5 / 9
5.悪役令嬢は入学試験前日に圧を掛けられる
しおりを挟むどれだけ眠っただろうか、次に目覚めた頃には日も高くなっていた。
「うーん……」
ベッドの上で大きく伸びをしながら、十分に眠ったにもかかわらずまだどこか眠たげな目を擦る。
さすがにこれ以上寝る事はできない。そう思った私は体を起こしながら状況を整理する事にした。
「今って何時だ?12時にフィルマが昼食を持ってきてくれるって言ってたけど……」
いくら眠かったとはいえ、昼まで寝ていたなんて事は無いだろう。しかし油断はできない。人間どこまでも堕落できるものだから。休日の私は……いや、今はそんな事はどうでも良い。
とにかく、この部屋には時計の類がない。しかし扉の前に昼食のワゴンがあるか無いかで最低限今が12時より前なのか後なのかはわかる。
だから私は体を起こして扉のところまで行き、それをそっと開く。
「……あら、お嬢様?」
扉の前には運悪くフィルマがいた。
……ゲーム時代に散々デバフイベントを発生させた恨みを返すチャンスだったかも知れなかったが、残念ながらこの扉は私から見て内開き、つまり扉を開けるついでアッタクは不可能だった。
「あ、あぁフィルマじゃない」
「えぇ、そうです。……どうかいたしましたか?」
何か疑問に思うことがあるのだろう、フィルマは不思議そうな顔で私に尋ねた。
「いえ、ちょっと今が何時か聞きたいだけよ。……試験まであとどれくらいか気になっちゃってね」
「あぁ、そういうことでございましたか……先程私が広間で時計を見た時はまだ11時ぐらいでございましたわ。私ももう少しすれば昼食のご給仕がありますわね」
朝食が多分7時ぐらいだろうから、それを食べてから寝たという事は最低3時間は二度寝したというわけね。
……さすがにちょっと寝過ぎたかしら?
「そ、そうなの……分かったわありがとう」
「えぇ……あぁそうそう!」
フィルマが何か思い出したようだ。
「何かしら?」
「旦那様と奥様が夕食を一緒に取らないかと申しておいででしたわ。お嬢様は明日の試験がございますから、無理に一緒しなくても良いともおっしゃっておられましたが……どうされます?」
どっちでも良いわそんなモン……
いや、良くない。残念ながら私はテーブルマナーとは無縁なのだ。キュルケは公爵令嬢である以上、そういった事も完璧なのだろうが私は、清水今日子はその方面の教養は全く無い。
それなりのお嬢様校で育った私ではあるが、多少の身のこなしはともかく、本格派のテーブルマナーなどは全くもって専門外。
キュルケの記憶を引き継がなかった事がここでマイナスに働くとは、予想外ね……
「そ、そうね……私も試験に備えたいから、それは明日まで取っておきましょう。これから仕上げにかかりたいのよ」
嘘よ。
なーにが仕上げだ。あんな簡単な試験範囲を見て、今更何を勉強すると思っているのよ。
キュルケもキュルケよ。何を勘違いしたらあんな訳のわからない事が延々と書いてある本なんか開く事になるの?
と、い、う、か。
私は王立第一魔法学院に入る気なんかこれっぽっちも無いわよ。
学園の諸々のイベントのせいでどっちに転ぼうと破滅しか待っていないのなら、最初から入学しなければ良いだけのこと。ちゃっちゃと試験に落ちて、悠々自適の貴族の御令嬢ライフを楽しめば良いだけ。
あ~、こっちの世界だとモノホンの白馬の王子様が来てくれるのも夢じゃない!!
「そうですか。わかりました。旦那様と奥様にはそのようにお伝え申し上げますわ。お嬢様もあと少しですから、頑張ってくださいませ」
「えぇ、ありがとう」
「では私はこれで」
そう言って頭を下げたフィルマは、私の部屋から離れていった。多分さっき言っていた昼食の給仕の仕事があるのだろう。
そしてそれを見送った私は自室に戻り、暇潰しも兼ねて本棚に置いてあった面白そうな本を読む事にした。
□
「キュルケ。部屋におるか?」
ノックとともに男の声が聞こえた。これは……昨日のハゲ親父、つまり私/キュルケの父親の声だ。
「お、お父様!?」
「そうだ。ちょっと話がしたいのだが」
いや困る。今の私は夕食後のリラックスタイムも兼ねてベッドに寝転んでいる。きっと彼が考えているような、必死に勉強している娘の姿では当然無い。
「す、少しお待ちくださいませ!」
そう言いながら私は咄嗟に跳ね起きてベッドを綺麗にする。
「あぁ、待つとも」
良かった、どうやら娘の部屋に突撃してくるタイプのデリカシーの無い人間では無いようだ。
……できればその頭も世間体の良い状態にして欲しいのだが、無理な話か。
ヨーロッパの男性はハゲやすいというのをテレビか何かで見た気もする。多分。
それはそうと、この時間をチャンスに私は出しっぱなしだった本を戻し、勉強机の上を偽装する。
昨日のまま放っておいていた為、もしかしたら勉強していないのがバレるかもしれない。それを危惧して机の上にあった紙の順番を入れ替え、今開いてる本を閉じて別の本を開いてその上に重ねる。
ある程度偽装工作が済んだと判断した私は口を開いた。
「どうぞ、お父様」
「あぁ、入るぞ」
ハゲ親父はそう言って私の部屋に入ってくる。昨日ぶりだ。
「ふむ……対策はバッチリと言ったところかね」
偽装工作はどうやら効果を発揮したようだ。少なくとも私が1ミリも勉強していないのはバレていないみたい。
「えぇ、勿論ですわ」
「うむ。良いことじゃ。……お前を家から放逐するとなればワシも胸が痛む。だがどうやらその心配は無さそうじゃな」
……ん?
「はい……?」
今このハゲはなんて言った?
「うむ?どうした?」
何かとんでもなく不穏なワードが聞こえた気が……
「ほ、ほうちく……?」
恐る恐る口にした私だったけれど、ハゲ親父はそれが当然かのような顔をしている。
「当然じゃ。前にも話したろう?」
知らない。
どういう事よ。
そう思った私をみて、何を勘違いしたのかハゲ親父はそれみろとでも言いたげな顔をした。
「そうじゃ。我が誇り高きアレイドル公爵家から、王立第一魔法学院の入学試験に不合格になる者が出て良い訳がない。私も、私の父もそう言われて育ってきた」
……なんだ。
目の前のハゲ親父はどうやら学院の卒業生、つまりOBのようだ。こんな人間でも合格できるのならば、いくら私が魔法についてはほぼ素人のようなものでも落ちる心配はなさそうだ。
実際、今日の午後はそれなりに魔法について知った事もある。
そもそも私は破滅フラグ回避のために学院への入学そのものをナシにしようと思ったのだけど――
「だからキュルケよ。お前も必ず合格するのだ。さもなければワシはお前を……」
――合格しないと家から追い出されそうだ。
間違い無くこの世界は現代日本よりは治安が悪い。そんな世界で、15歳の生娘の私がホームレスになるとかたまったもんじゃない。
「その心配は必要ありませんわ。私は間違いなく彼の学園に合格して見せますわ。お父様のご心配なさるような事にはなりませんわ」
当然よ。
既にある程度の魔法についての知識はさっき読んだ本のおかげで頭に入っている。このぐらいの知識があれば、試験範囲が「魔法について」とかいう舐め腐った試験は容易に突破できるはず。
もう一つの「基礎数学」とかいうのも、前世の私の数学力で十分にカバーできるはず。いくら私が文系だからって、「基礎」って言うぐらいの数学ならば解けるはずよ。
あぁ~前世の知識サイコー!!
「うむ。信じておるぞキュルケよ」
それを最後にハゲ親父は部屋を出ていき、私は明日の事を考える。
「はぁ……結局入学しないといけなくなったんだから、どうにかこの破滅フラグを回避しないといけないわね……。クリスティーとの接触を避ける……は無理そうね」
フィルマの反応を見る限り、どうやら私とフィルマはクリスティーと少なからぬ因縁がありそうだ。クリスティーと関わらなければ私が地獄を見る事は無いと思ったのだけれど、それはどうやら叶わないみたい。
とにかく、予定が狂って学院への入学が必須となった私は、入学試験を突破できる前提で、どうやって目の前の破滅フラグを回避するのかを1人自室で模索するハメになった。
その前提が大いに間違えていたとも知らずに。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます
ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。
そして前世の私は…
ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。
とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。
髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は…
悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。
そしてこの髪の奥のお顔は…。。。
さぁ、お嬢様。
私のゴットハンドで世界を変えますよ?
**********************
『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。
続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。
前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!
転生侍女シリーズ第二弾です。
短編全4話で、投稿予約済みです。
よろしくお願いします。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる
花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
悪役令嬢?いま忙しいので後でやります
みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった!
しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢?
私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。
貢ぎモノ姫の宮廷生活 ~旅の途中、娼館に売られました~
菱沼あゆ
ファンタジー
旅の途中、盗賊にさらわれたアローナ。
娼館に売られるが、謎の男、アハトに買われ、王への貢ぎ物として王宮へ。
だが、美しきメディフィスの王、ジンはアローナを刺客ではないかと疑っていた――。
王様、王様っ。
私、ほんとは娼婦でも、刺客でもありませんーっ!
ひょんなことから若き王への貢ぎ物となったアローナの宮廷生活。
(小説家になろうにも掲載しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる