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異世界で定住しよう
初めての戦闘
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「あー……アリアってのはぁ……君で合ってるぅ……?」
酒場のフロアでケーデたちと休んでいると、一人の男が話しかけてきた。
黒のローブを羽織った様なゆったりとした服装の長身の痩せた男で、目の下のクマや怠そうな話し方が明らかな睡眠不足を主張している。
「そうですけど、貴方は?」
「あー……僕はダルナで……君のテストの担当するギルドの職員……くぁ……」
ふらふらと常に揺れていて、最後には欠伸も出てしまっている。俺これ知ってる。夜通し仕事してそのまま始業迎えて夜帰った時の俺だ。
俺が勝手な親近感を覚えていると、ダルナは頭を掻きながら手に持ったボードを見た。
「えーっと……会場はぁ……うわ一番奥じゃん……まあいいか……行くよぉ」
「え、あ、はいっ」
「アリアちゃん、頑張ってね!」
よろよろと覚束ない足取りで歩きだしたダルナの後を、ケーデたちに手を振りながら急いてついて行った。
「ねぇ。あんな試験官さんいたっけ?」
「まあ俺らも入りたてだし、みんな知ってるわけじゃないしな」
「うんうん」
「そうだけど……あんな人いたら噂にくらい聞きそうだけどなぁ」
中央の階段の脇を抜けると短い通路があり、奥は左右に通路がずっと続いていて、等間隔で扉が並んでいた。
右へ曲がって進むダルナの後をついていくと、不意にダルナが口を開いた。
「そういやぁ……君記憶喪失なんだっけぇ……」
「は、はい」
「緊張しなくていいよぉ……大変だねぇ……冒険者になれれば君みたいな子でもぉ……最低限の衣食住は保証されるからねぇ……任務はしてもらうけどぉ……お使いみたいなのもあるから大丈……くぁ」
ほんと大丈夫かこの人。
「ごめんねぇ……マスターに色々言われててぇ……疲労がねぇ……でも君みたいなかわいい子といられるから役得だよねぇ……」
「あはは……」
苦笑いしかできなかった。完全に深夜テンションの俺だわ。同情しかできない。
「ついたよぉ……ほら入ってぇ……」
ダルナに続いて通路の一番奥の部屋に入る。中は何もなく、窓が数か所ついているだけだった。
――ふん。えらく殺風景な部屋だな。つまらん。
あ、ドラグニール。お前急に黙り込んでどうしたんだよ。
――あの厳つい……ラウドとか言ったか。あやつの目が少々厄介でな。出来る範囲で気配を消しておった。
ラウドの目? 俺の不老不死みたいなスキルか?
――ああ。恐らく対象の能力を見通す類だな。あまり我のことは周知されぬ方がよいだろう。
まあお前魔王ポジだもんな。
「んじゃテストの説明するねぇ……いいかなぁ……?」
不自然に黙っている俺を不審に思ったのか、ダルナが首をかしげて聞いてきた。……力が入らないからか首どころか腰から傾いてるけど。
「は、はい。すみません」
「えっとぉ……まああの三人から聞いてるかもけどぉ……簡単な模擬戦するだけだよぉ……こっちの評価さえ超えてれば負けても大丈夫だからぁ……まあ、頑張ってねぇ……あ、魔法とか使ってもいいからねぇ……」
――はははっ、それは楽しめそうだ! おいアリア、あの枝男をぶちのめしてやれ!
いや無茶言うなよ。こちとら喧嘩……はまあしたことはあるけど、まともに戦えるイメージねぇよ。
――案ずるな。我の憑依で単純な身体能力はお前の思っている以上に上がっておる。もしもの時はサポートくらいしてやるわい。
そういう事なら……まあやるだけやってみるか。
「んじゃ……はじめぇ……」
気合皆無な合図を皮切りに一気に駆けだそうとした俺だったが。
――待て!
「――っ!?」
ドラグニールの急な制止で急ブレーキをかけた。
なんだよドラグニー――。
「へぇ……気づいたんだぁ……やるねぇ……」
ドラグニールへの疑問は、ダルナの言葉と首から感じる生暖かい感覚で解消された。
――魔力を練りこんだ糸が貴様の首元に張っておる。少し遅ければ斬れ飛んでおったな。まあ貴様は平気だろうが。
いや平気ではねぇよ。
「これ効かなかった人久しぶりに見たなぁ……じゃあ次は戦闘行こうかぁ……」
久しぶりって……そういう事だよな……。
俺が首をなぞってゾッとしていると、ゆらゆらとこちらへ歩いてくるダルナの姿が消えた。
「は!?」
――前に跳べ!
ドラグニールの言葉に反射的に従い前に跳ぶと、さっきまでいた場所にダルナの蹴りが叩き込まれた。
「へぇ……これも躱せるんだぁ……」
淡々というダルナだったが、その足元は蹴りによって石造りの床がひび割れていた。
さっきまでと印象変わりすぎじゃないかこの人。
「ほらぁ……躱してばっかじゃ合格はあげれないよぉ……」
再びダルナの姿が消え、ドラグーニルの指示で躱す。情けないがそれの繰り返しだった。しかし。
――下がれ!
「っ……だっ!?」
もう慣れたように後ろに跳びのいたが、突然背中に衝撃が走った。
「壁!?」
――しまった。我としかことが……!
どうやら気づかないうちに壁際に追い込まれていたようだ。
「あららぁ……終わりかなぁ……」
唐突に目の前に現れる足を振り上げたダルナ、その足は容赦なく振り下ろされ――。
「……あれ?」
「なんだぁ……防御もできるじゃん……」
――とっさに出した手が、ダルナの足を受け止めていた。石を砕くほどの蹴りを痛みもなくだ。
――ふん。言ったであろう。身体能力も上がっておると。防ぎさえすれば何ともないわ。
お前……それ早く言えよ。
でもまあ、何となくやれる気がしてきた!
俺はそのままダルナの足を上え突き飛ばし体勢を崩させると、軽くジャンプし胸を蹴り飛ばした。正直軽くよろける程度程度だと思っていた蹴りはダルナを反対の壁まで突き飛ばした。
「……は?」
――ハハハ! 良いぞ! 反撃開始だ!
元気そうだなドラグさん。
しかしこれはちょっと……興奮するな!
ちょっとテンションの上がった俺とドラグニールだったが、それは俺たちだけではなかった。
「……は……はは……はははははは!! いいねぇ、目が覚めたよ! ここからは本気で行くよぉ!」
目に見えて元気になったダルナ。……これやばいのでは?
――案ずるな。ここからは魔法も使っていくぞ。そうだな……森で使った魔法があったろう。最初から数を使っても仕方ないしな。使いたいときに蹴りを入れろ。我が直々に合わせてやる。
わかった。じゃあ……。
「いくよ!」
駆け出した俺を迎え撃つように、ダルナが勢いよく手を広げる。その瞬間、少しだが光る糸のようなものが見えた。
「ふっ!」
俺が足を振り上げるとドラグニールが魔法を発動し、足から出た風の刃が前に張られた糸を切り、そのまま勢いを衰えずダルナに襲い掛かるが、軽く躱されてしまった。
「へぇ……風刃かぁ……僕の糸を切れるなんてやるねぇ……よっ」
魔法……風刃というらしいが、それと連撃になるよう続けて跳躍し踵落としをしたが、軽く受け止められ横に投げられてしまった。
俺は空中で身をひねり着地すると、そのまま跳躍し再び跳躍しての蹴り。ダルナは再び受け止めるが、その手を足場に二撃目。また受け止められ三撃目。四撃目で一旦後ろに飛びのいた。
まじかよ。一応風刃も同時に出てるんだぞ。どうやって防いでんだ。
「意外とやるねぇ……でもまだ詰めがあまぁあい!」
両腕を広げ何かを引き絞るような動作をするダルナ。詰めが甘い? ……まさか!
俺はとっさに両足に触れる。その感触は両足に何か糸のようなものが巻かれている事を告げていた。
「しまっ……!」
「……なあんて、ねぇ……」
ぷつんと音を立て、引き絞られた糸は俺の足を切り裂くことなく千切れた。
「え……?」
「ほんとにやっちゃうわけないじゃぁん……これで試験おわりぃ……後でまた結果言いに行くからあの子たちのとこ戻ってていいよぉ……」
へらへらと笑い、出口へ促すダルナ。……いや、あのテンションは絶対ガチの奴だっただろ。
――情けない。我がついていながらこのような奴にも勝てぬとは。
うっせ。お前だってまんまと壁際まで追い込まれたじゃねぇか。
――煩いわ!
俺はダルナに礼を言うと、何度目かわからないドラグニールと言い合いをしながらケーデたちのもとへ戻った。
***
「……もう出てきていいですよ」
アリアが出て行ったことを確認すると、ダルナは誰もいない部屋の隅に声をかけた。
「お主がああも責められるとはな。珍しいものを見たわ」
豪快な笑い声をあげ、突然誰もいなかった空間にラウドが現れた。
「手を抜きに抜いてですけどね……戦闘も粗削りどころか素人丸出しな感じですし……」
「だな。しかし……やはりこの威力は驚いたな」
ラウドはそういってアリアの風刃で抉られた様な床の傷を撫で、続いて壁にいくつもつけられた傷を眺めた。。
「ここは魔法障壁が最大レベルで張られた部屋だったが、こうも爪跡を残すとはな……既にAランクの冒険者に匹敵しておる」
「そうなんですよね……魔法の威力だけが突出している……けど使い慣れてる感じでもないんですよね……」
「ああ……ん? どうした、不思議そうに魔鋼糸を見よって」
指から目ではほとんど見えない千切れた糸をぼうっと見ていたダルナを不思議に思って、ラウドが声をかけた。
「ああ。最後の奴か。流石に肝を冷やしたぞ。懸念があるとはいえ、あのような幼子が両足を無くしもがく姿は目に悪いからな」
「いやあ……そうなるはずだったんですけどねぇ……」
「……なんだと?」
ダルナの言葉にラウドは眉をひそめた。
「手を抜いたとは言いましたけど……最後の連続の蹴りの時は同時に風刃も出てましたからねぇ……糸の高度は最高にしないとこっちも危なかったんすよ実際……」
「では何か? あやつは貴様の本気の魔鋼糸を防ぐどころか逆に破壊したというのか?」
「まあ……本気でもないですけどねぇ……ほんとですよぉ……?」
「よい。疑ってはおらぬわ」
腕をふらふらと振って糸を揺らしながら半ば負け惜しみとも取れる抗議をラウドはさほど気にせず一蹴した。
「……それで……憑依体は見れたんですか……」
「間近では見れない、気配遮断との併用だったからな。正体までは見れなかったが、一つ分かったことはとてつもなく高位の魔物だということだ」
「……えらくざっくりしてますね……にしても高位ですか……確か憑依する方とされる方の魔力量が多ければ死ぬリスク大きいんでしたっけ……あの子魔力量自体はギリギリ平均くらいですよ……」
「ああ。本来成功するはずのないほどの憑依……もしかしたら何かスキルを持っておるのかもな」
「なるほど……痛覚無視とか……不老不死とかですかねぇ……」
「あくまで可能性の話だがな。仮にスキル持ちだとして、前者ならともかく後者出ないことを祈ろう」
「あー……不死者って悲惨ですもんねぇ……」
「ともかく監視は必要ということだ。後のことは頼むぞ」
「分りましたぁ……かわいい子と一緒とかほんと役得ですわぁ……」
怠そうな話し方はいつものことなので気にしていなかったが、いつもよりオープン気味なことに気づきダルナは気まずそうに問いかけた。
「……時にダルナ。最後に休暇を取ったのはいつだ?」
「休暇ですかぁ……ひー……ふー……みー……よんですねぇ……」
「四日前か? にしては疲労がたまりすぎてないか?」
「四ヶ月前ですぅ……」
「……休めよ」
「ちなみに最後に寝たのは四日前ですよぉ……」
「寝ろよ」
酒場のフロアでケーデたちと休んでいると、一人の男が話しかけてきた。
黒のローブを羽織った様なゆったりとした服装の長身の痩せた男で、目の下のクマや怠そうな話し方が明らかな睡眠不足を主張している。
「そうですけど、貴方は?」
「あー……僕はダルナで……君のテストの担当するギルドの職員……くぁ……」
ふらふらと常に揺れていて、最後には欠伸も出てしまっている。俺これ知ってる。夜通し仕事してそのまま始業迎えて夜帰った時の俺だ。
俺が勝手な親近感を覚えていると、ダルナは頭を掻きながら手に持ったボードを見た。
「えーっと……会場はぁ……うわ一番奥じゃん……まあいいか……行くよぉ」
「え、あ、はいっ」
「アリアちゃん、頑張ってね!」
よろよろと覚束ない足取りで歩きだしたダルナの後を、ケーデたちに手を振りながら急いてついて行った。
「ねぇ。あんな試験官さんいたっけ?」
「まあ俺らも入りたてだし、みんな知ってるわけじゃないしな」
「うんうん」
「そうだけど……あんな人いたら噂にくらい聞きそうだけどなぁ」
中央の階段の脇を抜けると短い通路があり、奥は左右に通路がずっと続いていて、等間隔で扉が並んでいた。
右へ曲がって進むダルナの後をついていくと、不意にダルナが口を開いた。
「そういやぁ……君記憶喪失なんだっけぇ……」
「は、はい」
「緊張しなくていいよぉ……大変だねぇ……冒険者になれれば君みたいな子でもぉ……最低限の衣食住は保証されるからねぇ……任務はしてもらうけどぉ……お使いみたいなのもあるから大丈……くぁ」
ほんと大丈夫かこの人。
「ごめんねぇ……マスターに色々言われててぇ……疲労がねぇ……でも君みたいなかわいい子といられるから役得だよねぇ……」
「あはは……」
苦笑いしかできなかった。完全に深夜テンションの俺だわ。同情しかできない。
「ついたよぉ……ほら入ってぇ……」
ダルナに続いて通路の一番奥の部屋に入る。中は何もなく、窓が数か所ついているだけだった。
――ふん。えらく殺風景な部屋だな。つまらん。
あ、ドラグニール。お前急に黙り込んでどうしたんだよ。
――あの厳つい……ラウドとか言ったか。あやつの目が少々厄介でな。出来る範囲で気配を消しておった。
ラウドの目? 俺の不老不死みたいなスキルか?
――ああ。恐らく対象の能力を見通す類だな。あまり我のことは周知されぬ方がよいだろう。
まあお前魔王ポジだもんな。
「んじゃテストの説明するねぇ……いいかなぁ……?」
不自然に黙っている俺を不審に思ったのか、ダルナが首をかしげて聞いてきた。……力が入らないからか首どころか腰から傾いてるけど。
「は、はい。すみません」
「えっとぉ……まああの三人から聞いてるかもけどぉ……簡単な模擬戦するだけだよぉ……こっちの評価さえ超えてれば負けても大丈夫だからぁ……まあ、頑張ってねぇ……あ、魔法とか使ってもいいからねぇ……」
――はははっ、それは楽しめそうだ! おいアリア、あの枝男をぶちのめしてやれ!
いや無茶言うなよ。こちとら喧嘩……はまあしたことはあるけど、まともに戦えるイメージねぇよ。
――案ずるな。我の憑依で単純な身体能力はお前の思っている以上に上がっておる。もしもの時はサポートくらいしてやるわい。
そういう事なら……まあやるだけやってみるか。
「んじゃ……はじめぇ……」
気合皆無な合図を皮切りに一気に駆けだそうとした俺だったが。
――待て!
「――っ!?」
ドラグニールの急な制止で急ブレーキをかけた。
なんだよドラグニー――。
「へぇ……気づいたんだぁ……やるねぇ……」
ドラグニールへの疑問は、ダルナの言葉と首から感じる生暖かい感覚で解消された。
――魔力を練りこんだ糸が貴様の首元に張っておる。少し遅ければ斬れ飛んでおったな。まあ貴様は平気だろうが。
いや平気ではねぇよ。
「これ効かなかった人久しぶりに見たなぁ……じゃあ次は戦闘行こうかぁ……」
久しぶりって……そういう事だよな……。
俺が首をなぞってゾッとしていると、ゆらゆらとこちらへ歩いてくるダルナの姿が消えた。
「は!?」
――前に跳べ!
ドラグニールの言葉に反射的に従い前に跳ぶと、さっきまでいた場所にダルナの蹴りが叩き込まれた。
「へぇ……これも躱せるんだぁ……」
淡々というダルナだったが、その足元は蹴りによって石造りの床がひび割れていた。
さっきまでと印象変わりすぎじゃないかこの人。
「ほらぁ……躱してばっかじゃ合格はあげれないよぉ……」
再びダルナの姿が消え、ドラグーニルの指示で躱す。情けないがそれの繰り返しだった。しかし。
――下がれ!
「っ……だっ!?」
もう慣れたように後ろに跳びのいたが、突然背中に衝撃が走った。
「壁!?」
――しまった。我としかことが……!
どうやら気づかないうちに壁際に追い込まれていたようだ。
「あららぁ……終わりかなぁ……」
唐突に目の前に現れる足を振り上げたダルナ、その足は容赦なく振り下ろされ――。
「……あれ?」
「なんだぁ……防御もできるじゃん……」
――とっさに出した手が、ダルナの足を受け止めていた。石を砕くほどの蹴りを痛みもなくだ。
――ふん。言ったであろう。身体能力も上がっておると。防ぎさえすれば何ともないわ。
お前……それ早く言えよ。
でもまあ、何となくやれる気がしてきた!
俺はそのままダルナの足を上え突き飛ばし体勢を崩させると、軽くジャンプし胸を蹴り飛ばした。正直軽くよろける程度程度だと思っていた蹴りはダルナを反対の壁まで突き飛ばした。
「……は?」
――ハハハ! 良いぞ! 反撃開始だ!
元気そうだなドラグさん。
しかしこれはちょっと……興奮するな!
ちょっとテンションの上がった俺とドラグニールだったが、それは俺たちだけではなかった。
「……は……はは……はははははは!! いいねぇ、目が覚めたよ! ここからは本気で行くよぉ!」
目に見えて元気になったダルナ。……これやばいのでは?
――案ずるな。ここからは魔法も使っていくぞ。そうだな……森で使った魔法があったろう。最初から数を使っても仕方ないしな。使いたいときに蹴りを入れろ。我が直々に合わせてやる。
わかった。じゃあ……。
「いくよ!」
駆け出した俺を迎え撃つように、ダルナが勢いよく手を広げる。その瞬間、少しだが光る糸のようなものが見えた。
「ふっ!」
俺が足を振り上げるとドラグニールが魔法を発動し、足から出た風の刃が前に張られた糸を切り、そのまま勢いを衰えずダルナに襲い掛かるが、軽く躱されてしまった。
「へぇ……風刃かぁ……僕の糸を切れるなんてやるねぇ……よっ」
魔法……風刃というらしいが、それと連撃になるよう続けて跳躍し踵落としをしたが、軽く受け止められ横に投げられてしまった。
俺は空中で身をひねり着地すると、そのまま跳躍し再び跳躍しての蹴り。ダルナは再び受け止めるが、その手を足場に二撃目。また受け止められ三撃目。四撃目で一旦後ろに飛びのいた。
まじかよ。一応風刃も同時に出てるんだぞ。どうやって防いでんだ。
「意外とやるねぇ……でもまだ詰めがあまぁあい!」
両腕を広げ何かを引き絞るような動作をするダルナ。詰めが甘い? ……まさか!
俺はとっさに両足に触れる。その感触は両足に何か糸のようなものが巻かれている事を告げていた。
「しまっ……!」
「……なあんて、ねぇ……」
ぷつんと音を立て、引き絞られた糸は俺の足を切り裂くことなく千切れた。
「え……?」
「ほんとにやっちゃうわけないじゃぁん……これで試験おわりぃ……後でまた結果言いに行くからあの子たちのとこ戻ってていいよぉ……」
へらへらと笑い、出口へ促すダルナ。……いや、あのテンションは絶対ガチの奴だっただろ。
――情けない。我がついていながらこのような奴にも勝てぬとは。
うっせ。お前だってまんまと壁際まで追い込まれたじゃねぇか。
――煩いわ!
俺はダルナに礼を言うと、何度目かわからないドラグニールと言い合いをしながらケーデたちのもとへ戻った。
***
「……もう出てきていいですよ」
アリアが出て行ったことを確認すると、ダルナは誰もいない部屋の隅に声をかけた。
「お主がああも責められるとはな。珍しいものを見たわ」
豪快な笑い声をあげ、突然誰もいなかった空間にラウドが現れた。
「手を抜きに抜いてですけどね……戦闘も粗削りどころか素人丸出しな感じですし……」
「だな。しかし……やはりこの威力は驚いたな」
ラウドはそういってアリアの風刃で抉られた様な床の傷を撫で、続いて壁にいくつもつけられた傷を眺めた。。
「ここは魔法障壁が最大レベルで張られた部屋だったが、こうも爪跡を残すとはな……既にAランクの冒険者に匹敵しておる」
「そうなんですよね……魔法の威力だけが突出している……けど使い慣れてる感じでもないんですよね……」
「ああ……ん? どうした、不思議そうに魔鋼糸を見よって」
指から目ではほとんど見えない千切れた糸をぼうっと見ていたダルナを不思議に思って、ラウドが声をかけた。
「ああ。最後の奴か。流石に肝を冷やしたぞ。懸念があるとはいえ、あのような幼子が両足を無くしもがく姿は目に悪いからな」
「いやあ……そうなるはずだったんですけどねぇ……」
「……なんだと?」
ダルナの言葉にラウドは眉をひそめた。
「手を抜いたとは言いましたけど……最後の連続の蹴りの時は同時に風刃も出てましたからねぇ……糸の高度は最高にしないとこっちも危なかったんすよ実際……」
「では何か? あやつは貴様の本気の魔鋼糸を防ぐどころか逆に破壊したというのか?」
「まあ……本気でもないですけどねぇ……ほんとですよぉ……?」
「よい。疑ってはおらぬわ」
腕をふらふらと振って糸を揺らしながら半ば負け惜しみとも取れる抗議をラウドはさほど気にせず一蹴した。
「……それで……憑依体は見れたんですか……」
「間近では見れない、気配遮断との併用だったからな。正体までは見れなかったが、一つ分かったことはとてつもなく高位の魔物だということだ」
「……えらくざっくりしてますね……にしても高位ですか……確か憑依する方とされる方の魔力量が多ければ死ぬリスク大きいんでしたっけ……あの子魔力量自体はギリギリ平均くらいですよ……」
「ああ。本来成功するはずのないほどの憑依……もしかしたら何かスキルを持っておるのかもな」
「なるほど……痛覚無視とか……不老不死とかですかねぇ……」
「あくまで可能性の話だがな。仮にスキル持ちだとして、前者ならともかく後者出ないことを祈ろう」
「あー……不死者って悲惨ですもんねぇ……」
「ともかく監視は必要ということだ。後のことは頼むぞ」
「分りましたぁ……かわいい子と一緒とかほんと役得ですわぁ……」
怠そうな話し方はいつものことなので気にしていなかったが、いつもよりオープン気味なことに気づきダルナは気まずそうに問いかけた。
「……時にダルナ。最後に休暇を取ったのはいつだ?」
「休暇ですかぁ……ひー……ふー……みー……よんですねぇ……」
「四日前か? にしては疲労がたまりすぎてないか?」
「四ヶ月前ですぅ……」
「……休めよ」
「ちなみに最後に寝たのは四日前ですよぉ……」
「寝ろよ」
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