亡国の系譜と神の婚約者

仁藤欣太郎

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第三章 亡国の系譜

第百三十九話 『肉体改造、及び筋力増強のための最先端科学』その3

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「お疲れ、シェリー」
「お疲……っ!!」

 シェリーはジャンの右足を踵で思い切り踏みつけた。どうやらさっきの発言がそうとうかんに障ったらしい。ジャンは講義中に大声を上げることもできず、無言で悶絶した。そしてシェリーのほうを見て目で訴えかけた。

(なにすんだよ! 痛ぇだろ!)

 それに対してシェリーも目で訴えた。

(あんたが余計なこと言うから悪いんでしょ。自業自得よ)

 席に着いた彼女を横目で恨めしそうに見るジャンだったが、彼女はまったく意に介していなかった。

「えー、いまやっていただいたように、筋力を向上させるためには自分自身の限界に近い負荷をかける必要があります」

 グリーン氏が話し始めたので、彼は痛みをこらえて耳を傾けた。

「そのためにはまず適切な重さを知らなければなりません。最初に軽い重さから始めたのはそのためです。そして彼女は最終的に十キログラムのダンベルで八回動作を繰り返すことができました。この重さでそのまま続けてもいいのですが、慣れないうちは十二回前後を目標にしたほうがいいでしょう。彼女の場合は七キロか八キロですね。これで限界まで動作を続け、二分休憩、また動作を続けて、という具合に三セットほど繰返します」

 ジャンは足の痛みをこらえながら真剣に話を聞いた。彼は身体を動かすことが好きだし、身体を鍛えることにも興味があった。なんとなく自分の限界に挑戦してみたかったのだ。お世辞にも頭が良いとはいえない彼も、いまよりもっと強くなりたい、凄い男になりたいという素朴な向上心なら人一倍あった。

 グリーン氏はそのあとも講義を続けた。筋肉の仕組み、トレーニングプログラムの組み方、適切な食事法、その他さまざまな知識を、最先端の論文の内容を引用しつつ解説した。

 途中に何度かデモンストレーションを挟み、90分の講義はあっという間に過ぎていった。ジャンは先ほどの講義とは裏腹に真剣に講義を聞き、メモこそとらないもののしっかり内容を記憶に刷り込んだ。

「以上でこの講義はおしまいです。みなさん、今日覚えたことをぜひ実践してみてください。そして常に向上心を持って、自分の限界を乗り越えていく気概を持つようにしましょう。それでは、お疲れ様でした」
「「ありがとうございました」」

 講義は無事に終わった。

「ジャン、なにか参考になったか?」

 ニコラはジャンに尋ねた。

「ああ、めちゃくちゃ参考になったぜ。身体を鍛えるのは好きだし、暇を見つけて試してみることにするぜ。こいつの暴力に耐えるために筋肉つけなきゃならないしな」
「それはいつも言ってるでしょ? あんたがあたしに失礼なこと言うからだって。あんたがニコラみたいに気遣いのできるなら叩いたりしないわよ」
「そんなこと言われてもよ、しょうがねぇだろ? 俺は俺なんだから。まあ、努力はするよ」
「ったくもう。いつまでかかるやら」

 ジャンの言葉はまんざら嘘でもなかった。喧嘩ばかりしていても、彼はシェリーのことを幼馴染として、ニコラと同じぐらい大切に思っていた。だから度重なる暴力に絶えるために鍛えている、というのも間違いではなかった。もっとも一番の理由は、彼女の打撃が本当に痛いからなのだが。

 三人はそれから次の教室へ向かった。次はその日最後の講義だ。

「いよいよソフィさんの講義だな、ジャン」

 ニコラは期待と興奮が入り混じった顔でそう言った。

「よし! そんじゃ気合い入れて寝る準備でもすっか!」
「寝てどうするんだよ。ソフィさんの甥だろ、おまえ」
「それはそれ、これはこれ。難しい話は俺には無理だから、おまえがあとでざっくり説明してくれればいいぜ」
「僕に手間をかけさせるなよ……。それにこれは一般向けのセミナーなんだから、一般人に理解できないほど難しい言い回しはしないだろ」

 ニコラの言う通り、このセミナーは一部を除けば学者でなくとも理解できるよう配慮がなされていた。しかし、その横でパンフレットを見ていたシェリーも少し難色を示した。

「でもニコラ、次のソフィさんの講義、題名からして難しそうよ。『決定論と自由意志と世界の成り立ちについての仮説』だって。決定論とか自由意志とかって、聞き慣れないけどどういう意味なの?」
「それはあとでソフィさん本人からも説明があると思うけど、簡単に言うと決定論っていうのは『この世で起こるすべてのことは予め決まっている』っていう話なんだ。つまり僕たちの考えや行動も予め決められていて、僕らは自由に考えて行動する自由意志を持たない。そういう仮説さ」

 ニコラは噛み砕いて簡潔に説明したが、シェリーはその答があまり気に入らないようだ。

「えー、なんかやだ。運命が決まってるなんて夢がないじゃない」
「それはそうだけど……。まだ仮説の段階だからなんとも言えないっていうか、その……」

 シェリーの言い分はもっともだし、ニコラも当然その気持ちは理解できた。しかしそれを言われては返す言葉もない。

「よくわかんねーけど、要は運命みたいなもんが決まってるかそうじゃないか、偉い人がいろいろ予想してるって話だろ?」
「ああ、ものすごくざっくり言えばそれであってる」

 言葉に詰まるニコラをフォローする形で、ジャンはいい塩梅に話をまとめた。

「ま、次の講義を聞けばわかるだろ。俺は寝るけど」
「だから寝るなよ」

 しかし彼は相変わらずだった。
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