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2章

1話 わかりにくい人

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 翌週から早速働き始めることとなり、私は緊張の面持ちで出社した。

(瑞樹さんと二人きりになることも多いんだろうけど。私、大丈夫かなぁ。いやいや、今こんなこと心配してもしょうがない! まずは元気に挨拶から)

「おはようございます!」
 
 小さな深呼吸をしてから元気よく副社長室に入ると、瑞樹さんは壁にかかった鏡を覗き込んでいた。
 長い艶のある髪を束ね、視線だけこちらに向ける。

「おはよう。時間より早いね」

 身だしなみには気をつけてきたつもりだけれど、瑞樹さんの姿を見た瞬間に怯んでしまう。

(相変わらずの美貌……なのに、素の瑞樹さんって意外と男性っぽくてドキドキするんだよね)

「お仕事の初日ですし」
「へえ。真面目なんだね」

 少し馬鹿にしたような口調で言うと、私の方を向き直る。

「出勤時間に俺がいなくても適当に仕事を始めてて。デスクはそこね」
「はい」
「部屋の中のものはP C以外は俺と共有で使ってくれていい」
「はい」
「社内の様子は後でゆっくり案内するよ」
「ありがとうございます」

 ペコリと頭を下げると、瑞樹さんはおもむろに私の方へと手を差し出した。

「改めて、今日からよろしく。陽毬」
「っ!」

(いきなり下の名前で呼び捨て? まあ、嫌ではないけど)

「は、はい。よろしくお願いします」

 戸惑いつつも瑞樹さんの大きな手を握ると、思ったより温かくて鼓動が跳ねた。
 すぐに手を引こうとしたけれど、なぜか彼は力を入れてそれを阻んだ。

「あの……?」

 全身を抱きしめられたようなふんわりしたオーラを感じてさらに戸惑っていると、わざと焦らすように彼は指の先だけ触れさせて私を見る。

「指って官能的だと思わない」
「そ、うですか?」
「だってさ。感じない? こうしてるだけで」

 反応を確かめるみたいに私の手のひらから指先までを、さするように撫でた。
 全身にブワッと電気が走ったみたいになって、私は叫びそうになる声をグッと我慢した。

「くすぐったいだけです!」

 強引に手を引いて視線を上げると、彼はおかしそうにクスクスと笑う。

「いいね、その反応」
「何をされたいんですか」
「陽毬の恋愛指数を確かめてみた」
「恋愛……指数?」

 仕事中は紳士的で優しげな瑞樹さんだけれど、なぜか私を前にすると別人のように意地悪な表情をする。

(お父さんに私を押し付けられて、迷惑してるのかな)

 この不安を証明するかのように、彼はさらに辛辣な言葉を口にした。

「陽毬は恋愛指数低め。甘いムードに弱い。この前のパーティーでも思ったけど、男に対する免疫がなさすぎる」
「免疫……確かに恋愛経験は少ないですけど」

(おまけに男運も悪いですけど)

「それが何かお仕事に影響ありますか?」

 ムキになって言い返すと、瑞樹さんは涼しげな顔のまま首を傾げる。

「それは陽毬次第かな」

 真面目な話なのか、からかっているのか。
 そのポーカーフェイスからは心の中を窺うことはできない。
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