上 下
4 / 126
こんにちは異世界

初めての出会い

しおりを挟む
 深い森の中、その三人は身動きが取れなくなっていた。

 ギルドで受けたのは簡単な素材採取のクエスト。四時間もあれば採取品を納品してそのまま軽く一杯飲めるはずだった。
 しかし不意に現れた強大な魔物の気配。その気配を国からほど近いこの森に放置して帰るほど、彼らは臆病ではなかった。……が。

「お、おい……やっぱ気のせいだったんじゃねぇのか? それにもし本当にいても、俺らでどうこうできるのかよ」
「だからって確かめないで放置はできないだろ!」
「けれどこのまま遭遇して戦うより、一度ギルドに戻って報告した方がいいんじゃないかしら……」

 大剣を構えている大柄な男のその見た目に似合わない弱気な発言を前に立つ引き締まった体格の男が一蹴するも、ローブの女が一度撤退の案を打ち出した。

 彼らは臆病ではなかった。しかしそれはギルドに正式に冒険者と認められ、採取任務とはいえ初めてのクエストで舞い上がっていた高揚感からくる愚かさから来た勇気に支えられたものだった。冷静になった彼の臆病を隠すハリポテの勇気は既に崩れかかっていた。

「……っ! 来たぞ!」

 しばらくして前に立つ男が叫んだ。先ほ急に消えた魔物の気配が再び正面に現れ、みるみる距離を縮めている。大きな茂みに阻まれ先は見えないが、確かに重い足音が徐々に大きくなっていた。

 緊張した面持ちで各々の武器を構え攻撃の準備をする三人。

 やがてそれは茂みを突きやぶり現れた。

 全高はゆうに成人男性の伸長を超えるほどの大きさを誇る、凶悪な牙を携えた黒い猪のような魔物――巨大魔猪ジャイアントボアが速度を落とすことなく彼らに向かって突進してきた。

 存在は知ってはいてもこんな近くで、しかも自身を殺そうと向かってくる初めての魔物。それを目の当たりにし、ギリギリで保たれていた彼らの勇気は音を立てて崩れ落ちた。
 しかし自分がここまで連れてきてしまった責任からか、先頭の男は震える体を必死で抑え刺し違えてでもと剣を突き出す。

 巨大魔猪が目前まで迫り恐怖で目を固くつぶる。しかし、襲い掛かるはずの衝撃が来ないことに困惑しながら目を開けると、そこにいたのは凶悪な魔物ではなく、一人の少女だった。

「大丈夫?」

 振り返り心配そうに問う少女。その背には体を横に切り裂かれた死体が無残に転がっていた。


          ***


 ――今だ!

 ドラグニールの合図に合わせて、俺は木から飛び降りた。かなりの高さだったが、着地の衝撃は驚くほどに軽かった。そして目線を上げるとそこにいたのはこちらへ向かって突進してくるでかい猪。元の世界で見たら卒倒ものだが、襲われても死ぬほど痛いだけで死ぬことはない安心と、何よりも初めてドラグニールを見た衝撃に比べると、どうしてもマシに思えてしまう。

「ふっ!」

 俺はそのまま左足を軸に猪に向かって回し蹴りをした。まだ少し距離があって足は猪に届いてすらいないが、蹴りに合わせ足から風の刃のようなものが出てそのまま猪を両断してしまった。

 エグい……。

 ――ふむ。うまくいったようだ。アリアよ、ここからが重要だ。

 重要?

 ――ああ。貴様は人間だ。人間というのは住処がいる。ここから近くにそれなりの国があるが、正体不明の小娘が易々と入れるかと言えば難しいやもしれん。

 確かに。怪しさ凄いしな。

 ――だからまずこやつ等に取り入る。恐らくこやつ等もその国から来た冒険者だろう。上手くいけば貴様も冒険者になり、一先ずの安定が手に入る。

 なるほど。でも取り入るってどうすればいい?

 ――簡単なことよ。貴様は記憶を失って彷徨っている哀れな娘、そう演じればいい。

 いや演じればってそう簡単に……。

 まあもうこんな状況だとやるしかないだろう。ええい、ままよ!

「大丈夫?」

 俺は振り返り彼らに声をかけた。彼等は少し呆然として、やがてハッとして先頭の男が声をかけてきた。

「そ、それは君がやったのか?」
「うん」
「そうか。助かった。俺はロイ。後ろの大きいのがダイモで、ローブがケーデだ。君は?」
「アリア」
「アリアか。アリアはどうしてここに?」
「……分らない。なにも覚えてないの」

 ロイの質問に俺はやや悩むような間を開けて答えた。
 なにこれなんか恥ずかしい。背中がむずむずする。

「記憶がないの? 可哀想に……」

 ケーデはそういって屈んで目線を俺に合わせると、優しく抱きしめ頭を撫でた。

 うっは役得。ローブで上からじゃよく見えなかったけどケーデさん超美人。最高。

「どうするロイ? 流石においては帰れねぇぞ」
「そりゃそうだが、連れて帰ってもどうしたら……」

 ロイとダイモが悩んでいると、ケーデが声を上げた。

「ねぇ、あの巨大魔猪はあなたが倒したのよね?」
「う、うん」

 ジャイアントボア……そういう名前なのか。

「なら十分強いじゃない。そういう事なら私たちみたいに冒険者にならない? ちょっと恥ずかしいけど、貴女私たちより強いからきっとなれるわよ! ね? いい考えじゃない?」

 にっこりと笑って俺に提案し、仲間に問いかけるケーデ。さっきも撤退の案を出してたし、リーダーはロイというよりケーデなのかな。

「そうだな。よし、そうと決まればさっさと帰ろう。また魔物に襲われても嫌だしな!」

 ロイの言葉に二人は笑って賛同し、俺はケーデに手を繋がれて彼らと一緒に歩き始めた。

 なんか、驚くほど都合よく進んでるな。

 ――ハハッ。我の考えに不備があるわけがなかろう。

 考えっていう割には結構ざっくりだったけどな。

 ――抜かしおる。まあ良い。……どうだ? 半ば手違いで呼ばれてしまったようなものだが、この世界は。

 そうだな……。まああんな怖い魔物とか、ちょっと抜けてそうな竜とかいておっかないところはあるけど、本来あの時死んで終わってたはずの命だ。手違いでも、感謝してるよ。

 ――そうか……おい待て。その抜けてそうな竜というのは我のことか?

 さあ? どうだろうな?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

かわいい孫と冒険の旅に出るはずたったのに、どうやらここは乙女ゲーの世界らしいですよ

あさいゆめ
ファンタジー
勇者に選ばれた孫の転生に巻き込まれたばーちゃん。孫がばーちゃんも一緒じゃなきゃ嫌だとごねてくれたおかげで一緒に異世界へ。孫が勇者ならあたしはすっごい魔法使いにして下さいと神様にお願い。だけど生まれ変わったばーちゃんは天使のようなかわいい娘。孫にはなかなか会えない。やっと会えた孫は魔王の呪いで瀕死。どうやらこの状態から助ける事がばーちゃんの役割だったようだ。だけど、どうやらここは本当は乙女ゲーの世界らしい。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生貴族の異世界無双生活

guju
ファンタジー
神の手違いで死んでしまったと、突如知らされる主人公。 彼は、神から貰った力で生きていくものの、そうそう幸せは続かない。 その世界でできる色々な出来事が、主人公をどう変えて行くのか! ハーレム弱めです。

いともたやすく人が死ぬ異世界に転移させられて

kusunoki
ファンタジー
クラスで「死神」と呼ばれ嫌われていたら、異世界にSSレア種族の一つ【死神】として転生させられてしまった。 ……が"種族"が変わっていただけじゃなく、ついでに"性別"まで変わってしまっていた。 同時に転移してきた元クラスメイト達がすり寄ってくるので、とりあえず全力で避けながら自由に異世界で生きていくことにした。

Lv1の最強勇者

レル
ファンタジー
主人公【朝日 柊夜】はある日神様の事故によりその命を終える 神様から与えられた世界で待っていたのは 剣と魔法と魔王と嫁達と 我の強い人達に囲まれた問題だらけの日々だった! そんな人達に揉まれながらも神様からの頼み事を達成すべく世界を謳歌していく

【全59話完結】転生騎士見習いの生活

酒本 アズサ
ファンタジー
 伯爵家の三男として育ったクラウス、10歳で騎士見習いとして入寮する前年に両親を馬車の事故で亡くし、そのショックで発熱し寝込んだ時に前世を思い出す。  前世で命を落とした時は21歳の女性だった記憶を思い出し、ベタ甘な兄姉、ツンデレが発覚した幼馴染みや優しい同室のホワイトタイガー獣人の先輩、時々犬獣人の先輩や騎士達に無駄に絡まれたりしながら元気に騎士団で過ごす…そんな少年のお話。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  初投稿作品なので粗が目立つとは思いますが、よろしくお願いします!

『スキルの素』を3つ選べって言うけど、早いもの勝ちで余りモノしか残っていませんでした。※チートスキルを生み出してバカにした奴らを見返します

ヒゲ抜き地蔵
ファンタジー
【書籍化に伴う掲載終了について】詳しくは近況ボードをご参照下さい。 ある日、まったく知らない空間で目覚めた300人の集団は、「スキルの素を3つ選べ」と謎の声を聞いた。 制限時間は10分。まさかの早いもの勝ちだった。 「鑑定」、「合成」、「錬成」、「癒やし」 チートの匂いがするスキルの素は、あっという間に取られていった。 そんな中、どうしても『スキルの素』の違和感が気になるタクミは、あるアイデアに従って、時間ギリギリで余りモノの中からスキルの素を選んだ。 その後、異世界に転生したタクミは余りモノの『スキルの素』で、世界の法則を変えていく。 その大胆な発想に人々は驚嘆し、やがて彼は人間とエルフ、ドワーフと魔族の勢力図を変えていく。 この男がどんなスキルを使うのか。 ひとつだけ確かなことは、タクミが選択した『スキルの素』は世界を変えられる能力だったということだ。 ※【同時掲載】カクヨム様、小説家になろう様

処理中です...