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恋愛がわからない男の独り言。

もし君と、出会っていなかったら

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『もし君と、出会っていなかったら』

そんな話をしたときに、僕は、それでも良いかなって、思ったんだ。

出会えたことに感謝してる。
変われた自分が嬉しい。

けれど、自分の根本なんてものは変わっていない。

人との接し方が変わっただけだ。

君のことは好きだ。

『もし君と、出会っていなかったら』

僕はそれでも、良い気がするんだ。

悲しいと、耐えられないと言った君の気持ちが分からないんだ。
だって僕は、君の中から消える僕のことを思うと、少し嬉しくなってしまうんだ。

僕はいらないから。
できれば、君の幸せに入りたくなかった。

いつ消えても、極端に悲しむ人を減らすために、無関心を求めていた。

君が恋人になって、嬉しくて、幸せで、とても悲しかった。

僕が心から求めていたものは、好意なんかじゃなかったから。

君はきっと、僕の鎖になる。
僕を逃してくれない、枷になる。

『もし君と、出会っていなかったら』

自由な自分を想像すると、少し嬉しくなる。

けれど、でも、だけど…。

僕のせいで、良い方向に変われたと、君は言った。
僕が死んだら簡単に泣けてしまうと、君は笑った。

僕と出会えなかったら、そんな想像すら、君を悲しくさせる。

それなのに、こんなことを考えている僕のことを、君は好きだと言う。

僕に会いたいと、一緒にいたいと君は願う。

こんな、独り善がりの僕のことを君は大切にしようとする。

『もし君と、出会っていなかったら』

僕はきっと、今よりもっと、酷い人間だっただろう。
他人に対して“大事にしたい”なんて、考えなかっただろう。
誰かと過ごす心地よさを、幸せを、知らないまま生きていただろう。

『もし君と、出会っていなかったら』

それはなんだか、空虚で、つまらない気がした。

悲しくはないけれど、辛くはないけれど

それでも、なんだか、つまらないのは嫌だなと思った。
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