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3章
空席の埋めどころ3
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他の料理が食べられなくなるからと、肉まんはお土産として別個に買い、佐伯さんお勧めの中華料理店に入った。
そんなに広くはないけれど、席は埋まっていて皆美味しそうに箸をすすめている。厨房からの音や香りからも、絶対美味しいのがわかるお店だ。
案内された二階の席につき、ほっと息をつく。
「いいお店ですね」
「気に入ってくれたならよかった」
「はい、気に入りました」
店内に飾られた中華風の絵や人形が目にも楽しい。
佐伯さんはテーブルに置いてあったメニューを開くと、私に向けてくれる。
「俺のオススメはあるけど、槙野が食べたいものがあったら言って」
「あ、ええと……」
たくさんのメニューが並んでいて、どれを選んでいいのかまるっきりわからない。
「佐伯さんが選んでくださると助かります」
「そう? じゃあ適当に頼むね。あ、あと俺は車だから飲めないけど、アルコールもどう」
「えっ、私だけ飲むなんて悪いです」
慌てて首を振ると、彼は首を傾げる。
「遠慮することないよ。ここの紹興酒すごく美味しいし、試してみて欲しいな」
「そ……う、ですか?」
圭吾は私だけお酒を飲むなんて言ったら、途端に不機嫌になって店を出て行ってしまうタイプだった。
だから、普通にお酒を勧めてくれるのが驚きでしかない。
「じゃ、じゃあ一杯だけ」
「うん、そうしよう」
満足そうにそう言うと、佐伯さんは慣れた感じで店員さんにいくつかの料理を注文した。
(参った……想像以上に楽しい。たった一回のデートでこんなに心を奪われるとは思わなかった)
佐伯さんの魅力を甘く見ていた。
これだけエスコートが上手で、見た目も素敵で、女性の肌に触れるのも慣れていて……私一人で満足するタイプには見えない。
(以前も同じように思ったのに。結局、あの時よりもっと気持ちが持っていかれてる)
気づかないようにしていた胸の痛みは少しずつ大きくなっていて、別れ際にはどうなっているんだろうと不安になるほどだった。
心ゆくまで美味しい中華を堪能し、私たちは再び駐車場へと戻った。もうすっかり夜は更けて、アパートまで送ってもらったらデートは終了だ。
(あっという間だったな)
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
心からのお礼を伝えると、佐伯さんは車のロックを外しながら言う。
「まだだよ」
「えっ」
「まだ君を送り届けてないし。こんな楽しいデートをそんなあっさり終わらせないで」
「……はい」
寂しげな声色が、私を勘違いさせそうになる。
(佐伯さんも少しは寂しいとか思ってくれてるのかな。そうだったら……嬉しい)
日が落ちたのもあり、車の中は昼とは違って少しひんやりしていた。
暑いと思っていた夏もすっかり終わり、もうすでに冬の気配さえ近づいているのだと感じる。
「もうすぐ冬だな」
「そうですね」
(同じことを思ってたんだ)
走り出した車の中で、私は昼とは違うドキドキを感じていた。
肌寒さも暖房を効かせてくれたのと同時に別の意味でも薄らいでいく。
(ああ、このまま流されたら夜も一緒に過ごしてしまいそう)
佐伯さんの助言通り、私は本当に見る目がなかったらしい。
デートっていうのが、男性を喜ばせるためにあるものじゃないっていうのが今日だけで十分に分かったし、別れ際にはこんなにも切ない気持ちになるのだというのも分かった。
圭吾は一緒にいる時は自分の話ばかりだったし、色々気を遣ってしまって、別れの際には正直ほっとしている時が多かったのを思い出す。
元カレと比べて佐伯さんを好きになるっていうのは、なんだかあまり綺麗じゃない感じもするけれど、弱っている時に優しくされたら惹かれるのは自然なことなんじゃないだろうか。
(優しい人で、楽しい思いばかりって感じてたのはなんだったんだろう)
「元カレのことでも思い出してる?」
ずばり言い当てられ、驚いて運転席の方を見る。
「佐伯さんってエスパーですか」
「ははっ、図星かあ。前も言ったでしょ、俺は人の表情で洞察するのが得意なんだって」
「にしても、正確に洞察しすぎですよ」
「お褒めの言葉ありがとう」
冗談めかしてそう言った後、やや真剣な表情をする。
「で……俺と比べて、何か変化あった?」
「はい。佐伯さんとのデートは楽しくて……新鮮でした」
「どういう部分で?」
「色々ですけど。圭吾は基本外でのデートってあまりしない人だったので、それだけでもかなり新鮮でしたよ」
「外に行かないで、何するの」
「それは……」
口に出すのははばかられることだった。
圭吾は私とずっと一緒にいたいと言い、大抵はどちらかの家で抱き合うことが多かった。そうでない日もホテルを予約して、そこでずっと過ごしているというパターンばかり。
(愛し合ってると思ってたけど、あれは単に体の関係だけだったってことなのかな)
それなのに、体に飽きられて振られるとか……最悪すぎて笑うしかない。
佐伯さんはやっぱり私の心を察したのか、ふうと一息ついた。
「一つ突っ込んで聞きたいんだけど、いい?」
「はい」
「あの男と一緒にいて、安らぎはあった?」
「安らぎ……」
(あったと思っていたけど、佐伯さんと一緒の安心感に比べたら不安ばかりだった)
それでも圭吾だけが悪かったわけではないと思う。
交際っていうのは双方に何かしら原因があるのが普通だから。
「安らいだかどうかは微妙ですけど、優しかったとは思います」
「誰にでもいい顔をするって意味で?」
「……ん、そうですね」
私との約束より友人との約束を優先することはしょっちゅうだった。
同僚と飲みに行くと行って夕飯を食べに来てもらえなかったこともある。
全部彼が優しい(付き合いがいい)からなんだと思っていた。
本当は心のどこかで寂しくて不安だと思っていたのに、その思いには蓋をした。
「私は……自分の本当の気持ちを、騙していたのかもしれません」
(圭吾を愛してるって。あの人以外、私を愛してくれる人なんかいないって思い込んでた)
私の言葉を聞き、佐伯さんはうんと深く頷いた。
この言葉を私の口から引き出したかったみたいだ。
「その気持ち忘れないで。槙野はもっと丁寧に扱われるべきだよ」
「丁寧に……」
「そう。不安になんかならないで、一緒にいると安心で満たされて……つい笑顔になってしまうような。そういう人と付き合わないと」
「……」
(それ、多分佐伯さんなんです)
そう思ったけれど、どう口にしたらいいかわからない。
恋人の実感がないと思っていたけれど、それは単に私が劣等感の塊だからで。心の中では、もう失いたくない人になりつつあるのはわかってる。
(でもこの気持ち、口にしちゃっていいのかな)
自分から男性を求めるのは経験がない。
手の届かない素敵な人だと認識していた人なら、なおさらだ。
私は今、この先を誘っていいものかと葛藤している。
そんなに広くはないけれど、席は埋まっていて皆美味しそうに箸をすすめている。厨房からの音や香りからも、絶対美味しいのがわかるお店だ。
案内された二階の席につき、ほっと息をつく。
「いいお店ですね」
「気に入ってくれたならよかった」
「はい、気に入りました」
店内に飾られた中華風の絵や人形が目にも楽しい。
佐伯さんはテーブルに置いてあったメニューを開くと、私に向けてくれる。
「俺のオススメはあるけど、槙野が食べたいものがあったら言って」
「あ、ええと……」
たくさんのメニューが並んでいて、どれを選んでいいのかまるっきりわからない。
「佐伯さんが選んでくださると助かります」
「そう? じゃあ適当に頼むね。あ、あと俺は車だから飲めないけど、アルコールもどう」
「えっ、私だけ飲むなんて悪いです」
慌てて首を振ると、彼は首を傾げる。
「遠慮することないよ。ここの紹興酒すごく美味しいし、試してみて欲しいな」
「そ……う、ですか?」
圭吾は私だけお酒を飲むなんて言ったら、途端に不機嫌になって店を出て行ってしまうタイプだった。
だから、普通にお酒を勧めてくれるのが驚きでしかない。
「じゃ、じゃあ一杯だけ」
「うん、そうしよう」
満足そうにそう言うと、佐伯さんは慣れた感じで店員さんにいくつかの料理を注文した。
(参った……想像以上に楽しい。たった一回のデートでこんなに心を奪われるとは思わなかった)
佐伯さんの魅力を甘く見ていた。
これだけエスコートが上手で、見た目も素敵で、女性の肌に触れるのも慣れていて……私一人で満足するタイプには見えない。
(以前も同じように思ったのに。結局、あの時よりもっと気持ちが持っていかれてる)
気づかないようにしていた胸の痛みは少しずつ大きくなっていて、別れ際にはどうなっているんだろうと不安になるほどだった。
心ゆくまで美味しい中華を堪能し、私たちは再び駐車場へと戻った。もうすっかり夜は更けて、アパートまで送ってもらったらデートは終了だ。
(あっという間だったな)
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
心からのお礼を伝えると、佐伯さんは車のロックを外しながら言う。
「まだだよ」
「えっ」
「まだ君を送り届けてないし。こんな楽しいデートをそんなあっさり終わらせないで」
「……はい」
寂しげな声色が、私を勘違いさせそうになる。
(佐伯さんも少しは寂しいとか思ってくれてるのかな。そうだったら……嬉しい)
日が落ちたのもあり、車の中は昼とは違って少しひんやりしていた。
暑いと思っていた夏もすっかり終わり、もうすでに冬の気配さえ近づいているのだと感じる。
「もうすぐ冬だな」
「そうですね」
(同じことを思ってたんだ)
走り出した車の中で、私は昼とは違うドキドキを感じていた。
肌寒さも暖房を効かせてくれたのと同時に別の意味でも薄らいでいく。
(ああ、このまま流されたら夜も一緒に過ごしてしまいそう)
佐伯さんの助言通り、私は本当に見る目がなかったらしい。
デートっていうのが、男性を喜ばせるためにあるものじゃないっていうのが今日だけで十分に分かったし、別れ際にはこんなにも切ない気持ちになるのだというのも分かった。
圭吾は一緒にいる時は自分の話ばかりだったし、色々気を遣ってしまって、別れの際には正直ほっとしている時が多かったのを思い出す。
元カレと比べて佐伯さんを好きになるっていうのは、なんだかあまり綺麗じゃない感じもするけれど、弱っている時に優しくされたら惹かれるのは自然なことなんじゃないだろうか。
(優しい人で、楽しい思いばかりって感じてたのはなんだったんだろう)
「元カレのことでも思い出してる?」
ずばり言い当てられ、驚いて運転席の方を見る。
「佐伯さんってエスパーですか」
「ははっ、図星かあ。前も言ったでしょ、俺は人の表情で洞察するのが得意なんだって」
「にしても、正確に洞察しすぎですよ」
「お褒めの言葉ありがとう」
冗談めかしてそう言った後、やや真剣な表情をする。
「で……俺と比べて、何か変化あった?」
「はい。佐伯さんとのデートは楽しくて……新鮮でした」
「どういう部分で?」
「色々ですけど。圭吾は基本外でのデートってあまりしない人だったので、それだけでもかなり新鮮でしたよ」
「外に行かないで、何するの」
「それは……」
口に出すのははばかられることだった。
圭吾は私とずっと一緒にいたいと言い、大抵はどちらかの家で抱き合うことが多かった。そうでない日もホテルを予約して、そこでずっと過ごしているというパターンばかり。
(愛し合ってると思ってたけど、あれは単に体の関係だけだったってことなのかな)
それなのに、体に飽きられて振られるとか……最悪すぎて笑うしかない。
佐伯さんはやっぱり私の心を察したのか、ふうと一息ついた。
「一つ突っ込んで聞きたいんだけど、いい?」
「はい」
「あの男と一緒にいて、安らぎはあった?」
「安らぎ……」
(あったと思っていたけど、佐伯さんと一緒の安心感に比べたら不安ばかりだった)
それでも圭吾だけが悪かったわけではないと思う。
交際っていうのは双方に何かしら原因があるのが普通だから。
「安らいだかどうかは微妙ですけど、優しかったとは思います」
「誰にでもいい顔をするって意味で?」
「……ん、そうですね」
私との約束より友人との約束を優先することはしょっちゅうだった。
同僚と飲みに行くと行って夕飯を食べに来てもらえなかったこともある。
全部彼が優しい(付き合いがいい)からなんだと思っていた。
本当は心のどこかで寂しくて不安だと思っていたのに、その思いには蓋をした。
「私は……自分の本当の気持ちを、騙していたのかもしれません」
(圭吾を愛してるって。あの人以外、私を愛してくれる人なんかいないって思い込んでた)
私の言葉を聞き、佐伯さんはうんと深く頷いた。
この言葉を私の口から引き出したかったみたいだ。
「その気持ち忘れないで。槙野はもっと丁寧に扱われるべきだよ」
「丁寧に……」
「そう。不安になんかならないで、一緒にいると安心で満たされて……つい笑顔になってしまうような。そういう人と付き合わないと」
「……」
(それ、多分佐伯さんなんです)
そう思ったけれど、どう口にしたらいいかわからない。
恋人の実感がないと思っていたけれど、それは単に私が劣等感の塊だからで。心の中では、もう失いたくない人になりつつあるのはわかってる。
(でもこの気持ち、口にしちゃっていいのかな)
自分から男性を求めるのは経験がない。
手の届かない素敵な人だと認識していた人なら、なおさらだ。
私は今、この先を誘っていいものかと葛藤している。
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