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森林の国、エルフの歴史

Extra stage-1:アリア

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 点々とした光を纏い、黒というより濃紺の星空を白い線が伸びる。
 ヴォクシーラからやや離れた上空。誰もが寝静まった真夜中に、白い翼をはためかせ少女が夜空を駆けていた。

「なあ、ほんとになにかあったのか?」
 ――それを確認しに行くのだろうが。
「……そりゃそうなんだけど、駆り出される俺の身にもなれっての」

 まるで人ごとのような返事に、アリアは愚痴りため息を吐く。

 ことの発端は数日前。ドラグニールの急な指示だった。

 ――アリア、気になるものがある。向かえ。

 開口一番これ。急すぎる。

 とはいえその時は戦闘の後処理やら聞き取りやらで絶賛お仕事中。日中は元より、夜も疲れて連日ぐったりだ。

 そんなこんなでドラグニールの言葉を躱して流して、ようやく時間が作れたのはヴォクシーラ滞在の最終日。その夜だった。
 指示内容を聞いてみれば、あの戦闘中、飛翔したときに何かを感じ取ったのだという。その何かを確認したいのだというが……。
 ドラグニールらしくない……いや、珍しいのか。
 あれやこれやと言ってくることはあるが、自身の要望を言ってくることは滅多にない。

 そういうこともあって明日も朝から出発で出来るなら寝ていたいが、要望を叶えるべくこうして飛んでいるわけだ。

「というか今更だけどよ、何が見つかったんだよ。あれから何日か経ってるし、まだあるとは限らねぇぞ?」
 ――……いや、生物の類ではない故、どこかへ移動しているという事はないであろう。物というよりは場所だ。
「場所、ねぇ」

 記憶を思い起こしてみるが、ヴォクシーラ周辺にあるのは森か草原。他国へ続く土を固めた舗装路だけだったと思う。そんな気になるような土地やら建物なんてあったとは思えないけど……。
 思い、眼下に目をやる。
 夜とはいえ、星と月に照らされた障害物のない草原はそれなりにも視覚情報が得られる。起伏による陰影はあるが、それだけだ。やはり何も見えない。

 ――そろそろだ。下降しろ。

 指示に従い高度を落とす。地面に降りて少し歩く。そして到着したところは……。

「やっぱ、なんも無いな」

 呟き、見渡す。しかしそこは周囲と同じ、何もない草原だった。

「この辺……なんだよな?」
 ――ああ、この辺りだ。感じたのはこの辺り……。
「今更だけどよ、何を感じたんだよ」
 ――既視感だ。
「……は?」

 既視感って……。

「具体的に何かあったっていう訳ではなく?」
 ――そうだな、感覚として何かを感じ取った程度だ。
「……はあ」

 吐息、というかため息。大き目の。

「まあ、いいや。お前がそんなこと言うのも初めてだしな。そんなに何か感じ取ったってなら、何かあるんだろ」

 せっかくここまで来たんだ。そのまま帰るよりは、散歩がてらこいつの直感信じて軽く調べていこう。

 そう切り替えて、もう一度周囲を見渡す。

 やはり何もなく、あるのは草原だけ……と思ったが、気持ちを変えたからかふと気づくことがある。

 草原や舗装路は完全な平面ではなく、自然の台地故に起伏はある。どこからか転がりついたのか身が隠せるほどの岩も、木もある。だがこの辺りにあるのは、そういったものとは少し違っていた。

 周囲の起伏はやや急……まるで長い年月かけて土がかぶさり、台地になったような、そんな急さだ。それに地面にも石があるが、自然の石というにはやや人工感のある滑らかさがある気もする。それにそもそも地面に埋め込まれている。まるで……。

「建物、か……?」

 建築物。その基礎や土台がわずかに残っている、という見方もできる。

 立ち上がり、再び見渡す。ぼうっと眺めて、ふと、それが思い浮かんだ。

「入口がこうあって、壁がこう伸びて……」
 ――背後には道沿いに置かれた門と、そこから伸びる舗装路。
「真ん中にこう、噴水があって」
 ――無駄に広い庭園……見渡すテラスがあり……

 そこまでいって、俺たちは我に返った。

「……あ?」

 今、なに言って……っていうかドラグニールも……。

 ――……なんだ今のは。既視感どころではないぞ。

 困惑ではない。焦りすら感じる戸惑い。おそらくドラグニールも俺と同じ状態だろう。

 痕跡からしてこういった配置だろう、どころじゃない。あの瞬間、俺たちの脳裏には明確なイメージがあった。
 大きな屋敷、前庭、噴水。あるはずもない風景が、明確に浮かんだのだ。それに……あのイメージ、どこかで見た覚えが。

「ドラグニール、今のイメージ、覚えあるか?」
 ――いや……知っている気はするのだが、思い出せん。なんだこれは。

 こいつにしても、こんな事態は初めてなのだろう。こんなに動揺しているのは初めてだ。

 改めて周囲を見渡しても、見えるのは今までと同じ夜の草原。思い出そうとしてもさっきのイメージは出てこないし、もはや思い出せもしない。

 なんだったんだ……?

 思い、振り返って歩く。あのイメージは思い出せないが、どこに何があったかは辛うじて思い出せる。一度、土地の入り口でもある門の位置から確認しようと移動する。
 やや肌寒い風を頬に受け、つい目を閉じながら振り返る。そのまま大きな屋敷をイメージしながら顔を上げ、目を開ける。しかし映るのは夜空だけ。やや暗いのは背後の月が雲に隠れてるからだろう。

 ま、何もあるわけないよな。

 吐息して、目線を下げて、

「――は?」

 正面に、何かがいた。

 位置としてはさっきまで俺が立っていた場所。屋敷の玄関に当たるところだろうか。
 背丈は俺と同じくらい。月が隠れて光量が足りないからか、姿はシルエットのように黒い。

 状況だけ見れば偶然誰かと出会った。それだけだ。危険があるかどうかの確認は必要だが、状況としてはそれだけ。なのに……。

 なんだこの感覚……!

 気を抜けば手が、足が震える。風が吹けばやや肌寒い程度なのに、嚙み締めていないと奥歯が震える。
 本能が告げている、忌避感ともいえる危険信号。オーガやグリワモールのような、戦えば命の危険があると告げるものではない。そもそも関わってはいけない。そういった類のものだ。

 ――なんだ、アレは……。
「お前にわからねぇもんが、俺に分かるわけないだろ」

 現状は立っているだけ、手には何もなく、腰や背中にも何かを携えているようには見えない。何も持っていない無害な子供、その筈だ。
 ……なのになんで、俺は如月を出している? 抜刀していないとはいえ、柄に右手をやり、いつでも抜けるように構えている?

 異常なまでの忌避、焦燥。願わくばこのまま去ってほしい。そう思わざるを得ない。

 ふと、雲の影が奴の背後の影がこちらに動いてくるのが見える。方向としては正面から風を受けている。目を閉じなければその風をもろに受けてしまうのに、閉じることを脳が拒否する。
 影が迫り、奴の背後からその体を通り、月光がその姿を正面から照らした。

「……なあドラグニール、あんな魔物は知ってるか?」
 ――少なくとも、我の知識にはおらんな。

 月光に照らされたその姿。それは今までと同じ、影がそのまま立ち上がったような漆黒の姿だった。
 小柄な体。長い髪。纏っている衣服。それら全てが黒塗りの、ナニかだった。

「……?」

 目の前の存在が、どちらが顔なのかもわからない頭部をこちらに向けたとなぜか思ったとき、

「……っ!?」

 影が、目の前にいた。

 反射的に背後への跳躍。姿勢を低くしたまま着地し、腰を左へ捻りいつでも最速で如月を抜けるようにする。

 いまのスピード……まるでレイの。

 思うや否や、正面から影が消える。同時に直感的に抜刀し、その勢いのまま前に出した右足を軸に反転。背後へ斬り下ろし、

「……くっ!」

 迫っていた黒剣を弾く。
 影が握っている黒剣。レイのような黒い金属ではないのだろう。影の体と同様、光を吸収するようになんの反射もしていない。もはやどこから出したのか、なんてことは気にもならなかった。気にする余裕すらなかった。

「なんなんです……かっ!」

 牽制のために空を切り上げ、再び背後の跳躍し距離を開けながら問うが、当然のように答えは返ってこない。

 ――アリア、気を抜くな……いや、集中しろ。この世界に我が呼んでから、これ以上ないほどにだ。奴は……魔王と名乗る奴等や貴様と同じSランクの者どもとは何かが違う、異質な異形だ。
「言われなくても……!」

 如月を左手で逆手に持ち、背後の空間から不知火を抜刀。瞬時に炎を翼に成形し構える。

 程よく熱された空気を吸い、溜め、短く吐き疾走。
 
 俺もドラグニールも、目の前の存在にこれ以上ないほど集中していた。だからこそ、気づかなかった。上空にいる、三人目の存在に。

「――あら、ほんとに人のくせに羽根なんて生やしちゃって。生意気ね」

 月を背に、翼人の女性が見下ろしていた。
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