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16話 元の世界へ(5)

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「カプチーノで良かったか」
「あ、はい」
 テーブルに置かれたカプチーノは、挽きたて豆のいい香りがした。深呼吸してそのコーヒーの香りを楽しむ。
「結城……下の名前って何?」
 彼は自分のブレンドコーヒーをすすりながら、何気なく尋ねる。
「私は樹里って言います。樹木の樹に、里です」
「へえ……俺は瑠可っていうんだけど。あんま下の名前は好きじゃない。外国人かって毎回突っ込まれるのも疲れたしね」
「瑠可……るか……」
(名前まで酷似してる……っ)
 偶然というには、あまりにもリュカとの関連を感じさせる人だ。私の心臓はにわかに早くなっていく。
「あの、まさかと思うんですけど。瑠可さんはずっと日本で暮らしてました?」
「え?あんたもそれ聞くの」
 明らかに迷惑そうな顔で瑠可さんはコーヒーカップを下ろす。
「いえ。そうじゃないんですけど……」
 どう考えても異世界にいましたか、なんて質問はおかしい。
 私はこれ以上聞くのは難しいと思って、質問を続けるのを止めた。すると意外にも瑠可さんの方から話を続けてくれる。
「まあいいよ。俺はずっとここで生まれ、ここで育った。顔が日本人ぽくないのは、多分爺さんがハーフだった影響かな」
「そうなんですか……」
 穏やかに話するかさんの声を聞いていると、やはりカリーナを思い出す。私を最後の力でここへ返してくれたリュカは、もうアンリの中で生きているはず。
(ここにいるのは、間違いなく別人なのはわかってるけど)
 切なくて、今すぐにでもアンリに会いに行きたくなる。
 合コンに参加して気持ちが少しでも薄れるならと思ったけれど、結局私はアンリやリュカの面影をどこかに探している。そして、できるならまた繋がれるチャンスはないのかなと思っているのだ。
「……大丈夫か?」
「え?」
 顔を上げた途端、頬につっと涙が伝う。
 自分が泣いているのに気付き、慌ててそれを拭った。
「ごめんなさい」
「いや」
 瑠可さんは首を振って、何かを洞察するように私を見る。私のことは初対面でほとんど知らないはずなのに、彼は何かを悟ったように言った。
「後悔してるなら、戻ったほうがいい」
「戻るって……どこへ?」
「さあ。あんたが戻りたいと思っている場所へ……だろ」
 それだけ言って、コーヒーを飲み干すと、彼は席を立った。
「珍しく興味を惹かれる人だと思ったが、俺には用がないみたいだな。じゃあ……ここならタクシーも通るし一人で帰れるだろ」
「はい。ありがとうございました」
 瑠可さんは手を軽く上げ、そのままカフェを出て行ってしまった。その後ろ姿を見て、私はまだあの人はカリーナと何か関係のある人なのではと思ってしまう。
(そうじゃなければ、迷ってるなら戻れ……なんて言わないよ。でも、戻りたくてもその方法がわからないし)
 自分のカプチーノを飲み干し、私もカフェを出た。
 もう震えるほどの寒さはない季節で、比較的夜でも動きやすい。

(このまま帰るのも、切ないな)

 ふらふらと歩いていた私は、気がつくと夜の公園でぼうっとしていた。
 ここにいれば、アンリが来てくれるかも……そんな馬鹿みたいな期待がなかったとは言えない。
 時間は夜だし、公園には人影もない。5月とはいえ夜はまだ寒くて、風が吹くたびに肩がすくむ。
(恋がうまくいかないなんて、いつものことだよ。あの頃の私に戻るだけ)
 いつまでもこうしているのも虚しいと思い、重い腰を上げかけた時。

「こんなところにいた……探したよ」

 聞き覚えのある声に驚いて、顔を上げると、そこには紛れもないアンリ、その人が立っていた。服装は以前のようにこの世界で浮かないようにスーツスタイルで立っている。

(これは、夢?)
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