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俺は君のヒーローだ。

13 波乱の種播き

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 閉店の時間になり先生が店を出た。

「じゃあ、優翔。頼んだぞ。」

「はい。大丈夫です。」

 去り際に僕に耳打ちをして念を押した先生に頷く。

 それから先輩と閉店作業を終えて、一緒にロッカーで着替えている時だった。

「真木くん。運命って……信じる?」

 唐突に先輩が俺に聞いた。

「え……運、命?」

 頭によぎるのは、俺に笑いかけてくれた幼い虎の顔だった。
 答えないでいると急に視線が上げられた。

(ん?俺…先輩に顔上げられた?)

 気が付くと先輩の手が俺の顎を掴んでいた。

「ねぇ、真木くん。僕を見て。」

「え……」

 目があって、顔が近付く。

(あれ?近くないか?)

 そう思った時には遅かった。

「んぐっ、ん?ん、はぐっ、んっ!んんっ!!」

 口の中に無理矢理入ってくる生暖かい感触。何が起こったのか分からなかった。

「んっはっ…はー、はー……なに、して……。」

「真木くん。僕の事は智也って呼んで。僕は真木くんのこと優翔くんって呼ぶから。」

 俺の言葉を無視して、何事も無かったようにニコッと笑う。

「あれ?優翔くん、初めてだった?それとも、泣くほど良かったの?」

「は?」

 そう言われて、指で頬を撫でると涙が流れていた。

(……虎……。)

 どうしてだろうと思う間も無く、頭に虎のことが流れた。

「あ、もしかして好きな子でも居た?」

 俺が困惑する目で先輩を見ると急に頭を下げた。

「ごめん!」

「え?」

「僕の悪い癖なんだ。相手の気持ち確認しないで……本当にごめん。もう、急にこんな事しないから。」

 泣きそうな声で先輩が言った。
 俺は、もう訳が分からなくなった。

「ただ、僕は優翔くんが運命の人だって思ったくらい。好きになったんだ。これは本当なんだ。」

 頭を下げたまま先輩が言う。

「男の僕から好きとか言われても気持ち悪いだけかもしれないけど、でも……好きなんだ。」

 “気持ち悪い”その言葉が自分に突き刺さって思わず声が出た。

「気持ち悪くなんか、ないです。」

(俺は……俺は、気持ち悪いなんて思わない。けど……虎は、どうだろうか。)

 また、涙が流れた。

「っ、優翔くん……」

「先輩は、本当に俺なんかを好きなんですか?」

「……うん。好きだよ。大好き……。」

「あって少ししか経ってないのに?」

「その少しで、好きになったんだ。」


(俺は、虎が好きだ。)

 頭の中で呪文の様に反響する。俺は、唇を拭った。

「俺は、先輩の気持ち受け取れないです。」

 俺がそういうと、先輩は驚きもせず

「そっか。」

 と言って笑った。

「でも、好きで居ていい?」

「……それは、俺はどうすることもできないので……。」

「じゃあ、僕の事好きにさせてみせるね?よし、じゃあ…帰ろっか。」

「はい。」


 俺は、先輩と店を出た。

 先輩とは道が同じらしく一緒に帰ることになった。
 俺は、気まずさで一杯だったけど先輩は違う様だった。

「あ、そうだ。優翔くんさ、僕の事智也って呼んでよ。」

「え?」

「お願いっ。呼んで?」

「智也…さん。」

「ふふ、なんか、嬉しいなぁ…優翔くんに名前呼んでもらえるなんて。」

「の、俺……やっぱり。」

「好きな人なんて、僕が忘れさせてあげる。」

 一瞬冷たい空気を智也さんが纏った。

「え?」

「あ、優翔くんの家ってどこらへんなの?」

「と、あ、ここです。」

「そっか、じゃあまたね。」

 気が付くと家の前まで歩いて来てたらしかった。俺は、智也さんに挨拶して家の中に入った。

(ん?ドアが……空いてる?)

 玄関を見ると、虎の靴があった。

「……虎?」

 俺が、部屋に入って呼ぶと棒立ちになった虎がそこに居た。
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