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16話 元の世界へ(6)
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私が何も言わないから、アンリは一歩前に出て私に顔を近づけた。
「カリーナにいた女性だよね。ジュリ……だっけ」
記憶を取り戻しているわけではないようで、私を見つめながら迷うような表情をした。
「確かに私の名前はジュリで、アンリに連れられてカリーナへ行ったの」
「やっぱりそうか。正直、まだあまり記憶がちゃんと戻っていなくて……」
「そっか……」
(最後に見た時の、トゲトゲしい雰囲気はなくなってる)
それだけで私はほっとして、アンリが側にいることにドキドキしていた。
「なんだろう、確かに懐かしい気はするんだけどな」
隣に座りながら、アンリは記憶を探るように自分の額を指で押す。
もう二度と会えないかと思っていた人が、また異世界から会いに来てくれた……これが夢ならもう覚めなくていいとすら思ってしまう。
「アンリは……どうしてまたここへ?」
私の隣に座ると、アンリは少し深刻な顔をした。
「実はエリオが目を覚まさなくて」
「エリオが?」
ずっと気になっていたエリオのその後は、結構大変だったようだ。地下へ行った彼は、王妃と対面したのかもしれない。
廊下で倒れているのをアンリが見つけ、すぐに手当をしたけれど昏睡状態が続いているという。
「そのエリオが、時々うわ言のように僕の名と君の名を呟くんだ。離れては駄目だと……何度も言うから僕も君のことが気になってきて。残っていたエリオの日記を見てここの存在を知ったんだ」
「……そうだったんだ」
アンリが自分で私を追ってきてくれたわけじゃないのがはっきりして、やはりがっかりしている自分がいた。
(でも、アンリはエリオが心配で、それで私を呼びに来てくれたんだよね)
この世界へ戻るようにと、最初に身を案じてくれたのもエリオだった。
彼にはとまどわされることも多かったけれど、結果的にはかなりお世話になっている。
(エリオのためにもカリーナへ戻りたい。瑠可さんに言われた言葉にも何か意味がある気がするし……)
後悔をしているなら戻ったほうがいいと言ったあの人の言葉は、結局何が理由で発されたのかわからない。でも、今の私の背中を確実に押してくれる言葉なのは間違いなかった。
(このままアンリを元の世界に戻してしまったら、きっと後悔どころではなくなる)
またアンリに必要のない女としてここへ戻されたとしても、その時は今よりも納得できているかもしれない。
「エリオの意識が戻るなら、私、カリーナへ戻るよ」
「来てくれるの?」
アンリは驚いたように私を見た。
「だって、そのために私を呼びに来たんでしょ?」
「そうだけど……僕は君にひどい態度をとったし。正直もう二度と会いたくないと思われてるかと思ってた」
元気なくそう言うアンリの姿は、以前の少し甘えた部分のある彼と重なり、懐かしい気持ちになる。
(今はこの距離でいい。アンリの姿がまた見られただけで嬉しい)
私はアンリの手を握り、静かに首を振った。
「会いたくないなんて……逆だよ。すごく会いたかったし、それが叶って嬉しいよ」
「本当……?」
「うん」
(あなたと私は恋をしたんだよ。愛し合ったし、将来も一緒にいようって言ったんだよ……)
そう告げたかったけれど、記憶のないアンリをこれ以上混乱させるのは申し訳ないと思って口をつぐんだ。
「行こう、カリーナへ。私にできることは何でもするよ」
立ち上がった私を見て、アンリの顔にも笑みが浮かぶ。
「ありがとう。じゃあ行こうか」
ベンチから立ち上がり、アンリは私の肩に腕を伸ばして抱き寄せる。ほんのり香る花のような香りに、私の痛んでいた胸はすっと和らいだ
(どんな形であれ、アンリと共にいられる。それはこの世界で一人でいるよりずっと嬉しい事)
そっと目を閉じると、私は風に包まれて再びカリーナへと戻った。
「カリーナにいた女性だよね。ジュリ……だっけ」
記憶を取り戻しているわけではないようで、私を見つめながら迷うような表情をした。
「確かに私の名前はジュリで、アンリに連れられてカリーナへ行ったの」
「やっぱりそうか。正直、まだあまり記憶がちゃんと戻っていなくて……」
「そっか……」
(最後に見た時の、トゲトゲしい雰囲気はなくなってる)
それだけで私はほっとして、アンリが側にいることにドキドキしていた。
「なんだろう、確かに懐かしい気はするんだけどな」
隣に座りながら、アンリは記憶を探るように自分の額を指で押す。
もう二度と会えないかと思っていた人が、また異世界から会いに来てくれた……これが夢ならもう覚めなくていいとすら思ってしまう。
「アンリは……どうしてまたここへ?」
私の隣に座ると、アンリは少し深刻な顔をした。
「実はエリオが目を覚まさなくて」
「エリオが?」
ずっと気になっていたエリオのその後は、結構大変だったようだ。地下へ行った彼は、王妃と対面したのかもしれない。
廊下で倒れているのをアンリが見つけ、すぐに手当をしたけれど昏睡状態が続いているという。
「そのエリオが、時々うわ言のように僕の名と君の名を呟くんだ。離れては駄目だと……何度も言うから僕も君のことが気になってきて。残っていたエリオの日記を見てここの存在を知ったんだ」
「……そうだったんだ」
アンリが自分で私を追ってきてくれたわけじゃないのがはっきりして、やはりがっかりしている自分がいた。
(でも、アンリはエリオが心配で、それで私を呼びに来てくれたんだよね)
この世界へ戻るようにと、最初に身を案じてくれたのもエリオだった。
彼にはとまどわされることも多かったけれど、結果的にはかなりお世話になっている。
(エリオのためにもカリーナへ戻りたい。瑠可さんに言われた言葉にも何か意味がある気がするし……)
後悔をしているなら戻ったほうがいいと言ったあの人の言葉は、結局何が理由で発されたのかわからない。でも、今の私の背中を確実に押してくれる言葉なのは間違いなかった。
(このままアンリを元の世界に戻してしまったら、きっと後悔どころではなくなる)
またアンリに必要のない女としてここへ戻されたとしても、その時は今よりも納得できているかもしれない。
「エリオの意識が戻るなら、私、カリーナへ戻るよ」
「来てくれるの?」
アンリは驚いたように私を見た。
「だって、そのために私を呼びに来たんでしょ?」
「そうだけど……僕は君にひどい態度をとったし。正直もう二度と会いたくないと思われてるかと思ってた」
元気なくそう言うアンリの姿は、以前の少し甘えた部分のある彼と重なり、懐かしい気持ちになる。
(今はこの距離でいい。アンリの姿がまた見られただけで嬉しい)
私はアンリの手を握り、静かに首を振った。
「会いたくないなんて……逆だよ。すごく会いたかったし、それが叶って嬉しいよ」
「本当……?」
「うん」
(あなたと私は恋をしたんだよ。愛し合ったし、将来も一緒にいようって言ったんだよ……)
そう告げたかったけれど、記憶のないアンリをこれ以上混乱させるのは申し訳ないと思って口をつぐんだ。
「行こう、カリーナへ。私にできることは何でもするよ」
立ち上がった私を見て、アンリの顔にも笑みが浮かぶ。
「ありがとう。じゃあ行こうか」
ベンチから立ち上がり、アンリは私の肩に腕を伸ばして抱き寄せる。ほんのり香る花のような香りに、私の痛んでいた胸はすっと和らいだ
(どんな形であれ、アンリと共にいられる。それはこの世界で一人でいるよりずっと嬉しい事)
そっと目を閉じると、私は風に包まれて再びカリーナへと戻った。
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