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一話完結

思い相い(おもいあい)

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彼は、静かに微笑んだ。
微かに首を傾ければ、肩につく髪が揺れる。

きょとんとした目でこちらを見て、私がするであろう次の動作を待っているようだった。

(君は、何も知らないように私を見るんだね…。)

純粋無垢で残酷な男。

けれど、その目の奥には怯えが宿っていた。きっと、彼は、その笑顔を振り払って、私の前から逃げ出したいと願っているのだろう。それでも、彼はそれをしない。

いや、できないのだ。

できないからこそ、何も知らない風に笑って、怯えを奥にしまっている。

そして、私はそんな彼が愛おしくてたまらなかった。

泣きそうな心を抑えながら、私を見る彼が、愛しくて、愛おしくて、壊してしまいたかった。

狭い部屋の中。
夜空の光だけがお互いを確認する唯一の方法だった。

私はそっと、彼の頬に手を触れた。
一瞬、笑みを作った口の端が怯えるように動いたのを、私は見逃さなかった。

「君は、あたたかいね。」

できるだけ、優しい声をかける。
彼は私の言葉に頷くように目を伏せた。
触れている頬が私の手に重さをくれる。

それが合図のようだった。

私は目を伏せたままの彼に顔を近付け、唇にそっと触れた。



微かな吐息が耳に届く頃、彼の頬は赤く染まっていた。その赤を撫で、涙が浮かぶ瞳を見つめる。

「私が怖いか…?」

無意識に出た声は少し震えていた。

彼は、私の問いには答えず、ただ微笑みを見せた。手を伸ばし、私の髪に触れる。優しく髪を撫で、ゆっくりと引き寄た。

そして、彼は自ら、私の髪に口付けをした。

その行動が、純粋無垢故なのか、私への恐怖からなのかはわからなかった。
しかし、私にはその違いなど、もはやどうでもよかった。

ーーー

彼の髪は夜の光に照らされ、赤く煌めいていた。
無口な男は、赤髪の彼が愛しくて仕方がなかった。

けれど、愛しいこの男を自身のモノにしてしまいたくなる自分が怖かった。
そんな欲を持った自分を知られて、幻滅されるのが怖かった。


ただ、それだけのことだった。

無口な彼は微笑み、赤髪の彼はその笑みに触れた。

ただ一つ、愛しい気持ちをお互いに隠したまま、恐れを杞憂しながら、2人は夜を生きる。
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