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さらなる高みへ
私が今から出来ること
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孤児院の地下の訓練場。その隅で俺は膝を抱えて座り込んでいた。
珍しい事じゃない。
人が攫われること。魔物に殺されること。さっきまで横で話していた人ともう会えなくなること。
珍しい事じゃない。
分かってはいても突然会えなくなった事を受け入れられずに泣きじゃくること。
珍しい事じゃない。でも受け入れられるかどうかは別だ。
――我には分からんな。生物とはいずれ死ぬものだ。それに、貴様のいた世界ではどうか知らんが、この世界は死は常に身近にある。安全な大国で戦いとは無縁の生活をしていても、突然崩壊することなどありふれた話だ。現に我は人間魔物問わずそういったものをいくつも滅ぼした。
…………。
――だが唯一の存在である我とは違い、他の生物……とりわけ人間は他者との繋がりを重視するのだろうな。だからこそその繋がりの損失に耐えきれぬのだろう。
ドラグニールの言葉に、俺は少しだけ笑みを浮かべた。
お前、慰めるの下手すぎるな。
――黙れ。
拗ねたのか、そう言ったドラグニールの方がそれきり黙り込んでしまった。それから少しして梯子を降りる音が響いた。
「ここにいた。大丈夫?」
レイが隣に座っていつもより優しい声音で問いかける。
「はい……えっと……」
「さっきお別れがすんで、孤児院の共同墓地に他ばれた。みんなも今は眠ってる。泣き疲れちゃったんだね」
「そうですか。……すいません」
そういって俯く俺に、レイは頭を撫でて静かに口を開いた。
「私一人じゃ、追いかけることは出来ても見つけることは出来なかった。君がいなきゃ、ニーアを救うことも、皆を連れて帰ることも出来なかった。君のお陰だよ、ありがとう」
その言葉に、俺はさっきの謝罪の言葉が嫌になった。
さっきのはただ申し訳ないという気持ちから逃げたかっただけの言葉だ。そんなものに何の意味がある。そんなんだったら、言わない方がマシだ。
「……レイさん。私、記憶喪失で森の中にいたんです」
「……うん。」
突然話し始めた俺の言葉を、レイは何も言わず聞いてくれる。
「そこでたまたまロイさんやケーデさん、ダイモさんっていう冒険者の人達に助けられて、何も分からないけどたまたま冒険者としてやっていける力が合って、だから取り敢えず一人で生きていける冒険者になったんです」
「うん」
「他の人達は魔物に恨みがある、誰かの役に立ちたい、ただただ強くなりたいとか、冒険者になるちゃんと理由があるのに、私にはなくて。今までも何となくで冒険者をやってきてたんです」
「そうだったんだね」
俺の話を何も言わず聞いてくれたレイは、そう言って少し考えると再び口を開いた。
「私がここの園に来た頃は今よりも魔物被害が多くてね、連れて来られる子も被害に遭う子も多かったの。その時から私こんな感じで、自分本位で小さい子が好きだったの」
あ、自覚はあったのか。っていうか小さい頃からそれなのか。
「皆が暗い顔をしてるのが嫌で、だから私がどうにかしようって思ったの。けど慰めたり笑わせたりっていうのはやり方が分からなくてね、だからその時の院長に相談したの。何か良い方法はないって。それがきっかけ」
「そうだったんですね」
「けどその人は元冒険者で、教えられる事も当然冒険者として戦う事だけだったの。けど私もたまたま冒険者としてやっていける力……私の場合は才能っていう方が近いのかな。それで今までやってきたの」
「そう、なんですね」
やっぱり、ちゃんとした理由があるのか。
「でもね、どうして冒険者になったかなんてそんなに大事じゃ無いと思うの。どうして冒険者を続けているのか、大事なのはそっち」
「続けているのか……」
「理想と現実なんて、差あるのが当然。その差を何で埋めるか。それを考えてみて」
何で埋めるか……。
俺が冒険者になったのは一番都合がよかったから。続けているのも同じ理由だけど、それ以上にフィクションの中だけだったファンタジーの世界で生きることが楽しかったからだ。けどそれは驕りだ。ドラグニールの憑依っていう規格外の恩恵があるからこそ得られる気持ちだ。
本来ここは死が身近にある世界。いつ死んでもおかしくないんだ。誰もが皆、心のどこかでその恐怖に怯えながら、それでも……いや、だからこそ毎日を懸命に生きているのだろう。
――だったら、俺が出来ることは。
「……今日みたいな事って、珍しい事じゃないんですよね?」
「戦時中とか、ギルドが設立される前に比べればかなり少ないけれど、それでも珍しくなったとは言えないね」
「なら、私が無くします」
いつからだろう。分不相応な夢を抱くことも、それに向かって行くこともしなくなったのは。
いつからだろう。できっこない夢物語だろうと、やってみせると思えるようになったのは。
前者は分からない。いつの間にか無くしてしまった。けど後者は――、
「私が、こんな目に遭って悲しむ人を、皆救ってみせます」
――今からだ。
珍しい事じゃない。
人が攫われること。魔物に殺されること。さっきまで横で話していた人ともう会えなくなること。
珍しい事じゃない。
分かってはいても突然会えなくなった事を受け入れられずに泣きじゃくること。
珍しい事じゃない。でも受け入れられるかどうかは別だ。
――我には分からんな。生物とはいずれ死ぬものだ。それに、貴様のいた世界ではどうか知らんが、この世界は死は常に身近にある。安全な大国で戦いとは無縁の生活をしていても、突然崩壊することなどありふれた話だ。現に我は人間魔物問わずそういったものをいくつも滅ぼした。
…………。
――だが唯一の存在である我とは違い、他の生物……とりわけ人間は他者との繋がりを重視するのだろうな。だからこそその繋がりの損失に耐えきれぬのだろう。
ドラグニールの言葉に、俺は少しだけ笑みを浮かべた。
お前、慰めるの下手すぎるな。
――黙れ。
拗ねたのか、そう言ったドラグニールの方がそれきり黙り込んでしまった。それから少しして梯子を降りる音が響いた。
「ここにいた。大丈夫?」
レイが隣に座っていつもより優しい声音で問いかける。
「はい……えっと……」
「さっきお別れがすんで、孤児院の共同墓地に他ばれた。みんなも今は眠ってる。泣き疲れちゃったんだね」
「そうですか。……すいません」
そういって俯く俺に、レイは頭を撫でて静かに口を開いた。
「私一人じゃ、追いかけることは出来ても見つけることは出来なかった。君がいなきゃ、ニーアを救うことも、皆を連れて帰ることも出来なかった。君のお陰だよ、ありがとう」
その言葉に、俺はさっきの謝罪の言葉が嫌になった。
さっきのはただ申し訳ないという気持ちから逃げたかっただけの言葉だ。そんなものに何の意味がある。そんなんだったら、言わない方がマシだ。
「……レイさん。私、記憶喪失で森の中にいたんです」
「……うん。」
突然話し始めた俺の言葉を、レイは何も言わず聞いてくれる。
「そこでたまたまロイさんやケーデさん、ダイモさんっていう冒険者の人達に助けられて、何も分からないけどたまたま冒険者としてやっていける力が合って、だから取り敢えず一人で生きていける冒険者になったんです」
「うん」
「他の人達は魔物に恨みがある、誰かの役に立ちたい、ただただ強くなりたいとか、冒険者になるちゃんと理由があるのに、私にはなくて。今までも何となくで冒険者をやってきてたんです」
「そうだったんだね」
俺の話を何も言わず聞いてくれたレイは、そう言って少し考えると再び口を開いた。
「私がここの園に来た頃は今よりも魔物被害が多くてね、連れて来られる子も被害に遭う子も多かったの。その時から私こんな感じで、自分本位で小さい子が好きだったの」
あ、自覚はあったのか。っていうか小さい頃からそれなのか。
「皆が暗い顔をしてるのが嫌で、だから私がどうにかしようって思ったの。けど慰めたり笑わせたりっていうのはやり方が分からなくてね、だからその時の院長に相談したの。何か良い方法はないって。それがきっかけ」
「そうだったんですね」
「けどその人は元冒険者で、教えられる事も当然冒険者として戦う事だけだったの。けど私もたまたま冒険者としてやっていける力……私の場合は才能っていう方が近いのかな。それで今までやってきたの」
「そう、なんですね」
やっぱり、ちゃんとした理由があるのか。
「でもね、どうして冒険者になったかなんてそんなに大事じゃ無いと思うの。どうして冒険者を続けているのか、大事なのはそっち」
「続けているのか……」
「理想と現実なんて、差あるのが当然。その差を何で埋めるか。それを考えてみて」
何で埋めるか……。
俺が冒険者になったのは一番都合がよかったから。続けているのも同じ理由だけど、それ以上にフィクションの中だけだったファンタジーの世界で生きることが楽しかったからだ。けどそれは驕りだ。ドラグニールの憑依っていう規格外の恩恵があるからこそ得られる気持ちだ。
本来ここは死が身近にある世界。いつ死んでもおかしくないんだ。誰もが皆、心のどこかでその恐怖に怯えながら、それでも……いや、だからこそ毎日を懸命に生きているのだろう。
――だったら、俺が出来ることは。
「……今日みたいな事って、珍しい事じゃないんですよね?」
「戦時中とか、ギルドが設立される前に比べればかなり少ないけれど、それでも珍しくなったとは言えないね」
「なら、私が無くします」
いつからだろう。分不相応な夢を抱くことも、それに向かって行くこともしなくなったのは。
いつからだろう。できっこない夢物語だろうと、やってみせると思えるようになったのは。
前者は分からない。いつの間にか無くしてしまった。けど後者は――、
「私が、こんな目に遭って悲しむ人を、皆救ってみせます」
――今からだ。
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