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森林の国、エルフの歴史
開戦
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ヴォクシーラの一日は夜明けと共に始まる。
夜間の輸送は危険が伴うため日のある時間に行う必要があり、効率よく行うために収穫や出荷準備に関わる者達は日が昇る少し前から働き始める。
しかしそんなことは関係なく、俺が起きたのは日がすっかり昇りきったお昼過ぎだった。
昨日は夜遅く……というか明け方までコニスの模擬戦に付き合ってたから、こんな時間までぐっすりしてしまった。幸い今日の予定は夜からの監視任務のみ。まあだからこそあんな時間まで付き合ってたんだけども。
眠い目をこすりながら最低限の身なりを整え、ギルド内の食堂で朝食兼昼食を注文する。
アルガーンギルドでこんな時間に注文しようものなら腹ごしらえの出来るおもーい肉料理がずらりと並ぶが、ここでは比較的色んな料理……というより、土地柄だろうかか野菜料理が多いように思える。しかしあっさりしたものばかりというわけでも無く、バランスのしっかりとした食べ応えのあるものも、それこそ起き抜けの胃に優しいあっさりとしたものもある。
そういうわけで、野菜を細かく刻んだスープを啜ってゆっくり胃を起こしながらぼうっと視線を動かしていると、部屋の隅の席に座る一人の少女を見つけた。スプーンでスープから掬い上げた芋が思ったよりも大きく、少し迷って頬張ろうと口を開けて顔を下げ、バランスを崩し落ちた芋によって跳ねた熱いスープを顔に食らって小さな悲鳴をあげたニナだ。……大丈夫だろうか。
袖で顔を拭う姿を見ながら、コニスとエクシアとの数日前の会話をふと思い出す。
『……いやまあ、エクシアさんには模擬戦で負けっぱなしなので、取り敢えずエクシアさんの方が強いですかねぇ』
『そう? 本番想定なら変わってくると思うけど……でもそっか、何でもありの想定でも良いんだっけ?』
『はいっ! もう何でもありで!』
『じゃあ──』
『──何でもありなら、ぶっちぎりでニナかな』
俺たちの中で誰が一番強いのか。なんでもありのあらゆる場面、条件想定だからどれほど参考になるか分からないし、エクシアがどう想定したのかは分からないけど、しかし出した回答は『強いて言うなら』ではなく『ぶっちぎり』だった。
勿論一口に『強い』と言っても、その解釈は様々だ。文字通りのストロング──腕っ節や戦闘、一番に思いつく戦いの強さ。しかし戦術立案や戦闘指揮に長けた能力も『強さ』の解釈には十分当てはまる。
ニナの能力──スキルのあの回復は確かにとてつもない。あの広い武道場のどこでどんな負傷をしたとしても問題なく回復出来る。あの時はただすごい程度にしか思っていなかったが、イシュワッドで少し魔法について調べる機会があって、それ以降時間を見つけては更に勉強していたんだけど、そもそも回復魔法はそれほど便利なものでは無いらしい。
回復魔法の本質は治癒能力の底上げと促進。雑に言えば本人の持つ自己治癒能力を強化する物。つまり傷などを塞ぐことは出来ても、斬り飛ばされた腕や足を再生させる事は出来ないという。……とはいえコレはあくまで回復魔法の話。魔法とは一線を画すスキルはまた違う概念だ。現にガルシオのような、即死でさえないのならどのような状態からでも復活するスキルもある。だからまあ、ニナのスキルもあり得ないものでは無い。しかしガルシオは自身にのみ有効なのに対して、ニナは他者へ有効。それも指定をとらず範囲内全員にだ。その範囲も、会場の中心にニナがいることはなかった事から、円形と仮定すれば半径があの会場分はあることになる。
改めて考えてみても確かにとんでもない。『ぶっちぎり』でとんでもない……が、一番強いだろうか?
あのコニス本人の口から説明があったわけではないが、しかしあの質問の意図はどう考えても戦闘能力……ストロングの強さだろう。それはエクシアも分かっているはず。そしてその上で彼はニナを指名した。
あの日はあの後なあなあで終わってしまったけど、改めて考えるとすごい気になる……。どう思うよ?
──我の目から見る限りでも、貴様と同意見だな。魔力量は流石に並以上ではあるが、脅威的な量ではない。戦闘状態を目にしておらんから普段の行動からの推測でしかないが、俊敏に動けるわけでもなく、鋭い判断が出来るとも思えん。むしろ鈍くさそうだ。
そんなことは……まあ、うん……。
──しかしあの男が酔狂で言ったとも思えん……であれば、種は奴のスキルだろう。単なる回復のスキルではなく、副産物として別の効果──あるいはあの回復が副産物である可能性もある。
やっぱ、何かあるとしたらそこだよなぁ。
──そもそも本人に直接聞けば良いではないか。敵同士というわけでもなし。
それはそうなんだけど……。
俺は言葉を濁し少し考える。
最近気づいたこの世界の暗黙の了解のようなもので、他者のスキルについてあまり踏み込まないというものがあるのだ。
例えば俺の『不死身』。
これは元の世界で刺されたときに死にたくないって強く思った事が起因して発現したスキルだと、かつてドラグニールは言った。つまりスキルは、本人の強い意志、想いに関わっている。それも死の淵に願うような、本当の想い。
だからこそスキルの発現者の数は少なく効果は本人の剥き出しの本性を、願望を現していると言える。だからこそあまり詮索するものでは無く、実際俺たちもお互いだいたいどんな効果か困らない範囲でしか共有していない。
ということもあって、一番手っ取り早い方法は、一番選択しにくい方法なのだ。コレが人間の機微というものだよドラグニール君?
──下らんな。つまりそれなら、特段知る必要も無いと言うことだろう。ならば放っておけ。
それが正解なんだけどな……あっ。
残り少なくなったスープを器ごと持ち上げて飲み干して、俺はあることを思いだした。
***
「よ、よろしくおねがいします!」
日も暮れかかって空が赤から黒に変わりつつある時間帯。大森林の入り口付近で俺とニナは向かい合っていた。
今日の俺の任務は夜間の大森林内部の調査。帝国側の影響の有無やその他の問題が無いかを見て回る。とはいえそもそも危険度が高い大森林内部の調査を、これまた視界の悪い夜に行う関係上そこまで深入りはする必要は無い。しかし仮に帝国が行動を起こしているとするなら、これまた人目に付きにくい夜間の大森林は条件に当てはまってはいる。なのである程度は調査の必要があるのだ。
そんな本日の調査の相方が、ニナだった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
勢いよく頭を下げたニナに、こちらも答える。
暁の人達と接してある程度の日数になってきたが、ある意味ニナが一番接しやすい。大抵のメンバーは強すぎる癖が一つ二つあるし、一見接しやすいエクシアもなんというかこう……あまりにもいい人で謎の後ろめたさを感じてしまう。
その点ニナは他の人達に比べれば肉体的な年齢も近いからか等身大な感じがして、そこまで気張らなくてもいい感覚がある。……向こうからはまだ打ち解けられてない感はちょっと感じるけど。
「確か前回はレイさんとエクシアさんが調査してて……南東方向を主に見回ってたみたいです。で、特に成果は無し」
「じゃあ、私達は北東の方向、ですか?」
「ですね。じゃあ行ってみましょうか」
地図と報告書を懐にしまい、大森林へと歩を進める。
今回の編成は戦闘役が俺、サポーターがニナと完全に別れているので索敵は二人ともそれぞれの方法で行いつつも、俺は前を先導しニナは地図を確認しながら適度に指示を行う。
「や、やっぱりすごく暗いですね……」
「ですね。目立っちゃうから明かりもあまり付けられないし……あ、そこ木の根が出てるので気をつけ──」
「……あぶっ!」
「──っと、大丈夫ですか?」
注意がてら振り返ると、ちょうどその根にニナが足を取られて転ぶ瞬間だった。慌てて体を支えて立ち上がらせる。
「すっ、すみません!」
「いえいえ。私こそちょっと言うのが遅かったです。急いでも仕方ないですしゆっくり行きましょうか」
そんな事もありながら歩き続け、不意にニナが口を開いた。
「アリアさんって……すごいですよね」
「へ、私ですか?」
「はい! 私よりも年下なのにしっかりしててとても強くて、ほんとにすごいと思います! ……それに比べて私、人見知りで、ようやく最近になって暁の人達なら、マシになってきたんですけど、他の人は全然で……」
「いやいやいや! 私からしたらニナさんの方がすごいですよ!」
俯くニナにぶんぶんと首と手を振りながら答える。つい思ってもない事を言われたので反応が大げさになってしまった。
「確かに人見知りなのかなって思うところはありましたけど、あの人達と普通に接してる時点でもう十分ですよ。それに強さだって人それぞれで、あの回復のスキルは本当すごいですよ! それに前、エクシアさんもメンバーではニナさんがぶっちぎりで強いって言ってましたし!」
「い、いえそんなっ。それにあれは……その……いえ、なんでも、ない、です」
何かを言いかけたニナだったが、しかしそのまま口を閉じてしまった。
一瞬表情が暗くなった気がしたけど……気のせいだっただろうか……それとも……。
これ以上追求することはないだろうと判断し、行きましょうかと振り返り──鈍く光る矢尻が眼前に迫っていることにようやく気がついた。
「──ッガ……!」
「アリアさん!?」
仰け反る私に悲鳴をあげるニナ。
後ろに倒れる前に左手で地面に手をつき、右手に握った如月を乱暴に振った遠心力で起き上がる。
「伏せて!」
ニナの姿勢を低くさせ、その背後から迫っていた矢を斬り落とす。
「あ、アリアさん目が!」
ニナが顔を上げると、そこに映った俺の顔は右目に大きく傷がつきかなりの血が流れていた。
初撃の矢は斬り飛ばせはしたけど、しかし一歩行動が間に合わなかった。
「──っ、戻します!」
本来であればもう使い物にならない右目が、ニナの言葉と同時に何も無かったかのように元通りになった。
「ありがとうございま、す!」
絶え間なく襲い来る矢を斬り落とし、僅かな隙で周囲に土壁を生成する。
「きゅ、急になに!? 矢って事は人ですよね!?」
「はっはい! で、でも私の周囲探査ではなんの反応も……アリアさんは?」
「私も! けど範囲内に入った矢の反応は集中すればギリギリ……っ!」
自分の言葉で、俺はあることに気づいた。私とニナ、互いの索敵方法は事前に共有していて、ニナは生命探知──二百M以内の生物の反応を捉える。俺は魔力探知──百M以内の魔力の反応を捉える。つまり敵は二百M以上離れたところから、何かしらの魔力を伴った矢を撃っている。そう、帝国の魔導ではなく魔力を伴った、だ。
しかも矢は全方位から飛んできていた。仮に二百M以上離れた地点にいるなら、それなりの人数に囲まれていることになる。
「他の人達に連絡は?」
「や、やってるんですけど……反応無いです!」
ニナが手に持っているのは小さな青い石。アルプロンタのコロシアムにも設置されていた共鳴石だ。この鉱石は一つ一つが固有の振動をしている特性があり、例え分割してもその性質は変わらず、むしろ互いに振動を伝えあう。その技術を応用し、あの時のようなマイクとスピーカーや、通信機器としての役割を持つことが出来る。
ニナが持っているのは暁内で連絡が取れる共鳴石だが、しかし今は誰の反応も返ってこない。確かこの連絡用の共鳴石は国一つ二つ離れていても繋がる、最高純度のものを使っているとか聞いたから範囲外ということは無いだろう。可能性としては大森林内部っていう影響がなにかあるのか、それとも……。
「出来ないことは考えても仕方ないです。一先ず現状からの離脱を最優先にしましょう」
自分の共鳴石も反応がないことを確認し視線をニナへ向けると、困惑したような、信じられないといった表情をしていた。何があったかと問おうとして、それよりも早く、俺も自分の魔力探知の反応を疑った。
矢が飛んでくる気配はない。むしろ今は隠れている方が危険だ。そう判断し、土壁を解除し立ち上がる。
周囲の暗闇には誰もいない。しかしその反応は徐々に近づいてくる。そして始めに目に入ったのは、一人のエルフの冒険者だった。更に一人、また一人。次々と暗闇から姿を現すのは、揃ってエルフの冒険者だ。
……ああ、これが単に狩りとか任務中に出くわしての誤射ならどれだけよかっただろうか。魔力探知には彼らの魔力と、それに重なるようにもう一つの反応があった。
「あ、アリアさん……これって……」
「はい……最悪です。多分……」
今夜の予定は、俺とニナ以外は国内の調査か休息時間だ。つまり他は全員国内にいて、その全員と連絡が取れない。つまり……。
額から流れる冷や汗を拭うことも出来ず、正面のエルフ──その虚ろな光の目を見る。
「ヴォクシアーラは、とっくに帝国の手の内です」
夜間の輸送は危険が伴うため日のある時間に行う必要があり、効率よく行うために収穫や出荷準備に関わる者達は日が昇る少し前から働き始める。
しかしそんなことは関係なく、俺が起きたのは日がすっかり昇りきったお昼過ぎだった。
昨日は夜遅く……というか明け方までコニスの模擬戦に付き合ってたから、こんな時間までぐっすりしてしまった。幸い今日の予定は夜からの監視任務のみ。まあだからこそあんな時間まで付き合ってたんだけども。
眠い目をこすりながら最低限の身なりを整え、ギルド内の食堂で朝食兼昼食を注文する。
アルガーンギルドでこんな時間に注文しようものなら腹ごしらえの出来るおもーい肉料理がずらりと並ぶが、ここでは比較的色んな料理……というより、土地柄だろうかか野菜料理が多いように思える。しかしあっさりしたものばかりというわけでも無く、バランスのしっかりとした食べ応えのあるものも、それこそ起き抜けの胃に優しいあっさりとしたものもある。
そういうわけで、野菜を細かく刻んだスープを啜ってゆっくり胃を起こしながらぼうっと視線を動かしていると、部屋の隅の席に座る一人の少女を見つけた。スプーンでスープから掬い上げた芋が思ったよりも大きく、少し迷って頬張ろうと口を開けて顔を下げ、バランスを崩し落ちた芋によって跳ねた熱いスープを顔に食らって小さな悲鳴をあげたニナだ。……大丈夫だろうか。
袖で顔を拭う姿を見ながら、コニスとエクシアとの数日前の会話をふと思い出す。
『……いやまあ、エクシアさんには模擬戦で負けっぱなしなので、取り敢えずエクシアさんの方が強いですかねぇ』
『そう? 本番想定なら変わってくると思うけど……でもそっか、何でもありの想定でも良いんだっけ?』
『はいっ! もう何でもありで!』
『じゃあ──』
『──何でもありなら、ぶっちぎりでニナかな』
俺たちの中で誰が一番強いのか。なんでもありのあらゆる場面、条件想定だからどれほど参考になるか分からないし、エクシアがどう想定したのかは分からないけど、しかし出した回答は『強いて言うなら』ではなく『ぶっちぎり』だった。
勿論一口に『強い』と言っても、その解釈は様々だ。文字通りのストロング──腕っ節や戦闘、一番に思いつく戦いの強さ。しかし戦術立案や戦闘指揮に長けた能力も『強さ』の解釈には十分当てはまる。
ニナの能力──スキルのあの回復は確かにとてつもない。あの広い武道場のどこでどんな負傷をしたとしても問題なく回復出来る。あの時はただすごい程度にしか思っていなかったが、イシュワッドで少し魔法について調べる機会があって、それ以降時間を見つけては更に勉強していたんだけど、そもそも回復魔法はそれほど便利なものでは無いらしい。
回復魔法の本質は治癒能力の底上げと促進。雑に言えば本人の持つ自己治癒能力を強化する物。つまり傷などを塞ぐことは出来ても、斬り飛ばされた腕や足を再生させる事は出来ないという。……とはいえコレはあくまで回復魔法の話。魔法とは一線を画すスキルはまた違う概念だ。現にガルシオのような、即死でさえないのならどのような状態からでも復活するスキルもある。だからまあ、ニナのスキルもあり得ないものでは無い。しかしガルシオは自身にのみ有効なのに対して、ニナは他者へ有効。それも指定をとらず範囲内全員にだ。その範囲も、会場の中心にニナがいることはなかった事から、円形と仮定すれば半径があの会場分はあることになる。
改めて考えてみても確かにとんでもない。『ぶっちぎり』でとんでもない……が、一番強いだろうか?
あのコニス本人の口から説明があったわけではないが、しかしあの質問の意図はどう考えても戦闘能力……ストロングの強さだろう。それはエクシアも分かっているはず。そしてその上で彼はニナを指名した。
あの日はあの後なあなあで終わってしまったけど、改めて考えるとすごい気になる……。どう思うよ?
──我の目から見る限りでも、貴様と同意見だな。魔力量は流石に並以上ではあるが、脅威的な量ではない。戦闘状態を目にしておらんから普段の行動からの推測でしかないが、俊敏に動けるわけでもなく、鋭い判断が出来るとも思えん。むしろ鈍くさそうだ。
そんなことは……まあ、うん……。
──しかしあの男が酔狂で言ったとも思えん……であれば、種は奴のスキルだろう。単なる回復のスキルではなく、副産物として別の効果──あるいはあの回復が副産物である可能性もある。
やっぱ、何かあるとしたらそこだよなぁ。
──そもそも本人に直接聞けば良いではないか。敵同士というわけでもなし。
それはそうなんだけど……。
俺は言葉を濁し少し考える。
最近気づいたこの世界の暗黙の了解のようなもので、他者のスキルについてあまり踏み込まないというものがあるのだ。
例えば俺の『不死身』。
これは元の世界で刺されたときに死にたくないって強く思った事が起因して発現したスキルだと、かつてドラグニールは言った。つまりスキルは、本人の強い意志、想いに関わっている。それも死の淵に願うような、本当の想い。
だからこそスキルの発現者の数は少なく効果は本人の剥き出しの本性を、願望を現していると言える。だからこそあまり詮索するものでは無く、実際俺たちもお互いだいたいどんな効果か困らない範囲でしか共有していない。
ということもあって、一番手っ取り早い方法は、一番選択しにくい方法なのだ。コレが人間の機微というものだよドラグニール君?
──下らんな。つまりそれなら、特段知る必要も無いと言うことだろう。ならば放っておけ。
それが正解なんだけどな……あっ。
残り少なくなったスープを器ごと持ち上げて飲み干して、俺はあることを思いだした。
***
「よ、よろしくおねがいします!」
日も暮れかかって空が赤から黒に変わりつつある時間帯。大森林の入り口付近で俺とニナは向かい合っていた。
今日の俺の任務は夜間の大森林内部の調査。帝国側の影響の有無やその他の問題が無いかを見て回る。とはいえそもそも危険度が高い大森林内部の調査を、これまた視界の悪い夜に行う関係上そこまで深入りはする必要は無い。しかし仮に帝国が行動を起こしているとするなら、これまた人目に付きにくい夜間の大森林は条件に当てはまってはいる。なのである程度は調査の必要があるのだ。
そんな本日の調査の相方が、ニナだった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
勢いよく頭を下げたニナに、こちらも答える。
暁の人達と接してある程度の日数になってきたが、ある意味ニナが一番接しやすい。大抵のメンバーは強すぎる癖が一つ二つあるし、一見接しやすいエクシアもなんというかこう……あまりにもいい人で謎の後ろめたさを感じてしまう。
その点ニナは他の人達に比べれば肉体的な年齢も近いからか等身大な感じがして、そこまで気張らなくてもいい感覚がある。……向こうからはまだ打ち解けられてない感はちょっと感じるけど。
「確か前回はレイさんとエクシアさんが調査してて……南東方向を主に見回ってたみたいです。で、特に成果は無し」
「じゃあ、私達は北東の方向、ですか?」
「ですね。じゃあ行ってみましょうか」
地図と報告書を懐にしまい、大森林へと歩を進める。
今回の編成は戦闘役が俺、サポーターがニナと完全に別れているので索敵は二人ともそれぞれの方法で行いつつも、俺は前を先導しニナは地図を確認しながら適度に指示を行う。
「や、やっぱりすごく暗いですね……」
「ですね。目立っちゃうから明かりもあまり付けられないし……あ、そこ木の根が出てるので気をつけ──」
「……あぶっ!」
「──っと、大丈夫ですか?」
注意がてら振り返ると、ちょうどその根にニナが足を取られて転ぶ瞬間だった。慌てて体を支えて立ち上がらせる。
「すっ、すみません!」
「いえいえ。私こそちょっと言うのが遅かったです。急いでも仕方ないですしゆっくり行きましょうか」
そんな事もありながら歩き続け、不意にニナが口を開いた。
「アリアさんって……すごいですよね」
「へ、私ですか?」
「はい! 私よりも年下なのにしっかりしててとても強くて、ほんとにすごいと思います! ……それに比べて私、人見知りで、ようやく最近になって暁の人達なら、マシになってきたんですけど、他の人は全然で……」
「いやいやいや! 私からしたらニナさんの方がすごいですよ!」
俯くニナにぶんぶんと首と手を振りながら答える。つい思ってもない事を言われたので反応が大げさになってしまった。
「確かに人見知りなのかなって思うところはありましたけど、あの人達と普通に接してる時点でもう十分ですよ。それに強さだって人それぞれで、あの回復のスキルは本当すごいですよ! それに前、エクシアさんもメンバーではニナさんがぶっちぎりで強いって言ってましたし!」
「い、いえそんなっ。それにあれは……その……いえ、なんでも、ない、です」
何かを言いかけたニナだったが、しかしそのまま口を閉じてしまった。
一瞬表情が暗くなった気がしたけど……気のせいだっただろうか……それとも……。
これ以上追求することはないだろうと判断し、行きましょうかと振り返り──鈍く光る矢尻が眼前に迫っていることにようやく気がついた。
「──ッガ……!」
「アリアさん!?」
仰け反る私に悲鳴をあげるニナ。
後ろに倒れる前に左手で地面に手をつき、右手に握った如月を乱暴に振った遠心力で起き上がる。
「伏せて!」
ニナの姿勢を低くさせ、その背後から迫っていた矢を斬り落とす。
「あ、アリアさん目が!」
ニナが顔を上げると、そこに映った俺の顔は右目に大きく傷がつきかなりの血が流れていた。
初撃の矢は斬り飛ばせはしたけど、しかし一歩行動が間に合わなかった。
「──っ、戻します!」
本来であればもう使い物にならない右目が、ニナの言葉と同時に何も無かったかのように元通りになった。
「ありがとうございま、す!」
絶え間なく襲い来る矢を斬り落とし、僅かな隙で周囲に土壁を生成する。
「きゅ、急になに!? 矢って事は人ですよね!?」
「はっはい! で、でも私の周囲探査ではなんの反応も……アリアさんは?」
「私も! けど範囲内に入った矢の反応は集中すればギリギリ……っ!」
自分の言葉で、俺はあることに気づいた。私とニナ、互いの索敵方法は事前に共有していて、ニナは生命探知──二百M以内の生物の反応を捉える。俺は魔力探知──百M以内の魔力の反応を捉える。つまり敵は二百M以上離れたところから、何かしらの魔力を伴った矢を撃っている。そう、帝国の魔導ではなく魔力を伴った、だ。
しかも矢は全方位から飛んできていた。仮に二百M以上離れた地点にいるなら、それなりの人数に囲まれていることになる。
「他の人達に連絡は?」
「や、やってるんですけど……反応無いです!」
ニナが手に持っているのは小さな青い石。アルプロンタのコロシアムにも設置されていた共鳴石だ。この鉱石は一つ一つが固有の振動をしている特性があり、例え分割してもその性質は変わらず、むしろ互いに振動を伝えあう。その技術を応用し、あの時のようなマイクとスピーカーや、通信機器としての役割を持つことが出来る。
ニナが持っているのは暁内で連絡が取れる共鳴石だが、しかし今は誰の反応も返ってこない。確かこの連絡用の共鳴石は国一つ二つ離れていても繋がる、最高純度のものを使っているとか聞いたから範囲外ということは無いだろう。可能性としては大森林内部っていう影響がなにかあるのか、それとも……。
「出来ないことは考えても仕方ないです。一先ず現状からの離脱を最優先にしましょう」
自分の共鳴石も反応がないことを確認し視線をニナへ向けると、困惑したような、信じられないといった表情をしていた。何があったかと問おうとして、それよりも早く、俺も自分の魔力探知の反応を疑った。
矢が飛んでくる気配はない。むしろ今は隠れている方が危険だ。そう判断し、土壁を解除し立ち上がる。
周囲の暗闇には誰もいない。しかしその反応は徐々に近づいてくる。そして始めに目に入ったのは、一人のエルフの冒険者だった。更に一人、また一人。次々と暗闇から姿を現すのは、揃ってエルフの冒険者だ。
……ああ、これが単に狩りとか任務中に出くわしての誤射ならどれだけよかっただろうか。魔力探知には彼らの魔力と、それに重なるようにもう一つの反応があった。
「あ、アリアさん……これって……」
「はい……最悪です。多分……」
今夜の予定は、俺とニナ以外は国内の調査か休息時間だ。つまり他は全員国内にいて、その全員と連絡が取れない。つまり……。
額から流れる冷や汗を拭うことも出来ず、正面のエルフ──その虚ろな光の目を見る。
「ヴォクシアーラは、とっくに帝国の手の内です」
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