斜陽街

日生ななめ

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二章 われわれのいる意味

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 亜人館から出て、空を見上げる。切れ間の無い灰色の空、ざらりと乾いた風。変わる事の無いA市の空が、空気が斎藤達を包み込む。
「要は異能者がいるかどうかわかんないからパトロールしろってんだろ? そんじょそこらからちゃかぽこ異能者が湧いて出る訳ねぇじゃんか。散歩みたいなもんだ、楽な仕事だな、おい」
 やや嫌味っぽく鰰が斎藤を小突く。ワンサイズ大きなパーカーと、スキニータイプのタイトなパンツに身を包んだ鰰は、やはり自分より年下にしか見えない。少年と青年の中間のような、若々しくチープな雰囲気が初々しい。
「異能者の総数は推定千人程度。A市の人口比で二十対一くらいか? そこまで多い訳じゃないが、今回は異能者だって割れた奴へのだから普通にドンパチステゴロあると思うぞ」
 これ、前回の出頭指示で出来た傷な。そう言いながら袖を捲り上げ、小突かれた肘先を見せる。図書館で喰らった血液の散弾の着弾痕が、痣になって残っていた。
「店番がどんな内容の仕事かは分からないが、異能者に殴られることはないんだろ? 楽な仕事だな、おい」斎藤も皮肉で返す。遥が冷たい目で
「……訂正。キツそうな仕事だな、クソッたれ」
「それで? 記念すべき初回は何処に向かうの? 中通り? 広面? しょぼくれたババア向けの服しか売ってない商店街よりかは、国道沿いとかの方がいいんだけど」
 買い物に行くんじゃないんだぞ。ツッコミを胸の中に収めつつ、拝命式の時に取ったメモをジャケットから取り出す。
「えーと、外旭川山崎付近、柳田川崎のデイリーストア、寺内神屋敷の……」
 挙げられた地名に、遥はがっかりとした表情を浮かべる。
「……どこもクソ僻地じゃん。車とか出ないの?」
「普段ならパルクールでどこにでも短時間で行けるし、屋根の上から偵察できるしで、要さんの使い勝手が良すぎるからな……普段は人通り多くて目立つ場所は俺が、移動に時間取られる僻地は要さんが、って形で分担できてたんだが……」
「洋ゲーとかでよくある奴じゃねぇか、途中までバイクだのヘリだので移動、近くに着いたらそこらへんにいる異能者にバレないように隠密行動。得意分野だ、アサクリとかは全シリーズ遊んだしな」
 鰰の冗談を合図にしたかのように、市バスのエンジン音が亜人館の塀の向こう側から響く。洋館の前で立ちすくむ三人を嘲笑うように、重低音が遠ざかってゆく。
「……今のが寺内地域センター行きの……便だな……」
「……どうせ無駄だろうけど、一応聞いとく、次の便何時?」遥が不快さを隠さず、毒々しく声を漏らす。問いかけにはやや引きつった半笑いで鰰が答えた。「一時間半後……」
 全員がほとんど同じタイミングでため息をつく。「……歩こうか」




 繁華街を抜けた先、ホテル街と古臭いオフィス街が交わる交差点に差し掛かる。人通りは殆ど無いが、車の往来はそれなりに多い。
「……ねえ、異能者の特徴とかないの? 凄い太ってるとか、背が低いとか、滅茶苦茶声が野太いとかさ。いくら平日お昼で人少なくたって、住宅街だよ? 必ず家に居るとは限らないでしょ?」
「っと、そうだった。ちょっと待て待て……」ジャケットの胸ポケットから細かく畳んだプリントを引っ張り出し、広げて内容を確認する。
「えーと……今向かってる所の異能者はだね……性別は女、三十代前半……アパートで家族と三人暮らし、そして……」紙面の最後に付け加えられていた一文にうんざりと顔を歪める。
「……ヒステリーの気あり、だとさ……」プロファイルを横の鰰に回す。鰰は怪訝な顔でそれを受け取る。
「……これは?」「来る前に受け取ったの。李人さんとその部下の努力の結晶」
 履歴書の如く誕生日や職歴、職場や家族構成の情報、過去の病気や怪我。果ては友人や交際中の人間との交際期間、どう見ても正式に許可を取ったものとは思えない、やや遠方から隠し撮りのようなアングルで撮影された写真までもが読みやすくまとめられていた。
 ファイリングを流し読みした鰰が、くつくつと笑う。
「噂には聞いてたが、ホントに違法な市民捜査やってるとはね……それにしたって、初任務がいい年こいたヘラ女の回収? どんなチョイスだよ」
 いや、初回にはいいチョイスだよ。口には出さず、頭の中だけで鰰の文句を諌める。初めに嫌な事さえ終わらせてしまえば、後は相対的に楽に思えるだろう。相対的ショック療法だ。
 思案を巡らせる斎藤の横で、紙面を覗いていた遥が首を傾げる。「ひす? へら? 何それ、財団の専門用語?」
「おお? マジかよカマトトぶってなぁい? 最近まで大学生だったならその辺にそれっぽいの一人か二人は居ただろ、黒のゴスドレス着て、手首切ってるような女」
「あ、なに、そうゆう系の人? ならいいや、大体わかった」遥がげんなりと肩を下げ、僅かに俯く。信号機はとっくに緑色に変わっていた。
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