転移は猟銃と共に〜狩りガールの異世界散歩

柴田 沙夢

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異世界で生きるために

5.異世界初狩猟

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生温い風が頬を撫でる。
若干の蒸し暑さと、青臭い草の匂いを感じ、目を開く。

目線の先が平坦。二、三度瞬きをしたところで、地べたにうつ伏せに転がっていることに気がつく。
背負ったままのバックパックと猟銃が、凄い圧迫感で、自己主張してきた。


「・・・重っ」


とりあえず起き上がろうとしてみるが、バックパックの上から何かに押さえつけられているようで、身動きが取れない。
横を向くと、至近距離に糸目があった。

どうやら、隣で同じ様にうつ伏せで倒れているカン君の腕が、背中にのしかかっている模様。
気絶してるから脱力しちゃってるし、身体をあげようとしても私の背中の荷物の幅の所為で、彼の腕が肩関節でロックされるから持ち上がらず。
結果、身動きが取れなかったようだ。


「カンくーん、起きれー」


頬をプニプニとつついてみる。
おぉ、意外に柔らかい。若い子の肌は違うね。
しばらくつついてみたものの、眉間に皺が寄るだけで、目覚める気配が無い。
ちょっとイラッとしてきたので、頬を摘んでみた。


「起きれーー。」


薄っすらと目が開き、瞬きをする。
寝ぼけているようで、反応が鈍い。


「腕よけれー。重いー。」


頬を引っ張ったまま、不機嫌な声をだしてみた。
すると、糸目が見開かれ、ガバッと起き上がった。


「・・・・・・スンマセン。」

「まったくだ。」


漸く身体を起こして、猟銃の銃身を折ると、そっと地面に置き、背中の荷物を下ろす。
どのくらいの時間、倒れていたのか。
身体がギシギシ言っている感じがする。座ったまま肩や首を回す。
日が高く、周囲は明るい。


「・・・あれ?」


取り囲む緑の色が違う気がして、辺りを見回す。

置いていた車が見当たらない。
おじさん達の声も気配も感じられない。

見覚えのない木々、北の大地の植生ではない。明らかに先程までいた、沢への入口と違う。
生温い風が、通り抜けていく。


「・・・・・・ここ、どこ?」

「・・・どこ、でしょうか。」

「・・・少なくとも、ウチの町内の森じゃないよねぇ。」

「・・・ですね。」


キョロキョロと周囲を見ていると、ふとカン君と目が合う。
じぃ、とこちらを見たまま、しきりに瞬きをしている。


「・・・なした?」

「佐伯さん、ですよね?」

「何?急に。」


彼は、ジリジリと近寄りながら、意味不明な事を言う。


「なんか・・・若くなってないっスか?」

「はぇ?」


予想だにしない物言いに、しばし時が止まった。
彼はその間に目の前30cmぐらいまで距離をつめ、ジッと顔を見つめてきた。


「やっぱり、若い気がする。」

「んな、アホな。」


アラサー馬鹿にしとんのか?
イラッとしながら、ベストのポケットからスマホを取り出し、カメラを起動して自撮り画面にする。


「・・・は?」


そこに映っていたのは、20歳頃の自分の顔。
寝不足ぎみの目の下の隈も薄く、顎下ラインがシャープ。


「確かに若い・・・かも。」


どうしてこうなった?

画面を見たまま固まる私の横で、カン君が口を開く。
 

「これって・・・異世界転移、ってヤツですか、ね。」

「あはは・・・まさか、ねぇ。」


もしかしたら、と思っていたけど、どこか否定したくて口に出さなかった。


『異世界』


改めて口に出されて認識する事で、本当になってしまうような、得も言われぬ不安がのしかかる。

田舎への引っ越しとはワケが違う。

安全が分かっている日本の中で、目的があって、住む事を自分で選んだものと。
事前情報も、常識も、何もかにもが分からない、意味不明な転移と。

同じに考えられる、訳がない。

思わず、カン君の顔を見る。
彼は苦笑いしながらも、どこか不安げな様子を見せた。
とりあえずこの理不尽を乗り切らなきゃならんかな。


「・・・まずは、現状確認、かな。」


ギギャァァァ・・!!

呟いた私の思考が、不吉な鳴き声に遮られる。
バッと振り返ると、獣道の先・・・目視100m先に、こちらを見ている四本足の獣が見えた。


「・・・鹿?」


にしては、明らかにデカイ。
背筋が寒くなる感覚を覚え、地面に置いていた猟銃を引き寄せる。
顔は獣側に向けつつ、弾を込められるように静かに銃を持ち直した。

鹿のフォルムなのに、明らかに鹿のソレとは違う。
頭の真ん中に赤い角が一本。


「・・・マジか。」


やっぱり、此処は異世界なんだ。

背中の寒気が止まらない。
アイツが向かって来なければ良いけど。

もし、向かってきたら?

武器になるものは?
ナイフはカバンの中。
火をおこしてもいない。
カン君は丸腰。

身を守るものは、今手の中にある相棒しかない。


・・・私がやるしかないよね。


鼓動が速くなる。耳の中で鳴ってるかのように、ドクドクと煩い。心臓が口から出そうだ。
そっと、手探りで相棒にスラッグ弾を2発込め、ゆっくりと片膝をついた姿勢を取った。

来なければよし。
来るようなら、撃つ。

鹿モドキがこちらに体躯を向けてきた。

頼む。来んな。こっち見んな。

その時、ザッと目の前に影が落ちた。
目の前に脚が見える。
顔を上げると、カン君が盾になるように、私の目の前に立ちはだかっている。

それを見た鹿モドキが、体勢を変えた。


・・・これが、私の異世界初狩猟の合図だった。

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