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俺は君のヒーローだ。

29 遠足

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太陽が青空の中で光り輝いていた。

「よーし、お前ら迷子になるんじゃないぞ!」

田中先生は、そう言うと山道を進み始めた。

今日は、入学して初のイベント。遠足だ。といっても、山を登って班ごとにカレーを作るだけだ。クラスの人と交流を深める名目もあるが、今の俺はそれどころではない。
同じ班には当たり前だが虎がいる。幸いだが山登り中は班行動ではなく虎は彼女と登ってくるらしい。

「……優翔、お前最近変じゃないか?」

隣で歩く幸太が俺の顔を覗き込む。

「……変じゃ、ない。」
「いやいや、原ちゃんも変だし、絶対なんかあったでしょ?!」
「……虎は、虎とは……何もない。俺も、平気だ。」

心が凍えていくようだった。虎のカケラを見つけるたびに、心臓が冷えていく。

「でも……。んー、いや、わかった。でも、平気じゃなくなったらちゃんと言うんだぞ?」
「……あぁ。……幸太。」
「ん?」
「ありがとう。」

それから、たわいもない話をしながら山を登った。

「優翔…俺、玉ねぎ苦手なんだけど。」
「子供か。あと、切るくらいはできるだろう。」

「真木、俺はなにすりゃ、いいんだ?」
「獅子角は志野と米を見ててくれ。」
「わかった、よし、志野行くぞ。」

俺は気が付けばカレー作りの指示出しをしていた。

「切るのも無理ぃ、生玉ねぎは匂いですらアウトなの!吐きそう!普通に吐く!」
「……しょうがないな、じゃあ、離れて人参切っててくれ。」

俺の班には、獅子角とその友達の志野、玉ねぎとの戦闘を拒否した幸太、そして、虎がいる。

「……ま、真木ちゃん。僕じゃがいも切るね?」
「あぁ、ありがとう。」
「……。」
「……。」

微妙な空気だ。仕方ない。俺は虎への感情が混乱して冷たくしか対応できないでいる。虎も虎で遠慮したようにしか喋らない。

(虎が怖いのに、話し掛けてくれることに少しホッとしているなんて……。俺は、どうしてしまったんだ……。)

「な、なぁ、優翔!」
「ん?」
「あー、えっと、あ!体育祭!体育祭楽しみだな!」
「あ、あぁ。」
(そういえば、智也さん……体育祭のこと知ってたな。)

智也さんとは、付き合うことになってから毎日電話をしている。と言っても内容はくだらない日常会話だ。
そこで、智也さんが体育祭の話をしていた。
『優翔体育祭もうすぐでしょ?あれって、僕も行っていいのかな?』
『え、あー……どうでしょう。近所の人も来るとは聞いてますけど。』
『あー、そっか……一応今度聞いてみるかな。』
(ん?……聞いてみるってことは……)

「あー、そうか。」(田中先生から聞いたのか。)
「ん?優翔?思考がフライアウェイしてるのかな?」
「え、あぁ、悪い。少し考え事をしていただけだ。」
「あ、そう。……優翔、忘れてないよね?」
「ん?何を?」

手元で包丁を動かしながら首をかしげる。

「あの、体育祭の後!」
「……あぁ、大丈夫だ。何も予定は入れてない。」
「そっ、か。よかった……。」

そうこう話しているうちにカレーは出来上がって行った。

「志野、俺の隣に座れ。」
「はぁ、良いけどさ、命令口調になってるよ獅子角。」
「んじゃぁ、優翔は俺の隣ね?で、原ちゃんも俺の隣。」
「あぁ、わかった。」
「……しょーがないな。」

ピクニックテーブルの右側に獅子角と志野君。左側に俺、幸太、虎の順に座る。

(幸太。気を遣ってくれたんだな……。)

いつもなら、虎は何が何でも俺の隣と言い張ってきたが、今回は文句は言いつつ素直に幸太の隣に座っている。

(こうやって、距離を置けば……俺の気持ちも落ち着くかもな……。)

遠足で食べるカレーは、美味しかったけれど、どこか苦かったようにも感じた。
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