転移は猟銃と共に〜狩りガールの異世界散歩

柴田 沙夢

文字の大きさ
上 下
6 / 393
異世界で生きるために

5.異世界初狩猟

しおりを挟む

生温い風が頬を撫でる。
若干の蒸し暑さと、青臭い草の匂いを感じ、目を開く。

目線の先が平坦。二、三度瞬きをしたところで、地べたにうつ伏せに転がっていることに気がつく。
背負ったままのバックパックと猟銃が、凄い圧迫感で、自己主張してきた。


「・・・重っ」


とりあえず起き上がろうとしてみるが、バックパックの上から何かに押さえつけられているようで、身動きが取れない。
横を向くと、至近距離に糸目があった。

どうやら、隣で同じ様にうつ伏せで倒れているカン君の腕が、背中にのしかかっている模様。
気絶してるから脱力しちゃってるし、身体をあげようとしても私の背中の荷物の幅の所為で、彼の腕が肩関節でロックされるから持ち上がらず。
結果、身動きが取れなかったようだ。


「カンくーん、起きれー」


頬をプニプニとつついてみる。
おぉ、意外に柔らかい。若い子の肌は違うね。
しばらくつついてみたものの、眉間に皺が寄るだけで、目覚める気配が無い。
ちょっとイラッとしてきたので、頬を摘んでみた。


「起きれーー。」


薄っすらと目が開き、瞬きをする。
寝ぼけているようで、反応が鈍い。


「腕よけれー。重いー。」


頬を引っ張ったまま、不機嫌な声をだしてみた。
すると、糸目が見開かれ、ガバッと起き上がった。


「・・・・・・スンマセン。」

「まったくだ。」


漸く身体を起こして、猟銃の銃身を折ると、そっと地面に置き、背中の荷物を下ろす。
どのくらいの時間、倒れていたのか。
身体がギシギシ言っている感じがする。座ったまま肩や首を回す。
日が高く、周囲は明るい。


「・・・あれ?」


取り囲む緑の色が違う気がして、辺りを見回す。

置いていた車が見当たらない。
おじさん達の声も気配も感じられない。

見覚えのない木々、北の大地の植生ではない。明らかに先程までいた、沢への入口と違う。
生温い風が、通り抜けていく。


「・・・・・・ここ、どこ?」

「・・・どこ、でしょうか。」

「・・・少なくとも、ウチの町内の森じゃないよねぇ。」

「・・・ですね。」


キョロキョロと周囲を見ていると、ふとカン君と目が合う。
じぃ、とこちらを見たまま、しきりに瞬きをしている。


「・・・なした?」

「佐伯さん、ですよね?」

「何?急に。」


彼は、ジリジリと近寄りながら、意味不明な事を言う。


「なんか・・・若くなってないっスか?」

「はぇ?」


予想だにしない物言いに、しばし時が止まった。
彼はその間に目の前30cmぐらいまで距離をつめ、ジッと顔を見つめてきた。


「やっぱり、若い気がする。」

「んな、アホな。」


アラサー馬鹿にしとんのか?
イラッとしながら、ベストのポケットからスマホを取り出し、カメラを起動して自撮り画面にする。


「・・・は?」


そこに映っていたのは、20歳頃の自分の顔。
寝不足ぎみの目の下の隈も薄く、顎下ラインがシャープ。


「確かに若い・・・かも。」


どうしてこうなった?

画面を見たまま固まる私の横で、カン君が口を開く。
 

「これって・・・異世界転移、ってヤツですか、ね。」

「あはは・・・まさか、ねぇ。」


もしかしたら、と思っていたけど、どこか否定したくて口に出さなかった。


『異世界』


改めて口に出されて認識する事で、本当になってしまうような、得も言われぬ不安がのしかかる。

田舎への引っ越しとはワケが違う。

安全が分かっている日本の中で、目的があって、住む事を自分で選んだものと。
事前情報も、常識も、何もかにもが分からない、意味不明な転移と。

同じに考えられる、訳がない。

思わず、カン君の顔を見る。
彼は苦笑いしながらも、どこか不安げな様子を見せた。
とりあえずこの理不尽を乗り切らなきゃならんかな。


「・・・まずは、現状確認、かな。」


ギギャァァァ・・!!

呟いた私の思考が、不吉な鳴き声に遮られる。
バッと振り返ると、獣道の先・・・目視100m先に、こちらを見ている四本足の獣が見えた。


「・・・鹿?」


にしては、明らかにデカイ。
背筋が寒くなる感覚を覚え、地面に置いていた猟銃を引き寄せる。
顔は獣側に向けつつ、弾を込められるように静かに銃を持ち直した。

鹿のフォルムなのに、明らかに鹿のソレとは違う。
頭の真ん中に赤い角が一本。


「・・・マジか。」


やっぱり、此処は異世界なんだ。

背中の寒気が止まらない。
アイツが向かって来なければ良いけど。

もし、向かってきたら?

武器になるものは?
ナイフはカバンの中。
火をおこしてもいない。
カン君は丸腰。

身を守るものは、今手の中にある相棒しかない。


・・・私がやるしかないよね。


鼓動が速くなる。耳の中で鳴ってるかのように、ドクドクと煩い。心臓が口から出そうだ。
そっと、手探りで相棒にスラッグ弾を2発込め、ゆっくりと片膝をついた姿勢を取った。

来なければよし。
来るようなら、撃つ。

鹿モドキがこちらに体躯を向けてきた。

頼む。来んな。こっち見んな。

その時、ザッと目の前に影が落ちた。
目の前に脚が見える。
顔を上げると、カン君が盾になるように、私の目の前に立ちはだかっている。

それを見た鹿モドキが、体勢を変えた。


・・・これが、私の異世界初狩猟の合図だった。

しおりを挟む
感想 580

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

処理中です...