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温室育ちの彼女の想い

本当の彼女

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「遅いですわよアリア! 駆け出しこそ働かなくてどうします!」
「……えぇ?」

 翌日、昼過ぎ。めぼしい任務もダルナや他の教官も捕まらずどうしようかと悩んでいると、武具の調整程度なら任務なしで魔物数体狩るくらいなら構わないと偶々居合わせたラウドに言われ、それならと城門まで行くと、そこには昨日と全く同じ光景があった。

 俺もうラウドは何があっても信じない。

「あら、今日は幾分かまともな格好ですのね? まあ駆け出しとはいえ冒険者、何より私と行動を共にするのですもの。それくらいの身なりは整えてもらわないと。それで、今日の任務は何ですの?」
「えっと……今日は任務じゃなくて装備の調整で……なのでエリシアさんにお手伝いしてもらうことはないというか……」

 有体に言えばちゃんと調整出来ないから帰っていただきたいというか……。

「あら。でしたら私自ら相手して差し上げますわ。昨日は魔法のみでしたが、剣術も中々のものでしてよ?」
「えっ、いやぁ……そこまでお手を煩わせるのも……」
「……この私に不満でもあるといいますの?」
「いえいえ滅相もないです! 是非お願いします!」

 不機嫌そうに睨むエリシアに、俺は反射的にそう言っていた。リーマンは不機嫌なお偉い様に勝てないのだ。

 そして場所を移し、森の中の少し開けだ場所に着くと俺たちはお互い獲物を構えた。

 エリシアの武器はレイピア。刀や剣みたいに振り斬る武器ではなく突きに重きを置いた物。実は見た目ほど軽い武器ではないからイメージほど素早い攻撃ってのはないだろうけど……大振りはないから隙もできにくいんだよなぁ。
 というか問題は相手がエリシアってことだ。設定では俺は弱い駆け出し冒険者。本気でやるわけにはいかないけど……初心者同士の真剣の訓練とか危なすぎるだろ!

「あの、エリシアさん? やっぱやめにしません……?」
「問答無用! 行きますわよ!」

 そう言ってエリシアは飛び出し、躊躇なく俺の脇めがけて突きを繰り出す。

「いっ!?」
「やりますわ、ねっ!」

 ギリギリで横に跳んで躱したが、エリシアはバックステップで一瞬下がり、再び飛び出し突きを繰り出す。俺はその飛び出しと同じ距離後ろに下がり、胸の寸前で止まったレイピアを刀で斬り上げ、がら空きになったエリシアの胴へ峰を寸止めにしようと斬り込むが。

「甘いですわ!」

 エリシアは斬り上げられたレイピアを素早く逆手に持ち替え自分の目の前に突き刺し、俺の刀を受け止めた。

 ちょっと待て。この人剣だと普通に強いんじゃねぇか……?

「私の言葉に合わせて目くらましの魔法を。その後私を担いで人目に付かない場所へ」
「え……?」

 離れようとした刹那。エリシアはそういい左手を振り上げた。

「冒険者ならこういったからめ手にも対応しなければなりませんわよ! 黒霧ブランドモーグ!」

 エリシアが唱え、俺が発動したのは周囲に目くらましの黒い霧を発生させる魔法。俺は訳も分からないままエリシアを背負うと、その場を飛び出した。取り敢えず周りにいたエリシアの従者を撒くように。

「……ふぅ。ここまでくればしばらくは大丈夫かしらね。ありがとうアリアさん。やっぱり凄いわね」

 しばらく森の中を移動して、完全に従者たちの気配が遠のいたことを確認して止まると、背から降りたエリシアはにこりと笑って頭を下げた。

 ……え、誰?

「あ、ごめんなさい。驚いたわよね。どちらかといえばこちらの方が私の素なの。さっきまでのは演技という訳ではないのだけれど。改めまして。アルガーン国エルフ族代表、ノクトアール家三女のエリシアと申します。アリアさんのご活躍はラウドさんから聞いております」

 エリシアはそう言い丁寧に頭を下げた。……っていうかラウド、二重に騙してやがったのか。

「あ、えっと……どうも、アリアです。冒険者です……って、私のこと知ってたならどうして昨日とか今日みたいなことを?」
「なんていうのかしら。ありのままの私と接してくれる友人が欲しかったの。さっきも言ったけれど私はアルガーンのエルフ代表の三女……末娘なの。家督を継ぐ立場でもなければそこまで表に立つような身でもない。それでも自由な生活なんかなくて、貴族としての生活を強要されてしまう。今まではさっきの私みたいに過ごしてきたのだけれど、正直そんな生活にもちょっと疲れちゃってね。そこでラウド様が提案してくれたのが」
「今回のってことですね」
「ええ。その通りです」

 ノクトアール家には見た目弱くて実際は強い護衛をつけると説明して、向こうも数回外で冒険者の真似事をすればエリシアも飽きるだろうという考えだったが、実際はこうして俺とエリシアを二人だけで合わせることが目的だったってことか。

「ラウド様は私の剣の指南をして頂いているの。私が剣を学ぶのは強くなりたいから、たみを守る、それが貴族としての在り方だと思うから。けれど周りはそうは思ってくれなくてね。だからエルフなのに魔法ではなく剣を持ち、我儘で高飛車、馬鹿なお嬢様として過ごしてきたの。ラウド様も協力してくださってね。お陰で剣は中々のものだったでしょう?」
「……辛くはないんですか? そんな一日中自分を偽るような生き方をしていて」
「さっきも言ったけれど、別に完全に演技という訳でもないのよ? 実際甘やかされてはいるし、それに甘えてもいる。それにちょっぴりわがままだしね、こうやってあなたを巻き込んだ計画をしちゃうくらい」

 照れたようににこりと笑ってそういうエリシア。たった数分でこの人の印象ががらりとからってしまった。この人はただ高飛車な我儘お嬢様なんかじゃなくて、人の為に在ろうする為に自分勝手になれる、そんな素敵な人だ。

「こんな私ですけど、お友達になってくれるかしら?」
「ええ、勿論です」

 どこか不安そうなエリシアの問いに答えると、彼女はぱあっと明るい笑顔を浮かべ俺を抱きしめた。

「嬉しいっ、ありがとうアリア!」
「わっぷ。ちょ、エリシアさん苦しい……!」
「あっ、ごめんなさい。私ったらつい……」

 エリシアさんの胸から脱出し、ひと呼吸つく。
 なんだ。ケーデといいエルフの人は皆巨乳なのか。

 ……ん。従者の人たちの反応がこっちに近づいてる。そろそろ戻った方がよさそうだ。

「エリシアさん。今日はそろそろ戻りましょうか」
「……そうですわね。名残惜しいですけれど、また会えますものね」
「ええ。明日だって明後日だって、私は気ままな冒険者ですからエリシアさんさえ大丈夫ならいつだって遊べますよ」
「……やっぱり素敵ですわね冒険者って」

 最後にそうつぶやいた彼女の顔は、どこか悲しい表情だった気がした。
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