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10話 月に抱かれる(5)
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「何かが変わる?」
「ああ。でもそれが全て変わってしまったら、俺は存在意義をなくすような……そんな妙な不安がよぎる」
目をつむって深呼吸するリュカ。頰にはまだ赤みが残っていて、本気で向き合ってくれたのがわかる。
「存在意義……どうしてそんなことを?」
急にリュカが消えてしまいそうな気がして、私は存在を確かめるように手を握る。
(リュカにも不安があるんだ……自信に満ちているように見えるのに)
視線を感じたのか、リュカは目を開けてこちらを向き、ふっと優しい笑みを見せる。今までこんな優しい顔を見せたことはなかったから、不意に鼓動が早くなった。
「ジュリといると、俺の歪んでいた心が癒されていく」
「歪んでいた……心」
「外には見せずにきた本当の部分だ。アンリが持っていて俺が持っていないもの。明るい笑顔や人を魅了するオーラ……正直、そういうものにずっとコンプレックスを感じていた」
物静かに本を読むことが好きで、知的でありながら運動能力も高い。こんな余裕のあるムードのリュカに、アンリはコンプレックスを感じている。なのに、リュカは反対にアンリの持つ光の部分を欲していたなんて。
「リュカがそんな風に思ってるなんて、すごく意外だよ」
「そうか?」
苦笑気味に笑うとリュカはまた耳を触りながら話を続けた。
「封じ込めていた気持ちだからな……俺自身あまり意識していなかった。だが、ジュリに会ってから、そんな自分の歪みに少しずつ気付いてしまった」
「どうして……どうして私なの?」
アンリの時と同じように、自分が何か特別なもののように言われるのがどうにも落ち着かない。
(普通の人間なのに。私は、別に何も特別な人間じゃないのに)
「普通とか特別とか、そういう理屈は要らない」
「…っ!」
私の心を読んだようで、リュカは何も言っていない私の心の声に答えた。
「アンリと俺にとっては必要な女だった……理由はそれだけで十分だ。他の男にとって何の価値もない女だとしても、ジュリはここの王子には必要だった」
そう言われてすぐに納得できないのは、私にも一応少しは女としてのプライドがあるってことだろうか。
「全然褒められてる気がしない……確かに私は、他の男性には何の価値もない女なのかもしれないけど」
(それでも、必要としてくれる人は異次元にいた……変な感じ)
自分の境遇を思うと、滑稽に思えてくる。
あの世界にいたら、自分は一生誰にも必要としてもらえなかったんだろうか。もしかして、30歳を過ぎた頃に誰かと出会えていたんだろうか。
(まあ、それもこれもカリーナにいたんじゃ叶わないことだけど)
「元の世界に戻りたい、って今も思ってるか」
「え……」
リュカの言葉に驚いて顔を横に向けると、彼は真剣な表情で私を見つめていた。
「決別してきた世界に戻りたいか?」
「……わからないけど、このまま二度と帰れないっていうのはやっぱり嫌かな」
(きちんと両親のお墓にもお参りしてないし。友達にも何も言えてないし)
私が考え込むのを見て、リュカは握っていた手を強く握り返した。
「本気で戻りたいと思っているなら、俺がそれを叶えてやる」
「え、そんなことできるの?」
リュカは頷いて、目を細める。
「俺を満たしてくれたんだ……それくらいはする。まあ、アンリが簡単に手放すとは思えないから、そこが問題だがな」
「……うん」
自分がここから離れることはもう無理だと思っていた。だからまた戻れる可能性が出て嬉しいのに。アンリとリュカ、二人と別れるのは寂しいと思ってしまう。
(やっぱり二人のことを本当に好きになってしまったってこと?)
「いずれ……挨拶くらいには戻りたいって思ってるけど」
濁すように言うと、リュカは落ち着いた瞳で頷いた。
「どちらでも好きにすればいい。あっちの世界の方が生きる価値があると思えばそこで生きればいい……それはジュリの自由だ」
(そんな言い方ずるい)
アンリのように“行かないで”と抱きしめてくれたら、自分の中でも帰れない言い訳ができるのに。リュカのように“好きにすればいい”と言われると、自由を与えられる代わりにどこか心細い気持ちになる。
(私も勝手だな……戻れない言い訳をリュカに求めるなんて)
まだまだ成熟しきれていない自分を感じ、苦笑いしてしまう。
「戻れる時が来たら俺がどうにかしてやる。そのためにも、とりあえずこの世界でジュリはしっかりと生き延びておけ」
力強くそう言ったリュカの言葉は、私のためを思って言ってくれているのが心に伝わってきた。
(リュカは冷めた人なんかじゃない。心をちゃんと持って、人を考えられる人なんだ……)
それを強く感じ、私は力強く頷いて笑顔を見せた。
「ありがとう。その時までこの世界で生きていく」
「ああ」
リュカは体を起こして私の瞼に優しくキスをすると、そっと抱き寄せて目を閉じた。
「疲れただろ……朝まで眠るといい」
「……うん」
(あ、シャワーを浴びてない。でも……もう体が動かないよ)
リュカの逞しい胸に頰を寄せながら、私は沈むような感覚の中まどろみに落ちていった。
「ああ。でもそれが全て変わってしまったら、俺は存在意義をなくすような……そんな妙な不安がよぎる」
目をつむって深呼吸するリュカ。頰にはまだ赤みが残っていて、本気で向き合ってくれたのがわかる。
「存在意義……どうしてそんなことを?」
急にリュカが消えてしまいそうな気がして、私は存在を確かめるように手を握る。
(リュカにも不安があるんだ……自信に満ちているように見えるのに)
視線を感じたのか、リュカは目を開けてこちらを向き、ふっと優しい笑みを見せる。今までこんな優しい顔を見せたことはなかったから、不意に鼓動が早くなった。
「ジュリといると、俺の歪んでいた心が癒されていく」
「歪んでいた……心」
「外には見せずにきた本当の部分だ。アンリが持っていて俺が持っていないもの。明るい笑顔や人を魅了するオーラ……正直、そういうものにずっとコンプレックスを感じていた」
物静かに本を読むことが好きで、知的でありながら運動能力も高い。こんな余裕のあるムードのリュカに、アンリはコンプレックスを感じている。なのに、リュカは反対にアンリの持つ光の部分を欲していたなんて。
「リュカがそんな風に思ってるなんて、すごく意外だよ」
「そうか?」
苦笑気味に笑うとリュカはまた耳を触りながら話を続けた。
「封じ込めていた気持ちだからな……俺自身あまり意識していなかった。だが、ジュリに会ってから、そんな自分の歪みに少しずつ気付いてしまった」
「どうして……どうして私なの?」
アンリの時と同じように、自分が何か特別なもののように言われるのがどうにも落ち着かない。
(普通の人間なのに。私は、別に何も特別な人間じゃないのに)
「普通とか特別とか、そういう理屈は要らない」
「…っ!」
私の心を読んだようで、リュカは何も言っていない私の心の声に答えた。
「アンリと俺にとっては必要な女だった……理由はそれだけで十分だ。他の男にとって何の価値もない女だとしても、ジュリはここの王子には必要だった」
そう言われてすぐに納得できないのは、私にも一応少しは女としてのプライドがあるってことだろうか。
「全然褒められてる気がしない……確かに私は、他の男性には何の価値もない女なのかもしれないけど」
(それでも、必要としてくれる人は異次元にいた……変な感じ)
自分の境遇を思うと、滑稽に思えてくる。
あの世界にいたら、自分は一生誰にも必要としてもらえなかったんだろうか。もしかして、30歳を過ぎた頃に誰かと出会えていたんだろうか。
(まあ、それもこれもカリーナにいたんじゃ叶わないことだけど)
「元の世界に戻りたい、って今も思ってるか」
「え……」
リュカの言葉に驚いて顔を横に向けると、彼は真剣な表情で私を見つめていた。
「決別してきた世界に戻りたいか?」
「……わからないけど、このまま二度と帰れないっていうのはやっぱり嫌かな」
(きちんと両親のお墓にもお参りしてないし。友達にも何も言えてないし)
私が考え込むのを見て、リュカは握っていた手を強く握り返した。
「本気で戻りたいと思っているなら、俺がそれを叶えてやる」
「え、そんなことできるの?」
リュカは頷いて、目を細める。
「俺を満たしてくれたんだ……それくらいはする。まあ、アンリが簡単に手放すとは思えないから、そこが問題だがな」
「……うん」
自分がここから離れることはもう無理だと思っていた。だからまた戻れる可能性が出て嬉しいのに。アンリとリュカ、二人と別れるのは寂しいと思ってしまう。
(やっぱり二人のことを本当に好きになってしまったってこと?)
「いずれ……挨拶くらいには戻りたいって思ってるけど」
濁すように言うと、リュカは落ち着いた瞳で頷いた。
「どちらでも好きにすればいい。あっちの世界の方が生きる価値があると思えばそこで生きればいい……それはジュリの自由だ」
(そんな言い方ずるい)
アンリのように“行かないで”と抱きしめてくれたら、自分の中でも帰れない言い訳ができるのに。リュカのように“好きにすればいい”と言われると、自由を与えられる代わりにどこか心細い気持ちになる。
(私も勝手だな……戻れない言い訳をリュカに求めるなんて)
まだまだ成熟しきれていない自分を感じ、苦笑いしてしまう。
「戻れる時が来たら俺がどうにかしてやる。そのためにも、とりあえずこの世界でジュリはしっかりと生き延びておけ」
力強くそう言ったリュカの言葉は、私のためを思って言ってくれているのが心に伝わってきた。
(リュカは冷めた人なんかじゃない。心をちゃんと持って、人を考えられる人なんだ……)
それを強く感じ、私は力強く頷いて笑顔を見せた。
「ありがとう。その時までこの世界で生きていく」
「ああ」
リュカは体を起こして私の瞼に優しくキスをすると、そっと抱き寄せて目を閉じた。
「疲れただろ……朝まで眠るといい」
「……うん」
(あ、シャワーを浴びてない。でも……もう体が動かないよ)
リュカの逞しい胸に頰を寄せながら、私は沈むような感覚の中まどろみに落ちていった。
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