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1巻

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   第一章


 長らく立ちこめていた黒い雨雲は長く空に留まらず、初夏が訪れる気配が感じられるこの頃。
 私、つき胡々菜ここなはフロアに飾る花を腕に抱いて空を見上げた。薄雲の間からは青空が覗いている。
 そんな陽気の中、私は小さくため息をついた。

(六月も終わりかあ、もうすぐ誕生日が来てしまう)

 以前は楽しみだった誕生日が少し憂鬱になる。
 気持ち的にはまだ二十代でも、迎えるのは二十九歳の誕生日だ。

(本気で恋人は欲しいと思うけど、慌ててもいいことがないのは先日身に染みたばかりだし……)
「っと、時間がない!」

 花束を持ち直し、止めていた足を再び動かす。
 そのとき、不意にスマホの着信音が鳴った。花束を片手に持ち直し、発信者を確かめる。

(知らない番号……誰だろう。もしかして取引先の人?)
「はい、月野です」
『お世話になっております。私、マルネットの高橋たかはしと申します!』
「マル……ネット、ですか?」
『はい。退会されてから半年以上経過しましたが、その後どんなご様子でしょうか』
「……あ、ああ! 結婚相談所の方ですか」

 そう、私は一年ほど前に勢いで結婚相談所に登録をしたのはいいものの、あまり気が乗らないという理由でほぼ活動しないまますぐに退会してしまったのだ。
 まさかこのタイミングで電話がかかってくるとは。

「ええと。今仕事中なので、ちょっと……」
『失礼しました。ではまた夕方にかけさせていただき……』
「いえ、連絡は結構です。今は入るつもりないので」
『お相手がお決まりに?』
「そうではないんですが」
『でしたらぜひお話だけでも!』
(しまった、決まったって言えばよかった)

 わかりやすく勢いを得た相手は、ダメ押しのようなセリフを吐いた。

『今日が人生で一番若い日ですよ。今なら再入会の方には特別価格で──』
「結構です!」

 思わず大きな声で断りの言葉を告げ、さっと通話を切る。
 再度かけてくる様子がないのを確認し、がくりとうなだれた。

(人生で一番若い日なんて、そんなことわかってるよ! デリカシーないなあ)

 勤務するオフィスの自動ドアを抜け、エントランスの奥に待機している受付の女性に買ってきた花束を差し出した。

「こちら、今週のぶんです」
「ありがとうございます!」

 彼女は立ち上がって笑顔でそれを受け取った。

「花瓶への活け方は大丈夫ですよね」
「はい、あとはこちらでやりますので」

 花の世話をすっかりお願いし、私は自分のオフィスへと戻った。


「またなの?」

 総務課の手前にある経理課の入り口で、廊下に圧のある声が響いた。

(この声は……)
「無理なものは断らないと。どんどん仕事が溜まって回らなくなるわよ」
(お、おハルさん⁉)

 おハルさんは入社当時私の教育係をしてくれた大先輩で、今でも仲よくしてもらっている。そんな彼女が心配がゆえに後輩社員に意見する姿は珍しくないけれど、最近ではそれが彼女のイメージに不利に働いているのを私は勝手に心配している。
 余計なお世話と思いつつ、経理課にそっと足を踏み入れ、おハルさんに耳打ちした。

「おハルさん。もうお昼休憩です」

 すると、おハルさんはハッとしたようにこちらを振り返り、壁にかかった時計を見て冷静に頷いた。

「そうね。彼の休憩時間まで奪う権利はないものね」

 おハルさんがもういいわというようにきびすを返すと、男性社員はぺこりと軽い会釈だけしてフロアを出ていった。

(おハルさんのこと、悪く思ってないといいなあ……)

 私もお人よしと言われて久しいけれど、おハルさんもなかなかなのだ。彼女とは隠し事のできない性格が合っていて、毎日お弁当を一緒に食べている。


「災難でしたね」

 おにぎりを頬張りながらあまり重くならないように声をかけると、おハルさんはもうさっきのことは忘れたようにキョトンとしている。

「災難はココちゃんでしょう? マンションに入れなくなったってどういうことなの?」
「あ──、それは……」

 急に自分の話を振られて焦る。
 確かに私は現在借りているマンションに帰れなくなって、三日ほどビジネスホテルから出勤していた。

(初めて利用したマッチングアプリで一回会っただけの相手にストーカーされるなんて……確かにすごい災難だよね)

 “プロフィールではわからない部分をお互い知れたらいいな”という気持ちで会った私とは違い、相手はすぐにでも結婚してくれる人を探していたみたいだった。
 まだカフェで趣味などを探り合っている段階で、一軒家とマンションどちらに住みたいかとか、子どもは何人が理想かとか矢継ぎ早に聞かれてまいった。

(合わないなと思って、その日のうちに断ったのに)

 プライドを傷つけたのか、その日から私への嫌がらせのような行為が続いている。
『嘘つき』『許さない』などとなじる内容のメールが届いたかと思うと、急に『愛してる』『また会いたい』という未練を示すようなメールが届く。それだけならブロックすればいいけれど、SNSにもそれらしい人がいろいろメッセージしてくることも続いている。
 さらには、マンションを出たところで変装をした彼がこっそり立っていたこともあって、そのときはさすがに背筋が凍った。
 これはもう、ストーカーと言っていいレベルなのではないだろうか。

(結婚どころか、お付き合いすら不可能な人だった……)
「引っ越したら?」

 おハルさんのズバリとした言葉に頷く。

「それも考えたんですけど、貯金もそんなに多くないのにそこまでしてしまうと……身動き取れなくなりそうで」
「……そうよね、ココちゃんは悪くないのに、そんなやつのためにお金使うなんて馬鹿げてるわよね。かといって、マンションに戻っても危ないし。何か対策を考えるわ」

 眉根に皺を寄せ、自分のことのように思考を巡らせている。
 こういうとき、おハルさんは誰よりも真剣に向き合ってくれる。まるで本当のお姉さんみたいだ。
 地味に見せているけれど、彼女は本当はすごい美人なのだ。
 普段表情があまり変わらないから近寄りがたい印象があるのかもしれないけど、その理知的な顔は誰もが整っていると認めている。さらに、後ろで束ねている黒髪は清潔感があって美しい。

(こんなに素敵な人なのに、会社では誤解されてるのが私は悔しい)

 頬を膨らませる私の横で、おハルさんがハッとしたように顔を上げた。

「なんだ、簡単じゃない!」

 彼女は綺麗なロングヘアを束ね直すと、キリッとした視線を私に向けた。

「今日からうちに来なさいよ」
「え?」

 唐突な申し出に、私は思考を止めておハルさんを見返す。

「うちって……おハルさんとこですか?」
「そうよ。部屋は掃除しきれないほどあるし、好きなだけ滞在していいわよ」
(どんな豪邸に住んでるんですか)

 おハルさんの身につけているものを見ていると、結構いい暮らしをしている人だろうと想像していたけれど。私は会社での彼女しか知らず、正直、プライベートはほとんどわからない。

(もしかして、すごいお金持ちのお嬢様だったりして)
「引っ越しサービスを利用して、ココちゃんのものはうちに運んでもらったら?」
「え、ええ。でも……」
(今まで食事をご馳走してもらうことくらいはあったけど、生活まで頼ってしまっていいんだろうか)
「すごく嬉しいんですけど。おハルさんにそこまでしてもらうわけには……」
「いいのよ」

 遠慮しようとする私の言葉を遮り、おハルさんはさらに誘いの言葉を加えた。

「うち、広いのに人がいなくて寂しいのよね……ココちゃんに来てもらいたいっていうのは私の我儘わがままなのよ」

 そこに嘘はなく、おハルさんは心から私に来てほしいようだった。

「ほ、本当にいいんですか? でも、同居のご家族が驚かれるのでは……」
(確か妹さんと弟さんがいたような)
「妹には私から伝えるわ。弟はほとんど帰ってこないし、両親は訳あって別々に暮らしてるから。だから安心して」
(そこまで言ってもらえるなら)
「ありがとうございます……じゃ、お言葉に甘えて……」
「よかった! ココちゃんと暮らせるなんて嬉しい!」

 おハルさんにぎゅっと抱きしめられ、ちょっと照れてしまう。

(こんなに歓迎されるなら、私も嬉しいかも)

 こうして、私はおハルさんのお宅に目処がつくまで住まわせてもらうことになった。


「あれが私の家よ」

 お手伝いさんによって解除された外門の奥には、確かに掃除しきれないほど部屋があるだろうと思われる大きな洋館が見えた。

「家……っていうか、お屋敷ですよね」
「ふふ、皆そう言うわね」

 眼鏡の奥にある涼しい瞳を細め、おハルさんは淡々と進んでいく。私もその後ろを慌ててついていった。
 お屋敷の前には運動会でも開けそうな広い庭が広がっていて、スプリンクラーで水を撒いている芝生は青々としていて眩しい。奥には池のようなものが見え、側には可愛い屋根付きのベンチが設置されている。
 外に出なくても、ここを散歩しているだけで観光気分が味わえそうな風情だ。

「おハルさんってお嬢様だったんですね」
「アラフォーのお嬢様っていうのも、ないと思うけどね」

 くすくすと笑って、おハルさんはこちらを振り返った。

「ただ、うちはちょっと特殊な人間が多いから最初は戸惑うかもしれないわ。一番の問題児は弟ね」
「っ、弟さん! 確か、外科医をされてるんですよね」
「そうよ。今日は珍しく家に寄るって言ってたから、紹介できるかもしれないわ」

 おハルさんの弟さんは凄腕の外科医で、誰でも名前を聞けば知っている私立病院に勤務しているとか。その精密でロボットのような高度な手術テクニックと整ったルックスで、医者であるにもかかわらず、患者だけでなく医療関係者からも人気だと聞いたことがある。
 有名な医療雑誌の表紙を飾っているとおハルさんから聞いたときは、思わず本屋に走ってしまった。

(確かにすごいイケメンだった。そんな人とひとつ屋根の下で……!?)

 今更ながらアワアワしている私を見て、おハルさんはクスリと笑った。

「そっか、ココちゃんは男性の兄弟がいないから緊張するわよね」
「あ、いや……」
(緊張するのは、そういう理由ではないのですが)
「弟さんって、外で生活されてるんですか?」
「そうなのよ。一人で楽に過ごすほうがいいって、ほとんど病院近くのホテルを住まいにしてるの。妹がうるさいから時々戻ってくるけど」
「妹さん……は、まだお若いんでしたっけ」
「今年十七歳。幼い頃に事故に遭ってしまって、足が不自由なの」

 高校は通信制の学校に通っていて、お屋敷で過ごす時間が長いのだという。

(ご両親が一緒に住んでいないという事情もあるようだし、おハルさんにも人知れず抱えている悩みがあるんだろうな)
「まあ、いずれ家族のことは少しずつ話すわね。それにココちゃんはうちの事情は気にせず、自分の家みたいにくつろいでね」
「あ、はい」

 私は深く頷いて、それ以上の質問は控えた。
 おハルさんはにこりと微笑むと、到着したドアの前でもう一度ベルを鳴らした。確認するまでもなく、再びお手伝いさんによってロックが解除される音が響いた。
 すると、頭上から驚くほど低い男性の声が降ってきた。

「来客があるなんて聞いてなかったけど」
「うわっ!」

 驚いて振り返ると、そこには映画か何かから飛び出してきたのかなと思うほど整った顔立ちをした男性が私を見下ろしていた。

(こ、この人は……っ)

 軽く百八十センチは超えているような長身で、羽織った淡いグレーのコートは上質そうで、放つオーラに後ずさりしてしまいそうなほどのまばゆさがある。
 切れ長の鋭い瞳は当然のように美しいけれど、見つめたら一瞬で相手を凍りつかせるような温度のないものだった。

「どなた? 姉貴の友達?」

 その視線を受けた瞬間、背筋がビシッと正されるのを感じた。

(虎とかライオンとか、動物園でしか見たことないけど……肉食獣ってこういう目だよね?)

 そう思わせるほどに、その男性は物静かな雰囲気とは裏腹な目をしている。
 そんな感覚に陥っていたけれど、過ぎた時間はおそらく二秒くらいだ。
 私が固まっているのを見て、おハルさんは私の前に立ってその男性を見上げた。

「会社の後輩を連れて帰るって連絡したわよ。三回も。でも、電源切ってたみたいだから」
「あー……今日、手術ふたつ入ってたからな……オフったままだった」

 だるそうにそう答えると、ポケットから携帯を取り出して通信をオンにした。

「教えてくれてサンキュ」

 それだけ言って興味なさげに中に入っていこうとする。それを見て、おハルさんは慌てて彼を呼び止めた。

「待って、彼女、今日からしばらくここに泊まってもらう予定だから。紹介させて」
「……」

 一秒も無駄にしたくないといった感じでため息をつくと、こちらへ向き直った。

「手短にどうぞ」
「彼女は月野胡々菜ちゃん。会社の後輩なの。ちょっと住んでる場所に問題が起きてね、しばらくここから会社に通ってもらうことにしたのよ」

 紹介を受け、私は今更ながら深々と頭を下げた。

「つ、月野胡々菜です! 急で大変ご迷惑をおかけします‼」
「どうも……桐生きりゅうとうです。姉がお世話になってます。ごゆっくりどうぞ」

 斗真さんは抑揚のない口調でそう言うと、もういいかと言わんばかりの態度で開いたドアの隙間に消えていった。

(な、なんて無愛想な……)

 雑誌の表紙を飾っていた彼はもう少し柔らかな笑みを浮かべる紳士だった。だから多少優しげな印象もあったけれど。

(第一印象ですでに嫌われたとか? いや……まだ挨拶しただけだから、そんなわけないか)

 手術をふたつもこなしてきたというし、疲れているんだろうか。

「ごめんね。斗真は仕事モードのとき以外は、いつもあんな感じよ。少しずつ慣れてくると思うから、最初は我慢してね」
「あ、いえ……」
「ココちゃんと合うと思うのよね」
「合うって?」
「相性がいいんじゃないかなーと思って。どう、斗真を恋人候補にしてみたら?」
「ええっ!?」

 今会ったばかりの人に、そんな発想はとても持てない。
 私の驚きっぷりを察して、おハルさんは苦笑した。

「もちろん冗談よ。気にしないで」

 そう言って私の肩にポンと手を乗せると、斗真さんの消えていったエントランスの中へ足を進める。

(驚いた。おハルさんらしくない冗談だったなあ)

 後ろを追いながら、私はまだ混乱している頭を一生懸命鎮めた。


 ふくよかで優し気なお手伝いの田嶋たじまさんに挨拶をし、そのあとは彼女に建物の中を一通り説明してもらった。

「それで……こちらが、月野様にご用意したお部屋になります」
「わ、いいんですか? こんな広いお部屋を」

 十畳くらいある部屋をぐるっと眺めて、その広さとシンプルに置かれた家具や敷かれた絨毯の高級さに目を見張る。建物には少し古めかしい空気が漂っていたけれど、揃えてあるタンスやドレッサー、ベッドなどはホワイトで統一されていて、とても近代的で清潔感のある部屋に仕上がっている。

晴子はるこお嬢様が高校生までご使用になってたお部屋です」
「そうなんですね」

 まだ珍しげに部屋を見回しながら、来る前に急いで自分のマンションで荷造りしたキャリーケースを置く。当面は外で暮らせるように、着替えやらお化粧品やら通帳やら、なかったら困ると思われるものを詰めこんである。

(高校生の時点でこんな部屋で生活してたなんて……やっぱりおハルさんは本物のお嬢様なんだな)
「ここにあるものは自由に使っていいとのことでしたので、ご遠慮なく」
「ありがとうございます」

 田嶋さんが去って、とりあえず深く深呼吸する。
 おハルさんの至れりつくせりの心遣いにより、私は一週間ぶりに恐怖を感じることなく過ごせる場所を確保することができた。

(問題はまだ解決してないけど、とりあえず冷静になる時間はもらえたなあ。ありがたい)
「はー……よかった」

 真っ白なリネンでコーティングされたベッドに体を横たえると、ほどよいスプリングが私を優しく包んだ。

(ふかふか……寝ないように注意しなくちゃ)

 そう思っているうちに寝入りそうになっていると、携帯におハルさんから連絡が入った。

「ん……は、はい。胡々菜です」
『休んでるところごめんね。少しくつろいだら一階のダイニングに来てくれる? 夕飯を用意してるから』
「はい。あ、お手伝いします」
『ふふ、いいのよ。うちは専属シェフと田嶋さんが全部やってくれるから』
「そう、なんですか?」
(お抱えシェフがいる家って本当にあるんだ)

 想像を超えるお嬢様ぶりに、驚きで目が覚めた。

「すぐに行きますね」
『ゆっくりでいいわよ』

 優しくそう言って、おハルさんは通話を切った。

(ああ、こんなにしてもらって……おハルさんには一生頭が上がらなくなりそう)
「にしても、おハルさんは何者なんだろう。ご両親がどんな仕事をしていたらこんな生活ができるの?」

 今までは会社での付き合いだしと、あまりプライベートに突っこんだ話はしてこなかったけれど、一緒に生活させてもらうとなると俄然興味が湧いてしまう。

「タイミングを見ていろいろお話を聞こうっと」

 ベッドでの軽い休憩のおかげで元気を取り戻した私は、身だしなみを整えて、少し緊張気味に一階のダイニングへと向かった。


「待ってたわよ」

 庭と同じくらい広いリビングに設置されたテーブルに、すでに着席しているおハルさんがラフな部屋着姿で微笑んでいた。その姿は会社にいるときとはまるで別人で、思わずまじまじと見つめてしまった。

「そんなに見つめられると照れるわね」
「あ、すみません。おハルさんがあまりにキレイで」

 長く艶やかな髪を下ろした彼女は、ミステリアスな雰囲気を醸す美女だった。こんな姿を会社の人が見たら、一気に人気が出てしまいそうだ。

「ふふ、ありがと。さ、私の観察はこれからいくらでもできるから、まずは食卓について」
「は、はい」

 卓上には食べきれないほどのご馳走が湯気を立てて並んでいた。
 すると、廊下から若い女の子のはしゃぐ声が聞こえた。

「あ、絵茉えまが来たわ」
(絵茉ちゃん。おハルさんの妹さん。わードキドキする!)

 身構えていると、斗真さんが絵茉ちゃんをお姫様抱っこして現れたからビクッとなった。

(肌が白い……お人形さんみたい)

 甘えるように斗真さんに抱きつく絵茉ちゃんを横抱きにしている斗真さんは、まさに王子様。それくらい彼はスタイルも整っているし、顔も完璧なシンメトリーで構成されている。

(改めて見ると、こんな完璧なイケメンってそうそういないよね)

 私はときめくより前に、映画でも見ているかのようにポカンと二人の姿を見ていた。

「ほら、もう降りろ」

 斗真さんは絵茉ちゃんをそっと床に下ろして席につかせた。そして、彼女の隣に座ると、私とバチっと目が合った。

(うわ、いきなり私の目の前に座るとか。びっくりするよ)
「あ、あの。絵茉さん、はじめまして。月野胡々菜といいます」

 二人の視線が私に向いていて、緊張で挨拶がしどろもどろになる。

「私、おハルさん……いや、晴子さんの職場の後輩でして。今日からここに……」
「お姉様から聞いてるわ」

 全部を語る前に言葉を遮られ、絵茉ちゃんは私を値踏みするようにじっと見た。それからふっと息を吐くと、ナプキンを膝に敷きながら短く言った。

「長くいるわけじゃないんでしょ?」
「あ、そうですね」
「絵茉、そういうときはごゆっくりって言うものよ」
「……ごゆっくりどうぞ」
(そりゃ唐突に同居する人間が現れたら、すぐに歓迎はできないよね) 

 絵茉ちゃんの気持ちを察しつつ、私はもう一度丁寧に頭を下げた。

「ご迷惑にならないようにしますので、よろしくお願いします」
「ふん」

 勝気を隠さずツンと横を向く顔は整っていて、やっぱりお人形さんみたいだ。

(いずれ仲よくなれたらいいな……今日のところは、受け入れてくれただけで感謝だな)
「今日はせっかく皆で食卓を囲めたんだから。乾杯しましょうよ」

 おハルさんの提案で絵茉ちゃん以外はワインで乾杯をすることになった。
 食前酒程度の軽い白ワインを口にしたあとは、シェフが腕を振るったという絶品のイタリアンを遠慮なくペロリと完食してしまった。
 シーザーサラダ、オニオングラタンスープ、ジェノベーゼパスタ、ミラノドリア、フルーツゼリーのデザート……
 すべてレストランで出るものみたいに美味しく、夢のようだった。


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