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全て忘れてしまえるものならば、
全て忘れてしまえるものならば、#01
しおりを挟む伊吹が意識を取り戻したのは、それから丸一日経った頃だった。真澄を抱く事以外何も考えられなくなって、いつ気を失ったのかも分からない。真澄は伊吹の隣で、まだ熱にうなされているのか、少し苦しそうにしながらも寝息を立てている。正直、匂いはまだきつい。布団の脇に書置きを残して、伊吹は真澄の部屋を後にする。
風呂に入って、ぶり返して来た熱を無理やり沈め、ルイスからもらった薬を多めに飲み、背中の傷をなんとか自力で手当てする。ひと眠りしてから、食事の用意をして真澄の部屋へ行く。けれど、中には入らない。
「まーちゃん、起きてるよな。俺は、中は入れないけど、飯食えそうなら食って。まーちゃんのそれ終わったら、ちゃんと話しよ」
「……うん。分かった」
やつれたような、弱弱しい返事が扉越しに返って来る。
「一応言っとくけど、俺別に怒ってもねーし、まーちゃんのお願い。嬉しかったから。でも今、これ以上は出来ね―ってだけだから、間違っても変な気起こすなよ」
「う、うん……」
真澄の事だ。伊吹が部屋を去った事を、書置きを残したくらいじゃ悪いように捉えかねない。書置きには、今しがた伊吹が真澄に伝えたように、発情期が終わるまで真澄の部屋には入らない。というものだったが、あの真澄の事だ。このくらい念を押しておかなければ。
それから数日後、真澄の発情期が終わる頃を見計らって、伊吹はあの〝しののめ屋〟に足を運んだのだった――。
真澄の発情期が終わって数日後。
「まーちゃん、昼食ったら出掛けるから、準備しといて」
「う、うん……分かった。で、でも……そろそろ創くんに怒られないかな……。伊吹くん、また創くんに許可取ってないでしょ?」
それなりの期間を伊吹と過ごして来たからだろうか。最近の真澄は、こうして伊吹を窘めたりするまでに、本来の性格を取り戻しているようだった。
「……アイツは、絶対許可を出さねーよ。出すつもりなんか、最初から無かったんだ。そんで、俺がボロ出すのを待って俺諸共、一色家を潰そうって考えてる。俺や一色家がなくなれば、まーちゃん使ってまた金稼ごうとしてる。まーちゃん、アンタも気付いてるだろ」
「…………」
真澄は何も答えない。そんな真澄に、伊吹は更に言葉を続ける。
「多分……もうすぐ周防創は、俺を殺しに来るよ。それは今日かもしんねーし、明日かもしんね―。そんで、俺はきっと周防創を殺すよ」
「……っ」
本当は気付いていた。いつかそうなる日が来てしまう事に。その未来を想像したくなくて、ずっと目を背けていた。創と和解出来る日が来ると、そんな未来があると信じたかった。
創が真澄にしてきた事は、真澄にとって辛い事ばかりだったけれど、創がそうなってしまった原因は自分だと思っていたから。『まーちゃんは悪くない』伊吹に散々言われた言葉だ。今はまだ、この言葉を素直に受け止める事は出来ないけれど、このままでいいはずもない。どこかで終わらせなければならない。
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