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森林の国、エルフの歴史

シーナの正体-3

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「ぁっ、ぁぁあああああ、っあああああああああああ!!」

 文字通り身を裂くような痛み。痛みによって手放しかけた意識が、しかし更なる痛みによって覚醒させられる。

「うっわやばー。おねーさんだいじょう、ぶっ?」

 うつ伏せにうずくまるシーナに近づき、背に刺さる矢を乱雑に抜く。

「ぅぐぁ、ああああああああ!」

 一瞬血が噴き出し、衣服を赤く染めてゆく。少女は矢尻に付いた肉片に顔を歪め放り捨てる。

「うわばっち。……さておねーさん。そろそろ時間だからもうお仕舞いだけど、まだ生きてる?」

 少女は無造作にシーナの髪を掴み顔を上げさせる。苦痛に歪む表情。しかしシーナは少女の頬に唾を吐いた。

「あ、貴女程度で……私を、どうこうできると……思わないことです、ね」
「……ふふっ。いいね、おねーさん。気に入ったよ。私のお気に入りにしてあげる」

 頬に垂れる唾を舐め取り、口角をつり上げる。ジッとシーナの瞳を見つめ、目を閉じ、開ける。そこにあったのは紅い、鮮やかな紅い瞳だった。その瞳を見た瞬間、シーナの目から脳に向けて熱が駆けた。

「ん、ぐぅ……!」
「あ、きたきた? えっとなんだっけなー。この目から特殊な信号? みたいなのを出してー、それをおねーさんの目を通して脳に植え付けるの。それがおねーさんの意識を奪って、かつ私の命令を受信して行動するの」

 その説明の通りのことが起こっているのか徐々に虚ろになりつつある目で、しかしシーナは少女を睨む。

「そのようなもの、仮に魔法として考えるならかなりの魔力が必要……それも同時に何人も……ずっとやり続けるなんて……」
「それが出来るんだよねぇ」

 こ、こ、で。
 そう言って少女はシーナの鳩尾のやや下辺りを指先でつつく。

「知ってる? ここに何があるか。大陸の東側には無い、魔素の多い西側の人間にしか無い器官。おねーさん達が使う魔法。その動力になってる魔力。空気中の魔素を取り込んで魔力に変えて溜め込む器官がこの辺にあるんだってー」

 グッと押し込み、シーナが呻くのも意に介さず少女は言葉を続ける。

「それでねそれでね? こっちの人の中でも魔法が使えない人っているじゃん? そういう人は魔力の貯蔵量がすっくなくて、呼吸で取り込んだ魔素を魔力に変換した傍から消滅されちゃうんだけどぉ、この洗脳魔導はその僅かな魔力でも十分な動力で起動し続けられるの。しかも、洗脳した人経由でも洗脳できちゃうの」

 省エネって凄いよねぇ。と呟く。

「つまり、相手の魔力を用いてるからどれだけでも……それこそ死ぬまで解除が出来ないと」
「そそ。まあここまで強化できたのは最近なんだけどねぇ。ちょっと前までの試作状態だと強い衝撃で気絶させられると解除されちゃうから」

 そう返事をし、少女はあることに気づいた。

「……あれ? いつもこんな時間かかってたっけ?」

 それに、なんだかおねーさんがさっきよりも普通に喋ってるような……?

「そうですか、情報は十分集まりました。貴女がお喋りで助かりましたよ」

 何事もなかったように、シーナは立ち上がった。

「……は?」

 いやいやいやいやちょっと待って? 少女は戸惑いの声を上げ見上げながら後ずさる。

「えっなんで? さっきまであんな痛がってたよね? 鈍化の薬打ってないよ? ……っていうかなんで洗脳効いてないの!?」

 少女の焦燥に駆られる問いに、シーナはああ、と思い出したように背中に腕を回す。

「これですか。いえまあ痛みはありますしいつもより痛いといわれれば痛いですが……私はそもそも痛覚が鈍くなってしまっていて。洗脳は……私のスキルのせいですね」
「……っ、この!」

 少女は上げた腕を下ろし、周囲に潜む者、背後に並ぶ者へ矢を射る指示を出し、間を置かず打ち出される。
 しかしその全てが、上空から飛来したそれに撃ち落された。矢を撃ち落し地面に突き刺さり、そして消えたそれは、

「光の……矢……? それって、おねーさんの……、え、なんで? 弓がないと使えないんじゃないの!?」
「いえ別に。そうしている方が騙される人もいますからね」

 貴女のように。
 半ば悲鳴にもなっている少女の言葉に、シーナはただ平然と答えた。

「貴女のような幼稚な人は、強い相手を支配できていると思えば思うほど饒舌になってくれますからね。少々演技してみました」
「そんな……最初から騙してたの!?」
「そんな責められるいわれは無いですが……ええ、そうですね。最初から……私達がヴォクシーラに来たときから、騙していました」
「……え?」

 信じられないものを聞いたような少女の声。しかしシーナは気にせず言葉を続けた。

「久々に帰ってみれば誰も彼も妙な気配でしたからね。コニスも既に洗脳されてて、私達の情報を得るために潜り込ませたのでしょう? だからこそ少しでも私に貴女達の意識を向けさせるために最弱と言っておいたのです。全く……」

 私よりも強い者がいるわけ無いでしょう。

 当然の様に言ってのけたそこ言葉に、少女はただ恐怖で喉を鳴らした。

「貴女の様な幼稚な人は強い相手よりも上に立てば調子に乗って饒舌になってくれますからね。その為に材料としてクラガも連れてきたのです。想定通りに動いてくれて助かりました。……まあ、そのお礼では無いですけれど、私の事を教えてあげましょう」

 最後の矢を体から引き抜き放り投げ、代わりに握られたのは無から現れた光矢だった。

「この矢は私の魔力から作られた矢。私のスキルはこの矢なのですが……魔力で矢を作る、という事ではありません。正確に言えば、私の魔力はこの光矢にしかなれない……いえ、もはや私には魔力の概念は無く、体内を矢が駆け巡っているといいましょうか」

 だからこそ私には魔力が無く。痛みなど、感じすぎて最早消えてしまったのです。
 握った手に力を込めると霧散して消える光矢。それをどこか悲しい目で見送り、視線を落とす。

「……少し昔を思い出してしまいましたので、ついでです。貴女。貴女達が洗脳した彼ら。ヴォクシーラの住民。彼らが何か分かりますか?」
「な、にって……エルフでしょ……?」

 震えるその答えに、しかしシーナは目を伏せ溜息をついた。

「ええ、まあ。現代で言えばそうです。彼らがエルフです。しかし生物として言えば──エルフはこの私、唯一人です」

 不意に、ドサリと重たいものが落ちる音が周囲から響く。少女が目をやれば、そこにあったのは木々から落ち地面に叩き付けられた帝国兵達だった。どれも高所からの落下で体が折れ曲がっていたが死因はそれでは無く、その頭部に突き刺さった光矢だった。

「実は彼らの位置も最初から把握出来ていたのです。さっきまでの接戦、いい演技だったでしょう?」
「……ひっ、いやああぁぁああああ!!」

 少女は半狂乱になり、洗脳しているエルフやクラガに指示を出す。弓矢を持つ物はそれで、クラガにはその武装を展開させ、とにかくシーナを殺すように。

 しかし誰も彼もが、攻撃の動きを、その初動をとる前に光矢に貫かれ倒れた。

「……へぇっ?」

 感情が追いついていないのか、奇妙な声が喉を出る。そして状況を確認し、それを声に出した。

「な、なんで……? なんでそんな簡単に殺したの!?」

 仲間でしょ!? 弟子でしょ!? 悲鳴となる声に、シーナは呆れて答えた。

「どの口が言いますか……。それに、そもそも私は殺していませんよ?」

 少女が振り向けば、倒れた彼らは目覚めはしていないが小さなうめき声を上げ、しかし少女の命令は届いていない。そしてよく見れば、光矢で貫かれた筈の傷が見当たらなかった。

「貴女が教えてくれましたからね、洗脳魔導というのは当人の魔力を原動力としてるもの。そして私の光矢は私の魔力そのもので、それ以外には変換不可能のもの。であれば、一瞬でも私の矢を介入させれば洗脳魔導は動力を失い、発動が停止するでしょう?」

 言っている意味は分かる。理論も分かる。しかし実行する胆力が分からない。もし失敗すれば相手を殺す事に……。
 そこまで考え、少女は先程聞いた言葉を思い出す。

 エルフはこの私、唯一人。

 言葉の意味は分からない。しかしその通りに受け取るならば、彼女以外のエルフを、彼女はエルフと認めていない。ならば死んでしまっても、特段何も思わないので無いか。

「あ……」

 終わりだ。
 急に目の前の存在の認識が形を失い、形容しがたい何か、化物に思えてくる。ただ静かに自分の終わりを悟った少女は、失禁していることにも気づかないほど呆然としていた。

「さて、皆も少々手こずっている様ですので、手助けでもしてあげましょうか」

 そういって目を閉じ、そして開けると同時に現れたのは、空を埋め尽くし真昼のように照らす光矢の雨だった。

「これで、洗脳されていた人は全員解放です。それで、貴女ですが……」

 まるで当然の様に。日常の所作となんら差の無い動作のように異次元の技を繰り出した化物に、少女は必死に懇願した。

「おねっ、お願いします! なんでもっ、なんでもしますから! 奴隷みたいに……やっ、奴隷になりますから! 死にたくないっ、助けて下さい!」

 少女の必死に懇願に、シーナは微笑んだ。

「ええ、良いですよ。元々貴女はそのままお仲間のところに返してあげようと思っていたのです」
「ほ、本当ですか……?」
「ええ。この私がいる限り、もはや洗脳魔導など何の効果も無いガラクタなのだと、そう伝えてもらうために」
「伝えます! 伝えさせて頂きます!」

 無いも同然だった生の糸を手繰り寄せることに成功したと、少女は喜びの表情になる。

 だが。

「しかし、やはりいいです。今の光景で大体察するでしょうし」
「へっ?」

 軽い衝撃を背から感じ顔を下にやると、胸から光矢が突き出ていた。直後、それは幾つも連続し、少女は血とぐもった声を吐いて倒れた。

「私の秘密を知ったものは、敵味方関係なく殺していますからね」

 まあ、彼女に知らせたのは私自身ですが。
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