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日常
僕がイヤフォンを手放せない理由とか5/13
しおりを挟む今日も今日とて、ド深夜にこんばんは
つい先程まで久々に友人と通話して、楽しかったここクマです。
最近、僕はいわゆる異性間の友情が崩壊するのでは?と不安に思っておりました。
ですが、僕はそれを全て自意識過剰と考えて、リセットして行動しようと決めました。決めたのはついさっきです。
どう接したらいいかは元々わからないのですから、こうなったらいっそ全人類に同じ対応してやろうという脳筋的思考です。
僕は度々、こういった脳筋思考に頼ります。面倒なことはぶっ飛ばして投げるというのが僕の習性みたいです。
話は変わりまして、先程まで通話していたのですが、通話してる時に限ってメッセージが別の人から届くんですよね。
僕は基本的に相槌なのですが、聞くと見るはかろうじて同時にできても、自分の考えを書くが追加された途端破綻するので困ります。
そして、こう、大体僕に個人でメッセージを送ってくるのは恋人様くらいしかいないので…はい。
友達がいないわけではないんですよ。リアルでなら滅茶苦茶仲がいい人とかいるんですよ。でも、あの、携帯上のやり取りはなんと言いますか、あまりしないので…しても、そういった方は仲間内でのコミュ力というものが異常に高いのでグループで会話をするんですね。
そして、僕は少人数の、しかも自分含めて2、3人の気を許せる人にはコミュ力を発揮できるのですが、大学の人とはどうも、どんなに仲が良くても2人でないと難しいのです。
こう、グループワークですとか、お仕事ですと目的がはっきりしているので、すっぱりと動けるのですが、友人間って、目的ないじゃないですか。
話したいこととか、僕は完全に気を許した人にしか話せませんし…。
そうなると、自然と聞き役になり、段々と本来の寡黙さが発揮されていき、無表情はいけない気がするのでニコニコ話を聞いているわけです。
今日の通話も終始笑いっぱなしでした。困ったら笑えの精神です。
まぁ、通話は楽しいので無理なく笑えるんですが。
最近、本当に聞き役しかしていないのでとにかく笑いのツボが浅くなった気がします。といっても、急に冷静になって無表情になることもあります。
ですが、まぁ、話している人もニコニコ笑って聞いてくれる人の方が楽しいでしょう。僕はそう信じてます。じゃないと沢山の友人の中から僕を通話相手に選ばないでしょう。割と仲がいいと思われているのでね。嬉しいですよね。まぁ、僕はその人との通話以外の会話は苦手ですけど。
はー、本当に…恋人とは通話一回もしたことないのに、友達とはするんですね(トゲトゲしい言い方)
って、自分で自分に言いまくってます。
でも、あれじゃないですか、通話する意味…。僕は、特に通話してまで話したいことありませんし…。そもそも、顔の見えない状況下が得意ではないので…。
グループで通話するってなった時も、そっと未読無視しましたからね。恋人様もその中にいたのにね。まぁ、だから嫌だったのかもしれないけどね。
実際のところ、僕は無言になる未来しか見えなかったので通話に入る意味…と思って未読無視したんですけどね。
意味を考えだすと、人と関われなくなってきます。自分がされたら嬉しいと思うのに、自分からするとなると相手に迷惑になるということの方が大きくなります。
迷惑をかけることも人と関わることだと、何かの漫画で読みました。その通りだなと、納得しましたが、そもそも人と極力関わりたくないので破綻しました。
僕は内向的全振りな人間なので、Twitterですら話しかけられない。凄い、好きなツイートする人がいるんですが…勇気が出ない。
そういえば、少し前に友人曰く“クソリプ”というものを特定の人から度々頂いた時がありました。
僕は、馬鹿なので返信が付いたことにドギマギしてしまい、その内容を真摯に受け止めて返信をしようとしておりました。
けれど、なんでしょうか、そもそもその方とは考え方が違うようでして…。
僕は小説を書くことは趣味でもありますが、自分自身が死なないために書いている節がありました。抑えきれない、しかし、どこにもぶつけることのできない悲しさを、小説にしていたのです。元々、物語を作るのが好きだったというのはありますが、どうしてもある一面に関して生きることに耐えられなくなって、逃げ道として小説を書いておりました。
小説は僕の世界のようなものです。それも、大切で、大事な世界です。
誰かに読んで頂けるということは、飛び上がるほど嬉しいことですが、僕としては、その世界を作れるだけで幸せなことです。
なので、僕はその一つ一つの世界を大事にするという形として公開作品を自分の中で制限していました。
ですが、その方は迷ったら公開しろの精神の方で、趣味というより、本業にしたいのかな?と思わせるような方でした。僕から見たらですが。
もちろん、そういった方も作品一つ一つを大切にされていて、僕と同じ考えでどれも大事にする、という気持ちの元、そういった行動をするのだと思います。
何が言いたいのかと言いますと、物の捉え方や扱い方は人それぞれで、否定したり自分の意見を押し付けたりはできないと言うことです。
まぁ、小説への考え方はいいんですよ。
こうやって真摯に考えられたのは、そうやって考えさせられるような内容を送ってくださったこの方のおかげなので、ありがたいと思っていますし。
この辺りは、まだ少々強い思考をお持ちの方だなぁ、でも仲良くしたいなぁと思っていましたので。
ですが、ツイートした僕も良くなかったのかもしれませんが、よりにもよってそれに返信しますか…というようなものに返信が来まして…。
加えて、僕の状況を知らないので仕方ないかもしれませんが、論点が大幅にずれていまして…。
けれど、返信が来たら返さなくてはという概念から、メンタルズタボロになりながらも返信の言葉を探しまして…。
結局どうしたのかは覚えていませんが、友人に相談し、そこで初めて“クソリプ”というものを知りました。
まぁ、今でも“クソリプ”がよくわかっていませんが、こう、他者の心だとか関係なくズンズン入ってきて言葉を投げられるというのは、あまり良い気はしませんね。
それならSNSをやるな、と思われるのでしょうか?
けれど、現実では倫理観からしないことを、なぜして良いと言えるのでしょうか。
悲しいことをさらに広げたとて、嬉しいことには早々ならないでしょうに…。
楽しいことや嬉しいことに対して、そういう力を注いだらもっと良い社会になるような気がします。
けれど、こんな単純なことですら、上手くできないのですから、人間社会というのは難しいものですね。
そういえば、ツイートで思い出しましたが、僕は家ではイヤフォンが手放せない人間です。
本来は、自然の音を聞いている方が好きなので、イヤフォンが苦手なのですが、僕はこれがないと生きていけません。
その弊害で、外出時でも常にイヤフォンを身につけています。耳に付けずとも何時も持っています。
ごく稀に忘れてしまうことがあるのですが、忘れた事に気がつくと落ち着かなくなります。
まぁ、家の中ではないのですぐに冷静になるのですが…。
家ではイヤフォンがないと不安になります。
夜もイヤフォンがないと眠れません。
音楽が聞きたいからとか、動画を静かに見たいからとか、そういった理由で使用することもありますが、僕がイヤフォンを手放せないのは家にいる人間のおかげです。
もう、“家族”という言葉を当て嵌めるのですら抵抗があるのですから、駄目ですね。
とりあえず、軽いのから行きますと、父親の怒鳴り声を防ぐのに使っています。夜中、うるさくて眠れない時に有効です。
そして、重症なのを言いますと、もう1人の人が煩いからです。
最近はだいぶおさまってきましたが、中学・高校の頃は毎日のように夜寝る時と朝起きる時、たまにそれ以外の時もあの人はとにかく笑っていました。それも、腹の底から狂ったように高い声で。ほかにも、ぶつぶつとこもった、抑えるような笑いとともに何かを喋りながら文字を綴り続けることもしていました。
こんな環境で、貴方は日常生活を送れますか?
夜眠ろうとすると、唐突に笑い声が聞こえるんです。楽しそうな笑いではなく、狂ったような、怖い笑い方で…。
朝、目覚ましより早く同じ笑い声で起こされるんです。
「静かにしてください」
そう、一度だけ恐る恐る言ったことがありました。
けれど、その人は
「なんのこと?」
そう、僕を見ないで答えました。
しばらくして、また、笑い声が聞こえるんです。
怖い話でも、僕の幻聴でもありません。現実に僕に起こった事実です。
どうですか?
こんな異常な生活が、徐々に日常へと変わるんです。
僕は、もう、狂ってしまいそうでした。このまま、あの声を聞き続けるなんて、おかしくなってしまう。
そうして、僕がとった行動はイヤフォンを付けることでした。しかし、耳に優しい音量で聴いたとて笑い声が掻き消されることはありませんでした。
僕は、耳を壊すかもしれない音量と、精神を壊すかもしれない笑い声のどちらかを選ばなければなりませんでした。
まぁ、幸いな事にまだ耳の聞こえやすさ等に異常はありませんが、僕は精神を守りに行きました。
それからというもの、僕はイヤフォンが近くにないと落ち着かなくなりました。眠る時も、いつあの声に襲われるかわからないため、イヤフォンをつけて眠るようになりました。
ただ、朝だけは、バッテリー残量を考慮して音楽をタイマーで切ってしまうので、回避できませんが、それでも、すぐに音楽を流す準備はできています。
僕にとってイヤフォンは、精神を守る道具になっています。
イヤフォンをつけなくて良い、安心できる場所が欲しいと何度願ったでしょうか。僕は未だにイヤフォンを手放せません。
ちなみに、僕は今でも女の人の甲高い笑い声が苦手です。というか、大きな笑い声も苦手です。酷い時期は、笑い声そのものが怖くて、気持ち悪くて仕方がありませんでした。
ついでに並行して、女性拒絶症(自称)になっていました。二次元ですら、女性を見ただけで気持ち悪くなっていました。今ではだいぶ緩和されて百合系も楽しく読めるようになりました。
ですが、あの人のような性格の人はまだ気持ち悪いです。
一応、あの人にも自我があるので、性格というものがあります。気持ち悪い事この上ないですが、似たような性格の方はなきにしろあらず。同じにするのは良くないとわかっているのですが、脳裏に刻み込まれた吐き気を催す恐怖が言うことを聞いてくれません。
そういえば、最近ではあの人は人の文句や被害妄想なのでは?なことを良く喋っています。
ちなみに、僕はあの人の“悪いことが起きた”系の話は9割方信じていません。
父親との会話を聞いていても、あまり話が噛み合っていないのが何とも気持ち悪いです。
一応言いますが、父親との会話を聞いたのはあの人達が大声で話すからですし、あの人の話は大体数ヶ月前の車内という逃れられない空間の中での話です。
あの人の声自体がもう、僕は受け付けないので、極力関わらないようにしています。
たまに、鏡に映った自分のある角度が朧げに覚えていたあの人に似ていて自分の顔面をぐちゃぐちゃにしそうになります。
流石に重症だなと思いましたが、名称すら言えないのですからそれはそうですよね。
僕の家のリビングには椅子が3つあるのですが、主に使う椅子が一つしかなく、そこにあの人が座っているんですね。僕がご飯を食べに行くと、その椅子からどいて別の場所にあの人が座るんです。
僕は、その椅子に座るのですら気持ち悪く、気分も悪く、とにかく嫌です。ですが、本当に、ご飯を食べられるスペースがその椅子の前なので、毎回死ぬ思いで座って即座に退場しています。
加えて、本当にやめて欲しいのがリビングにずっといるんです。ある時、あの人は精神じゃない体の方の理由で入院していたんですが、退院してからずっと、何かと理由をつけてずっとリビングで就寝しています。
本来の就寝スペースは、僕の部屋の隣なのでどちらに転んでも地獄なのですが、食事スペースにあの人の就寝スペースがあるというのは激しく吐き気を催します。
ちなみに、リビングにいてもあの人の声は僕の部屋に届きます。
この家にいる限り、ずっと続く悪夢です。むしろ、悪夢の方がマシかもしれません。
まぁ、とにかく僕はこういった理由からイヤフォンが手放せません。
お洒落だからとかじゃないんです、現代人の流行に乗ったとかでもないんです。ないと辛いんです。本当は無い方がいいです。
そういえば、こういった理由もあって、親の話が苦手です。
大学の友人がよく、あの、っ、ま、ま…(ここクマの精一杯の抵抗)という言葉を人に使うのですが、僕はそれを言われるのが非常に、気持ち悪くてなりません。言ってる人に対してとかではなく、その単語をふざけてでも僕に使われるのが気持ち悪いです。
ですが、そんなことも言えずに、友人に優しくすると「ーーかな?」や「ありがとうーー」のように言われ、その度にSAN値が削れています。
と言っても、通常なら想定外な内容ですし、嫌だと言えない僕にも削れる原因があるのですから、友人のヘイトがたまるということはありません。
思い出しましたが、父の日、、じゃ無い方がありましたね。あまり仲良く無いと言っていた友人がその日にプレゼントを買いに行った、という話をしていて少々心が痛みました。
ですが、その単語は僕に向けられた言葉ではないですし、あの人を指しているわけでは無いので、それ以外には何も思いませんでした。
他人の親のことは、“人は人、自分は自分”の精神なので、少し寂しかったり、心が痛んだりするもののたいしてダメージがありません。
僕が気持ち悪いのはあの人だけというわけです。
いやぁ、気分の悪い話しをしてしまいました。
楽しい話でもして気を取り直したいですが、そろそろ明日に影響が出そうなので寝ようと思います。
ここまで読んでくれた貴方!
ありがとうございます。
ここクマでした。
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