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森林の国、エルフの歴史

反撃開始

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 その戦闘は、現在起こっている中で最も苛烈を極めていた。

 取り囲む数人の剣撃、十数発の魔法、数十本の矢。それら全てを、少女は一人で凌いでみせている。青の刀と、自らの体をも道具として使い、受け、弾き、斬り落とす。

 幸運だったのは三つ。

 一つはその刀が高純度のオリハルコン製であること。規格外の高耐久を誇るその刀身は折れることは無く、同程度の高度の物体をぶつけなければ刃こぼれさえることも難しい。また高い耐魔属性も併せ持つことから、ある程度の魔法攻撃なら斬った傍から無効化出来る。この二つの性質を持つ刀──如月によって敵の攻撃を受け続けられる。

 二つは自らのスキル。いくら最高の武器を持っていようが、一振りの刀で百に迫る攻撃全てを受ける事は出来ない。故に少女は自らの体──不死身の肉体も道具と切り捨て使用する。

 三つは足下の窪んだ穴にいるニナのスキル。不死身の肉体は矢で貫かれようが、魔法で損傷しようが、刃で切り落とされようが死ぬことは無いが、再生することは無い。故に損傷したその肉体を即座にニナが修復する。

 折れることの無い武器と、死ぬことも無力化することも無い肉体。
 この二つで首の皮一枚凌いでいたが、しかしニナにはその限界が遠くない位置にあることを感じていた。

 どんどんアリアさんの負傷する回数が多くなっていってる……。当然です。私が治せるのは体だけで、体力や精神は治せない……。動き続ければ疲れるし、集中力も……なにより精神がどれだけ磨り減っているか……。

 私が戦えれば……と下唇を噛むニナに、アリアは息も絶え絶えに声を発する。

「ニナさんっ、他の皆と、のっ、連絡は……!?」
「は、はいっ。えと……まだ、まだ繋がりません」
「そうですか……」

 一言返事を返すアリア。背中を押せず、むしろ逆効果となる事実を伝えることしか出来ない事にニナは目を伏せるが、しかしアリアは言葉を続けた。

「大丈夫です」
「……え?」

 この状況には相応しくない言葉だと思ってしまい、思わず聞き返す。

「大丈夫。私はニナさんより皆との付き合いは短いけど、強さは十分分かってます。クラガとエリシアだって。私とニナさんがこうして耐えられてるんです。すぐ皆が駆けつけてくれますよ」
「それは……」

 分からない。私達が耐えられているのは、言ってしまえば相性が良いからだ。他の人が同じような状況に陥っていれば……。

 そこまで考え、ニナは目を見開いて頭を振った。

 なんで、なんで私がそんなこと考えてるんだ。いま辛いのは私よりもアリアさんだ。そんな彼女が、私を励ますために言ってくれたんだ。応えなくてどうする!

 抱えるように杖を握っていた両手に力を込める。強く目を閉じ、考える。
 この状況を打開する方法、ではない。
 自分のスキルを、今、どこまで使えるかを・・・・・・・・・

 残存魔力は……大丈夫。アリアさんしか対象にしてないから思ったより減ってない。それに魔素量も多い。これなら吸収量も多いから、少しは消費を抑えられる。あとは、範囲を出来るだけ狭めれば……うん。

 スキルをこの段階までみせることは勇気がいる。知って、悪用しようと近づいてきた人は何人もいた。でも冒険者になって、暁の地平に入ってからは皆が守ってくれて、安心できた。
 だから今度は、私が守る番!

「──アリアさん。聞いて下さい。」

 杖を握りしめ、目を開く。その目には怯えは無く、覚悟を決めた瞳だった。

「私が合図したら、全速力でこの場から離脱して下さい。私のスキル・・・でアリアさんが自由に戦える状況にします」
「…………」

 アリアからの返答はない。聞こえているはず、聞けているはずと信じて続ける。

「といっても、多分五分が限界です。五分経てば今の状態に戻ります。だから……」
「……五分」

 小さく呟く声が聞こえる。右足を軸に、如月の重量を遠心力に回転し周囲全ての攻撃を乱暴に弾く。
 それは今までとは違う、絶え間ない攻撃を受け続ける為では無く、隙を作ろうとも自分に一瞬の動きを与えるための行動。
 一回転した右の軸足をそのまま折り低い姿勢での着地。左足を前にしたその姿勢は、クラウチングスタートに似た姿勢だった。

 頭上からは先程まで受け続けていた、今は既に間に合わなくなった幾つもの攻撃が迫る。

「──お願いします!」
十分じゅうぶんです……!」

 駆ける。
 走るためだけの身体強化による加速。一瞬の加速は背後に迫った攻撃を置き去りにした。

 無理矢理に飛び出し崩れかけた姿勢を、如月を地面に突き立てブレーキとし急停止。
 顔を上げ先程までいた場所を見て、アリアさんは一瞬目を見開いた。

 伏せた自分の背後まで迫っていた攻撃。自分がいなくなったことにニナに迫る攻撃。しかしその全ては、時が止まったかのように静止していた。
 振り下ろされる剣も槍も、飛来する魔法も矢も。そしてそれらの終点にいるニナさえも。月明かりを受け照らされる直径二M程の青白いドーム。ニナを中心としたそこは全ての動きが静止していた。

 その光景に目を奪われ、しかし直ぐに思考を切り替える。

 時間は無い。速攻で決めろ!

 疲労した精神に活を入れ、不知火を抜刀。
 体を覆う黒い炎は流れるように不知火に収束し、白い炎刀へと姿を変える。更に炎は姿を変え、アリアの背後で光輪を携えた翼として展開する。

「おおお……!」

 飛翔。
 静止しているのはニナの周囲だけであり、範囲外で武器を振るっていた者や遠距離で矢を射ていた者はその影響を受けておらずこちらへと攻撃地点を変更する。
 しかしそれらに対し今すべきことは迎撃で無く回避。叩くべきは彼らでは無く彼らを操る者。故にアリアは上へと飛翔する。木々を抜け空へ抜け出し周囲を確認する。

 暗闇ゆえ国内の状況は分からないが、少なくとも暗いと言うことは火災等は起こっていないということだ。何かが起こっている気配はあるが、しかし今それは自分が干渉することでは無い。

 ──っ!?

 不意に、ドラグニールが動揺した。ある種それは何事にも勝る緊急事態である。彼が心を乱すということは、それなりの出来事が起こったということだからだ。

「どうしたドラグニール!?」
 ──……いや、すまぬ。何でも無い。今の状況には関係ない。捨て置け。

 そう簡単に割り切れるものでは無いが、しかし今はそうするしか無い。
 後で確認してやろう、そう決めて視線を下に向ける。

「今から魔力感知を範囲少しずつ広げながら展開する。魔法じゃ無いからちゃんと検知出来るか微妙だけど、それらしいの見つかったら教えてくれ」
 ──ほう、我を使うとは偉くなったな。……が、今はいいだろう。

 任せた。と、地上から迫る巨大な蔦を焼き斬り、翼を羽ばたかせ身を翻し矢群を躱す。先程までと違い攻撃を全周囲から足下一方向に固定できたことにより、それらへの対処はかなり容易となる。それにより魔力感知の範囲を広げる余裕が出来、またアリアがそれをすることによりドラグニールは検知にのみ意識を割くことが出来る。

 ──あったぞ。魔力に似た、だが異なる力の流れ。その源流は……ここだ。

 アリアの視界を介してその場所を記す。夜の森の一点、アリアの視界にのみ映る白い点が生まれる。
 およそ四百M離れた地点。
 体を反転させ真下への飛翔。翼と重力による二重の加速により最速で最高速に達する。更に再び翼を羽ばたかせギリギリまで速度を殺さず進行方向を下から横へと持ち上げる。
 
「残りは!?」
 ──今四分になったところだ。

 地上に向かって斜めの軌道で森へと突入し、前方へと翼を羽ばたかせその風圧をブレーキとし着地した。

 そこにいたのは七人の軍服を着た男女だった。
 男兵士四人、女兵士一人が前に。その後ろに一人の男兵士。更にその後ろ、木にもたれる男兵士だった。

「……ほう、来たか」

 前列の五人はアリアの登場に肩を振るわせるが、中列の男は糸目を僅かに開き、最後列の男が軍帽を少し持ち上げ、小さく呟いた。

 彼らの姿を確認し、アリアは刀を握る手に力を込める。

 今まで人型の魔物とも、人とも戦う事はあった。訓練でも、試合でも、本気の戦闘でも。
 しかし、そのどれも、相手の命を奪う結果にはなっていない。だが──今回は殺さなければいけない。
 
 冒険者になってから残り続けている躊躇いを、今、覚悟で塗りつぶす。

 翼の加速も利用し駆ける。交差させ左右へ広げるような横薙ぎの一閃。しかしそこの剣撃は突如現れたシールドに阻まれる。しかも破壊されたシールドの奥にはもう一枚シールドがある。

 ──吸収型の防御壁だ。受けた衝撃を吸収し、受容上限を超えるとそれを解放。二撃目を弾く仕組みだ。
「時間がないから……ゴリ押す!」

 翼を不知火へと動かし、

開闢の焔フラム・プレリュード!」

 白炎刀による一閃。それは一枚目のシールドに触れ、吸収され、そして受容限界により弾き返される衝撃を、しかし飲み込んだ。更に止まることは無く二枚目のシールドも同様に斬り破り、そして止まることは無い。

 威力を吸収し、その分弾かれるなら、更にそれを上回れば良いだけだ。単純な攻略法だが、それを複数枚の防御魔導に対しそれが可能なのは、暁内でも最大火力を誇るアリアだけだ。

 威力はかなり減衰されたが、しかし生身の人間には依然必殺の一撃。このまま行けば前列五人の内、中央三人の首を斬り飛ばせる軌道。
 しかしその一撃は、一人目の寸前で止められた。

「……っ!」
「おっとぉ、危ない危ない。流石に目の前で大事な部下殺されちゃあ隊長失格だからねぇ」

 逆手に持った長剣でアリアの一撃を受けたのは、背後にいた糸目の男だった。
 アリアは奇妙な違和感を感じ背後へと跳躍。

 本来の開闢の焔フラム・プレリュードからかなり減衰された威力だから普通に受け止められた……という感覚では無かった。長剣に触れた瞬間、まるで力が抜けたような感覚になったのだ。

「どれどれ。後ろでこわーい上司が見てることだし、ちょっとくらい仕事しますかっと」

 隊員達の間を跨ぎ、男は前に出る。

「ギルティシア帝国第四師団、特殊技術団所属、第一小隊小隊長サイス・エルヴィ。……さってと、時間稼ぎさせてもらおうかね」
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