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2章

1話 わかりにくい人2

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「お仕事に私情は入れません。線引きはできるつもりです」
「そう、ならよかった。俺、恋愛はしない主義だから知っておいてね?」
「……」

(惚れたって無駄だよって意味なの? 自惚れ屋さんなのかな、この人)

 どう答えていいかわからなくなって黙っていると、瑞樹さんはふっと真顔になって腕時計を見下ろした。

「っと、冗談はここまで。奥の部屋でオンライン会議してるから、この資料に目を通しておいて」

(急に仕事の話……振り回されて、既に目眩が……)

「何か言いたいことでも?」
「いえ……わかりました」

 父から聞いた感じだと瑞樹さんは紳士的だっていう話しだったのに。

(随分と意地が悪いというか、捻くれているというか)

 奥の部屋へと消えていく後ろ姿を見つめながら、渡された資料をぎゅっと握る。

(とはいえ、勝手に瑞樹さんに対して自分のイメージを押し付けようとしていた私も悪いのかも)

「初日からへこんでられない」

 小さくそう呟くと、私は気持ちを入れ替えるように首を振って手にしていた鞄をデスクに置いた。



 渡された資料は、日常私がやるべき仕事の内容が簡単に列挙されているだけだった。
 これから担当するスケジュール管理や取引先などとのやりとりは全てネット経由でするため、あまり多く語る必要もないというようなことが最後に簡単に書かれている。

「え、これだけ?」

 数枚の資料に厚みはなく、一通り目を通して内容を理解してしまったら、やることがなくなった。

(掃除しようかな? でも、勝手に部屋のものを触るのもなあ)

 少し悩んだ後、私はひとまずお手洗いで深呼吸しようと思い部屋の外に出た。
 廊下に出てお手洗いの場所を探していると、スタイルのいい長身の男性がゆっくり近づいてくるのが見えた。

(あの人って……)

 会釈をしようと足を止めると同時に、その人も足を止めた。

「何か探してるのか?」

 凛とした声は威厳があり、漂うオーラは王者そのもので、ちょっとビクッとしてしまう。

「は、はい。お手洗いを……」
「この廊下を10メートルほど行って右手だ」
「ありがとうございます」

 お礼を言って通り過ぎようとすると、足止めするようにその人は言葉を足した。

「君か? 瑞樹がアシスタントに雇ったっていう女性は」
「あ、はい。そうです。久我陽毬といいます」
「へえ」
 
 じっと私の顔を見下ろすと、興味深げに目を細める。

「あいつの新しいおもちゃってとこか」
「えっ」
「陽毬!」

 先の言葉を遮るように飛んできた声は瑞樹さんのもので。
 彼は急足で追いつくと、私の前へ進み出た。

「社内は後で案内するって言ったよね」
「すみません。お手洗いに行こうと……」

 パーティーの日に庇ってくれた時と同じようなシチュエーションで、ちょっとしたデジャブみたいだ。

「まあ、いいけど……」

 ふっと息を吐くと、瑞樹さんは目の前の男性に向き合った。

「社長、何か御用でしたか」

(社長さん? ってことは……)

 この人は瑞樹さんのお兄さんでもある柏木春馬さんだ。

(うわ……またすごい人に会ってしまった)
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