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2章

5話 本当に大切にしてくれる人(1)

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 あれから数日経った。
 アシスタント兼恋人の契約が再度結ばれてからの生活は、意外にも特に以前とは変わらなかった。

「陽毬、午後の予定は2件だったかな」
「はい。1件は先方がこちらに出向いてくださるので、15時にはオフィスに戻った方がいいかと」
「わかった」

 こんな会話だけで1日が終わることもあり、特別恋人感を出すようなことはない。
 多少それっぽいシチュエーションがあるとしたら、食事へのお誘いくらいだ。

「疲れたな……今日の夕飯に付き合ってもらえないかな」
「いいですよ。いつものレストランにしますか?」
「いや、今日は陽毬が入りやすそうなイタリアンにしてよ」
「探してみます」

 私が行くイタリアンといえば安くて美味しいファミレスなんだけれど。
 流石に瑞樹さんと食事するにはちょっと違う感じがして、友人と行ったことのある隠れ家的パスタ屋さんを予約してそこへ向かった。
 あまり高くないグラスワインを頼んで、お互いが好みだと思われるパスタを注文する。
 瑞樹さんは不満もなくワインを口にして、パスタも綺麗に平らげた。

「悪くないね。ここ、よく来るの?」

 ナプキンで口を拭いながら尋ねられ、私はフォークを置いて頷く。

「高校からの友達とよく来るんです。結構リーズナブルだし、雰囲気も好きで」
「なるほどね」

 店内をぐるっと見回して、瑞樹さんはふっと目を細めた。

「高校時代の陽毬か……可愛かったね」
「え?」
「覚えてないだろうけど。先生を訪ねて君の家に行った時、陽毬が制服姿で紅茶を出してくれたんだよ」
「そ、そうだったんですか」

(ぜんぜん覚えてない。でもそっか……やっぱり瑞樹さんとは高校時代に会ってたんだ)

 こんな素敵な人を覚えてないなんて、当時の私はよっぽど誰のことも見てなかったんだろう。
 お客様が持ってきてくれた美味しそうなお菓子を皿に移して、ちょっとつまみ食いして。
 それから紅茶かコーヒーを淹れてお出しする。
 これが私のできる精一杯の接客だった。

「まあ、当時の陽毬に会ってたんだなって思い出したのは最近なんだけどね」
「そうなんですか?」

 瑞樹さんはうんと頷いて、当時も今も女性の顔はあんまり覚えないのだという。

「仕事上必要な人は写真みたいにして記憶するけどね。心には入れない」
(写真みたいに記憶……そんなこと可能なんだ)

 よっぽど恋愛というものが面倒だったのだろうか。
 おそらく猛烈にモテる人なはずだけれど、彼の心に入り込めた人はいなかったということなのかな。

「そんな中で、なぜか陽毬だけは俺の心の扉を開けた……ってわけ」
「っ」

 こんな決め台詞を言われたら、ドキッとしないではいられない。
 最初の頃はからかってるんじゃないかと思っていたけれど、最近では本当に瑞樹さんは私を待ってくれているんじゃないかと感じる時がある。

 その理由の一つに、再契約した時以来、彼は私に強引に迫ってきたりしなくなった。
 キスどころか、手を繋いだりハグしたりすることもない。
 仕事上どうしても触れなきゃいけない時は、「触れていい?」と確認してからという徹底ぶりだ。

(嫌われたっていうわけでもなさそうなんだよね)

 嫌なら私を側に置いておくわけがない。そういう人だ。
 ということは、やっぱり私がタカちゃんと別れるのを待っているということなのかな?

(どうしていいかまだわからないけど。このままでもいいって思ってしまうのは私だけかな)

 いつ別れるの? いつ答えが出るの?
 瑞樹さんから、こんな質問をしょっちゅうされていたら、かなり困っていただろうから。
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