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狩りガールの日常
1.狩りガールの日常
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『……これにて、第○○回定期総会を終了いたします。皆さまお疲れ様でした。なお懇親会は19時よりスナックCome onにて行います……』
日中の仕事がバタバタした上、今日は組合定期総会。頼まれていた議長の役目が終了し、ほっと一息つく。
「オガ、お疲れさん。懇親会は行くよな?」
「もちのロンでございますよー。明日があるから遅くまでは居れないけどねー」
同期の今中に声をかけられ、帰り支度をしながら応える。
明日の朝は早いのだが、ちょっと飲みたい気分です。
「そーか、じゃぁまっすぐ行くべ?」
「うん。着替えに帰るのめんどくさいしね。」
私は手早く支度を終えると、先に歩き出した今中の後を追うのだった。
***
佐伯鈴、34歳。
大卒Iターンで、県庁所在地まで4時間以上かかる、人口3,000人の片田舎の町役場に勤めて、かれこれ干支が一周しました。
何だかんだで、住めば都。
農林水産係、商工観光係と経済畑にいたのですが。4月から、戸籍係に異動。
半年が、経過したものの……
「なーんかそっち、午後から楽しいことになってたみたいだな?」
懇親会会場、隣に座ってニヤニヤと悪い顔しながら、今中が聞いてくる。
窓口で大騒ぎするお客様が居れば、即座に主要部署で情報共有されてしまう、田舎クオリティ。
守秘義務はあれど、空気で状況理解がなされてしまう。田舎役場とは、中々に不思議空間だ。
「あははー。中々にメンド…勉強になる案件だったよー」
ため息つきながら、苦笑いで応える。
大都市の戸籍ならよくあるのかもしれないが、再婚離婚に未認知etc.がかけ合わさった事例は、田舎では数年、ヘタすりゃ数十年に1回のレベル。
それが異動後この半年で数件乱立。
係人員2名。察してくれ。
30代はお肌が曲がり角なんだよ。元々隈持ちだけど、悪化してんだよ。
「異動の途端だもんなー。お前、やっぱり持ってるなーwww」
「うっさいなー。住宅案件絡むかもしれないぞー。笑ってられんのも今のうちだ。」
「げ、それはカンベン」
元来の目つきの悪さに、更なるジト目で今中を睨み反撃すると、奴は顔をひきつらせる。
公営住宅はオマエの管轄じゃ。せいぜい滞納にならんように頑張れや。と心の中で毒づく。
・・・とは言え、私の異動先で今までに無い案件が降って湧くのはよくあることで。
トラブルが寄ってくる体質と言われている。役場には時々居るんだよね、このタイプ。
まさか、自分がなるとは思わんかったけどさ。
「しかし、オガ。経験値が加速度上げて貯まるなあ、お前。」
「うぅ……レアキャラはお腹いっぱいだよぉ…。はぐれたメタルなら逃げてってくれよぅ。」
はぁ、とため息つきながら、日本酒を煽る。先輩の差し入れの小林酒造のまる田、やっぱり美味い。
「でもまぁ、この後福祉の皆さんが頑張ることになるんだろうから。あっちの方が大変だよー」
「確かに。目が死んでるよ。あいつら。」
つい、と、テーブルの一角に目をやると、福祉係職員や保健師さん達が頭を寄せ合ってため息をついてるのが見えた。
うん。どこも大変だ。
思わず、生暖かい目で見つめてしまう。
そして、私は福祉に移動されてはいけない。私が行ったら、きっとお一人だった方とか、身元不明さんとか、発見しちゃうんだ。
・・・そいつはお断りだよ。
「あー。旅に出たいわー」
「現実逃避かよ。」
「夢ぐらい見せろや・・・河童温泉行きたぃなぁ。」
軽口を叩きながら、ふと逆隣を見ると、ウーロンハイを握りしめ、寝てるのか起きてるのか分からない糸目で、ぼーっとしているノッポくんがいる。
「おーい、カン君、生きてるかー?」
「………はぃ。」
目の前でヒラヒラ手を振ると、糸目がちょっと開き、視線が合う。
神凪葵。今年入った総務課広報係配属の24歳、だったか。何せデカイ。身長185cm以上あるらしい。
課が違うと、あまり接点はないものだが、互助会や組合の飲み会の出席率は良いので、出くわすことも多々。
愛想ない感じもあるが、あまり酒に強く無いのに出てくるだけめんこい。
そんな彼は、前髪で隠れがちな糸目を向け、無言で私を見つめている。
「神凪~、また課金ゲーか?それとも、声優追っかけかぁ?もっと別なのに費やせよ。」
後輩イジリする時の悪い顔で、今中が話す。
この無愛想糸目君は、某アイドル育成ゲームの大ファンらしい。推しメン声優さんイベントにも行っているらしい。以前飲み会で話に上がった時、口数が増えていた。
ボソボソと照れながら話していたケド、見た目ムッツリに見えちゃうんだよねぇ。損してるね。
この話をしたくらいから、彼の事は"カン君"と呼ぶようになった。他意はない。何となくだ。
「・・・今中、アンタがそれ言っちゃいけない。某MMORPGに費やした時間と金額はいくらだい?10年前、下界に降りて来なさすぎの、イベントのためって仕事早退していた奴が。」
「痛い所抉るな、オガ。俺に恨みがあるんか。仕事はしていたぞ、それなりに。」
「べーつにー。ユミちゃんに世話してもらって、再び下界に降りてこれて良かったね、ってツッコミ待ちかと。」
ホントに、20代の今中は廃神ゲーマーだった。
働くのはゲームやる為、といってはばからず。ギルドメンバーとオフ会するってんで、首都圏まで行ってたはずだ。
まぁ、ユミちゃん、、、奥さんと何やらあってから、下界に復帰して、適度なゲーマー生活を送ってる。
廃神から、人間に戻れて良かったねー、と茶化すのは何時もの流れ。
そんな軽口を叩いている私たちを、ジッと見ている糸目。
「神凪どしたー?」
「・・・佐伯さんって。」
今中の声かけに、ちょっと間があって糸目が口を開く。
「なに?」
「・・・何で、“オガ” なんスか?」
「・・・・・・あー。」
一瞬何を聞かれたか分からず、返事に窮する。
久々に聞かれたわー。そういや、新人だもね、キミ。
「私の旧姓が小川。だから同期や先輩達は昔からのアダ名で、そう呼んでる。」
「今更すぎる質問で、逆に新鮮な。」
笑う今中に、ビックリしたように糸目が開く。あ、白いとこ見えた。白目有るんだ。
「ご結婚、されてたん、ですね。」
「んー。正確にはしてた。かな。」
「・・・?」
「4年前に死別してんの。」
「・・・スンマセン。」
「なんも。気にせんで。これも今更な話だし。」
カン君は、なんとも言えない表情になり、糸目を垂れ下げシュンと俯く。
まぁ、いきなりこんな重い話聞いても、何も言えないわなぁ。
その様子を見ながら、努めて平坦な声で、ヒラヒラと上下に手を振った。
日中の仕事がバタバタした上、今日は組合定期総会。頼まれていた議長の役目が終了し、ほっと一息つく。
「オガ、お疲れさん。懇親会は行くよな?」
「もちのロンでございますよー。明日があるから遅くまでは居れないけどねー」
同期の今中に声をかけられ、帰り支度をしながら応える。
明日の朝は早いのだが、ちょっと飲みたい気分です。
「そーか、じゃぁまっすぐ行くべ?」
「うん。着替えに帰るのめんどくさいしね。」
私は手早く支度を終えると、先に歩き出した今中の後を追うのだった。
***
佐伯鈴、34歳。
大卒Iターンで、県庁所在地まで4時間以上かかる、人口3,000人の片田舎の町役場に勤めて、かれこれ干支が一周しました。
何だかんだで、住めば都。
農林水産係、商工観光係と経済畑にいたのですが。4月から、戸籍係に異動。
半年が、経過したものの……
「なーんかそっち、午後から楽しいことになってたみたいだな?」
懇親会会場、隣に座ってニヤニヤと悪い顔しながら、今中が聞いてくる。
窓口で大騒ぎするお客様が居れば、即座に主要部署で情報共有されてしまう、田舎クオリティ。
守秘義務はあれど、空気で状況理解がなされてしまう。田舎役場とは、中々に不思議空間だ。
「あははー。中々にメンド…勉強になる案件だったよー」
ため息つきながら、苦笑いで応える。
大都市の戸籍ならよくあるのかもしれないが、再婚離婚に未認知etc.がかけ合わさった事例は、田舎では数年、ヘタすりゃ数十年に1回のレベル。
それが異動後この半年で数件乱立。
係人員2名。察してくれ。
30代はお肌が曲がり角なんだよ。元々隈持ちだけど、悪化してんだよ。
「異動の途端だもんなー。お前、やっぱり持ってるなーwww」
「うっさいなー。住宅案件絡むかもしれないぞー。笑ってられんのも今のうちだ。」
「げ、それはカンベン」
元来の目つきの悪さに、更なるジト目で今中を睨み反撃すると、奴は顔をひきつらせる。
公営住宅はオマエの管轄じゃ。せいぜい滞納にならんように頑張れや。と心の中で毒づく。
・・・とは言え、私の異動先で今までに無い案件が降って湧くのはよくあることで。
トラブルが寄ってくる体質と言われている。役場には時々居るんだよね、このタイプ。
まさか、自分がなるとは思わんかったけどさ。
「しかし、オガ。経験値が加速度上げて貯まるなあ、お前。」
「うぅ……レアキャラはお腹いっぱいだよぉ…。はぐれたメタルなら逃げてってくれよぅ。」
はぁ、とため息つきながら、日本酒を煽る。先輩の差し入れの小林酒造のまる田、やっぱり美味い。
「でもまぁ、この後福祉の皆さんが頑張ることになるんだろうから。あっちの方が大変だよー」
「確かに。目が死んでるよ。あいつら。」
つい、と、テーブルの一角に目をやると、福祉係職員や保健師さん達が頭を寄せ合ってため息をついてるのが見えた。
うん。どこも大変だ。
思わず、生暖かい目で見つめてしまう。
そして、私は福祉に移動されてはいけない。私が行ったら、きっとお一人だった方とか、身元不明さんとか、発見しちゃうんだ。
・・・そいつはお断りだよ。
「あー。旅に出たいわー」
「現実逃避かよ。」
「夢ぐらい見せろや・・・河童温泉行きたぃなぁ。」
軽口を叩きながら、ふと逆隣を見ると、ウーロンハイを握りしめ、寝てるのか起きてるのか分からない糸目で、ぼーっとしているノッポくんがいる。
「おーい、カン君、生きてるかー?」
「………はぃ。」
目の前でヒラヒラ手を振ると、糸目がちょっと開き、視線が合う。
神凪葵。今年入った総務課広報係配属の24歳、だったか。何せデカイ。身長185cm以上あるらしい。
課が違うと、あまり接点はないものだが、互助会や組合の飲み会の出席率は良いので、出くわすことも多々。
愛想ない感じもあるが、あまり酒に強く無いのに出てくるだけめんこい。
そんな彼は、前髪で隠れがちな糸目を向け、無言で私を見つめている。
「神凪~、また課金ゲーか?それとも、声優追っかけかぁ?もっと別なのに費やせよ。」
後輩イジリする時の悪い顔で、今中が話す。
この無愛想糸目君は、某アイドル育成ゲームの大ファンらしい。推しメン声優さんイベントにも行っているらしい。以前飲み会で話に上がった時、口数が増えていた。
ボソボソと照れながら話していたケド、見た目ムッツリに見えちゃうんだよねぇ。損してるね。
この話をしたくらいから、彼の事は"カン君"と呼ぶようになった。他意はない。何となくだ。
「・・・今中、アンタがそれ言っちゃいけない。某MMORPGに費やした時間と金額はいくらだい?10年前、下界に降りて来なさすぎの、イベントのためって仕事早退していた奴が。」
「痛い所抉るな、オガ。俺に恨みがあるんか。仕事はしていたぞ、それなりに。」
「べーつにー。ユミちゃんに世話してもらって、再び下界に降りてこれて良かったね、ってツッコミ待ちかと。」
ホントに、20代の今中は廃神ゲーマーだった。
働くのはゲームやる為、といってはばからず。ギルドメンバーとオフ会するってんで、首都圏まで行ってたはずだ。
まぁ、ユミちゃん、、、奥さんと何やらあってから、下界に復帰して、適度なゲーマー生活を送ってる。
廃神から、人間に戻れて良かったねー、と茶化すのは何時もの流れ。
そんな軽口を叩いている私たちを、ジッと見ている糸目。
「神凪どしたー?」
「・・・佐伯さんって。」
今中の声かけに、ちょっと間があって糸目が口を開く。
「なに?」
「・・・何で、“オガ” なんスか?」
「・・・・・・あー。」
一瞬何を聞かれたか分からず、返事に窮する。
久々に聞かれたわー。そういや、新人だもね、キミ。
「私の旧姓が小川。だから同期や先輩達は昔からのアダ名で、そう呼んでる。」
「今更すぎる質問で、逆に新鮮な。」
笑う今中に、ビックリしたように糸目が開く。あ、白いとこ見えた。白目有るんだ。
「ご結婚、されてたん、ですね。」
「んー。正確にはしてた。かな。」
「・・・?」
「4年前に死別してんの。」
「・・・スンマセン。」
「なんも。気にせんで。これも今更な話だし。」
カン君は、なんとも言えない表情になり、糸目を垂れ下げシュンと俯く。
まぁ、いきなりこんな重い話聞いても、何も言えないわなぁ。
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