誘惑系御曹司がかかった恋の病

伊東悠香

文字の大きさ
上 下
18 / 26
2章

4話 新しい契約

しおりを挟む
「結婚前提? 快諾って?」

 急な話に頭も心もついていかない。

「言葉どおり、陽毬には俺と結婚してもらうってこと。それを久我先生には喜んでもらったってわけ」
「ええっ!?」

(いつの間に!)

 という思いと、それを聞いたら確かに父は喜ぶだろうなという思いが同時に心に浮かぶ。
 いい相手はいないのかと心配している父のことだ。
 大出世して信頼を置いている瑞樹さんがお相手なら、願ったり叶ったりだろう。

(でも! お付き合いする以前の問題でしょう?)
「あのっ、それは流石に困ります」

 私だって時間をかけてゆっくり瑞樹さんを知れば、自分の心がどうなるかなんて保証はできない。
 でも、今のところそういう関係性は考えられない。
 瑞樹さんがあまりに自分とは立場が違うというのもあるけど、それより何より

(私にはタカちゃんがいる)

 微妙な関係とはいえ、別れるというところまでは気持ちが冷めているわけでもない。
 だいたい、タカちゃんと微妙だから瑞樹さんと……なんていうのも嫌だ。

「残念。もっと喜んでくれると思ったのに」

 瑞樹さんは自分の申し出を断られて多少がっかりしたというジェスチャーを見せる。その表情からは特別な失望という感じは受けない。
 本気なのか冗談なのか、区別がつかなくて戸惑う。

「私に付き合っている人がいるのは知ってますよね」
「うん。でも、もう別れるんでしょ?」
「そんなの決めてませんよ!」
「へえ。まさかその彼氏と付き合ってるから、俺とは無理ってこと?」
「と、当然でしょう」

 何を言っているんだろうと怯んでいると、瑞樹さんは少し考えるそぶりをして私に視線を戻した。

「わかったよ」
「な、にを、ですか」
「久我先生に俺との関係がダメになったことは陽毬が伝えて」
「え……」

 背中がヒヤリとするほどの冷たい声音に、思わず肩がすくむ。

「それで今の彼氏と“とりあえず“続いてれば、陽毬にとってはいいんでしょ?」
「……嫌な言い方ですね」
「真実だよ」

(不貞腐れてる? まさかだよね)

 私が自分の申し出を快諾しないから、意地悪な言い方をして煽っているように見える。
 地位もあってルックスも申し分なくて、私なんかとそんなに本気で結婚しようとするなんてあり得ない。
 そうは思うものの、彼の言動を見ていると子どもじみた欲求が隠れているような気がしてしょうがない。

(どっちにしても瑞樹さんは自分勝手だ。お父さんに結婚の話をして。まるで、私をコントロールしようとしてるみたい)

 あまり自意識がはっきりしていない私には、こういう強引さは好きな場合もある。
 でも、何だか瑞樹さんと話していると自分が自由になる人形のような感じですっきりしない。
 すると瑞樹さんはふうと息を吐いてベッドの上にポンと腰を下ろした。

「わっ」

 彼の重みでスプリングが弾み、私の体も少し揺れる。
 その衝撃で、急に瑞稀さんの体温が近づいて心臓が跳ねた。ふんわりローズのような芳しい香りがして、余計にドキドキしてくる。

(いやいや、今はそういう場面じゃないってば)

 言い聞かせている私に瑞樹さんは、私の方を見てもう一度提案をしなおした。

「君が俺と結婚していいと言うまで待つことにする」
「瑞樹さんが私を待つ理由がわからないです」
「俺のことは俺が決める。理由なんて俺にしか分からないことだよ。そうじゃない?」
「う……」

(そう言われても、からかわれてるとしか思えない)

 こんな言葉を本気にして傷つくのは嫌だ。
 タカちゃんのことを別にしても、瑞樹さんと結婚なんて想像もできない。
 人は、イメージできないことは現実化させづらいと聞いた。
 だからきっと無理だと思う。

 私はこんなにも不可能だと思っているのに、瑞樹さんは時間の問題だと思っているみたいだ。
 証拠に、否定的な言葉が出ないのを確信した視線を私に向けている。

「そんなわけで。アシスタントは続けてもらうし、恋人も継続してもらう。それでいいよね?」
「そ、そんな強引な……え……っ」

 突然肩に衝撃があって、ぐるんと視点が変わる。
 天井が見えたかと思うと、視界を遮るように瑞樹さんの麗しい整った顔が映った。

「恋人ってことは、こういうこともするってことだからね」

(え……)

「嫌なら抵抗して」

 真剣な声と視線が言葉も体も封じ込め、そのまま唇をゆっくり塞がれた。

「ふ……」

 温かくて柔らかな感触が甘い痺れとなって後頭部にまで響いてくる。
 瑞樹さんのキスは、強引なのに、優しくて泣きそうなほどに甘美だった。

(抵抗すべきなのに。顔を背けることすらできない)

 頬に指先が触れて、さらに深いキスを息継ぎもさせないで続いた。
 かと思えば、不意に唇は離れて、ぎゅっと体を抱きしめられた。

「瑞樹……さん?」
「きっと……俺は陽毬を傷つける。優しくするのは性に合わないんだ」

(声が……震えてる)

「お願いだから抵抗して。嫌ってくれていい、憎まれた方が安心する」

(なら、どうしてそんな強く私を抱きしめてるの)

 あまりに切ない声に、私はつい瑞樹さんの髪をおそるおそる撫でていた。
 なぜか、この人を突き放してはいけない、そんな気がしてしまったのだ。

「ごめんなさい。憎んだりできないです」
「……じゃあ、俺と結婚してくれるの?」
「今はできないです……でも、嫌ったりもできないです」
「何それ」

 私の肩に顔を埋めながら、彼はくぐもった声でそう言う。
 わずかに怒りすら感じるような言葉に、私は首を振った。

「わからないです。でも、瑞樹さん……行かないでって言ってるように思えて」
「っ!」

 瑞樹さんは今までになく焦った表情で私を見ると、咄嗟に体から離れた。
 
「は? 何言ってるの? 俺が君を求めて懇願してるとでも?」
「そんなことは言ってないです。そんな気がしただけで……」
「……」

 瑞樹さんはふっと息を吐くと、私を冷たい瞳で見下ろした。

「君ほどのお人よしは初めてだよ。きっと、後悔するよ?」
「そうかもしれないですけど。今は……瑞樹さんの側でお仕事をさせていただきたいです」
「……分かった」

 冷静さを取り戻したのか、瑞樹さんはベッドから降りて身だしなみを整えた。
 この人がこんな姿を見せるのはそんな頻繁じゃないんだろう。
 それは、彼のさっきの動揺した表情からも窺えた。

(でもそれを指摘したら、また怒るんだろうな)

 彼は私の方を振り返ると、ひとつ呼吸を置いて微笑んだ。
 いつもの、余裕ある紳士な彼だった。

「じゃあ契約のし直し。陽毬は俺の“アシスタント“兼“恋人“であること。それは君が俺と結婚する気になるまで続ける。契約の破棄は、お互いの同意がなくちゃできない。それでいい?」

「……わかりました」

(なんか無茶な契約を結ばされされた気がするけど…今は他の答えが見つからない)

 私は自分でも驚くほど冷静な気持ちで彼の申し出を受け入れていた。
 瑞樹さんと離れることで父をがっかりさせるのが嫌だという気持ちもあった。
 けれど、それよりもっと、私自身も離れがたい何かがあったんだと思う。

 この時は、自分の気持ちにそこまで深く気づけてはいなかったけれど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

お酒の席でナンパした相手がまさかの婚約者でした 〜政略結婚のはずだけど、めちゃくちゃ溺愛されてます〜

Adria
恋愛
イタリアに留学し、そのまま就職して楽しい生活を送っていた私は、父からの婚約者を紹介するから帰国しろという言葉を無視し、友人と楽しくお酒を飲んでいた。けれど、そのお酒の場で出会った人はその婚約者で――しかも私を初恋だと言う。 結婚する気のない私と、私を好きすぎて追いかけてきたストーカー気味な彼。 ひょんなことから一緒にイタリアの各地を巡りながら、彼は私が幼少期から抱えていたものを解決してくれた。 気がついた時にはかけがえのない人になっていて―― 表紙絵/灰田様 《エブリスタとムーンにも投稿しています》

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご
恋愛
 ――俺には、将来を誓った相手がいるんです。  お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。  ――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。  ほげええっ!?  ちょっ、ちょっと待ってください、課長!  あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?  課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。  ――俺のところに来い。  オオカミ課長に、強引に同居させられた。  ――この方が、恋人らしいだろ。  うん。そうなんだけど。そうなんですけど。  気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。  イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。  (仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???  すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

処理中です...