違和感を感じていた。あと一歩遅かったら精神が崩壊していたかもしれない。それほどの凄まじい殺気。それが跡形もなく消えてしまうことなどあり得るのだろうか。
「脱衣所が騒がしいわね。なにかあったのかしら?」
「え? うん、なんだろう?」
シェリーはソフィの声を聞いて落ち着きを取り戻した。
そこへ脱衣所にいた二人の研究員が中に入ってきた。どうやらいまの一件にご立腹のようだった。
「もう! ほんと、やんなっちゃう! あ、所長、お疲れ様です」
「ニーナ、ロザリー、お疲れ様。どうかしたの?」
「どうもこうもないですよ! 所長の甥っ子が脱衣所に入ってきたんです!」
「そうなの? ……あの子、なにか言ってた?」
「たしか……今は急いでるとか、殺気がどうとかって……」
研究員の一人が「殺気」という言葉を口にしたので、シェリーは思わず口を挟んだ。
「あの!」
「どうしたの? シェリー」
「その殺気……あたしも感じました。あたし、実は武術の腕がそれなりにあって、他人の殺気を感じ取ることができるんです。それでちょっと前まで、なんでかわからないけど、強い殺気を感じてたんです。たぶんあいつも……ジャンもそれを感じて……」
彼女は先ほどの殺気について、ありのまま話した。それを聞いたもう一人の研究員が、怪訝な顔をして問い返す。
「こんなところで?」
「それは……」
シェリーは言葉を返せなかった。それもそのはず、ここは国賓クラスの客が泊まる高級ホテル。異常な殺気を放つ不審者が侵入できるような、緩いセキュリティのはずがない。
「待って、ロザリー。この子、嘘をついている様子はないわ。シェリー、大丈夫よ。わたしは信じるから」
「ソフィさん……」
「所長!」
ソフィはシェリーをかばった。しかしニーナとロザリーは納得がいかないようだ。
「あなたたちが腹を立てるのは当然よ。わかってるわ。ジャンたちにはあとでちゃんと謝らせる。ただその前に、その殺気が本当にあったのか、事実確認だけさせて」
「……所長がそうまで言うなら……」
ソフィがうまく話を収めようと気を回すと、ロザリーはしぶしぶそれに応じた。ニーナも一応納得したようだ。
「それじゃあ、わたしたちはもう出るわね。シェリー、行きましょ」
「うん」
シェリーはソフィのあとについて大浴場を出た。
脱衣所で着替えを済ませたあと、ソフィはシェリーを部屋に帰し、先ほどの殺気について、衛兵たちに尋ねて回ることにした。衛兵たちはみなその殺気を感じ取っていたが、はっきりとその位置を把握することができず、館内を手分けして探し回っていたらしい。そしてみな口をそろえて、殺気はある瞬間に一瞬で消え失せたと証言した。けっきょく衛兵への聞き取りだけでは、あのおぞましい殺気の正体は掴めなかった。
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