転移は猟銃と共に〜狩りガールの異世界散歩

柴田 沙夢

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『約束』の行方

335.『約束』の行方 其の五(カン視点)

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サビに促され、アーシャの後について入った先は、邸の2階にある書斎。
書斎の天井角に穴があり、梯子がかけられている。

窓からも見え難い位置。

アーシャが、その梯子をするすると登っていくと、その後をリンが追う。
自分の重量を考え、リンが登ってから登った方が良いという結論に達し、カンはその場で待っている。


ーーー しかし、まぁ。何の躊躇いもなく、薄暗い天井裏に突入していくんだよなぁ、あの人。
女性なら、埃っぽいとか、足場が不安定とか、嫌がりそうなもんだけど。
そんなんどこ吹く風で、雄々しく登ってくんだよ。まるで、梯子乗りみたいだ ーーー


ぼんやりとそんなことを思いながら、天井裏に消えていく、引き締まった臀部と華奢な細い脚を眺めていた。

するりと、薄暗い穴に吸い込まれていった脚を見送り、はた、と気がつく。



『・・・俺は、何考えてんだか。』



一瞬湧き上がった欲に、かぶりを振り、大きく息を吐くと、梯子に手をかけた。







薄暗い穴へと顔を覗かせると、ランプが揺らめく薄明かりの中、アーシャとリンが並んで、壁を見ている。

暗がりに目を慣らすように、ゆっくりと身体を進めながら視線の先を見ると、壁に立てかけてある大きなキャンバスが目に入った。

表情が抜け落ちた戦乙女ヴァルキリーの姿絵。
見る程に、胸が締め付けられる。

この顔には見覚えがあった。



『・・・あの時の、顔、だ。』



自分が師匠ファーマスに対抗して、盾役にしがみ付いて、酔っ払って、彼女にすがりついた、あの時の。



『ーーー君を、あの人のようには死なせない。元の世界に返すから。
だから、ゴメン。』



そう言って、無理矢理な泣き笑い顔になる前に・・・
『やめて』、と自分の告白を拒絶した時の、顔。

自分の周りの不幸の何もかもが、自分の所為で起きていると、繋がることを諦めていた時の顔、だ。


梯子を登り切るのを忘れ、愕然としていると、クルリと空気が動く。
は、と目を移すと、リンがその身を翻し、もう一枚の絵と対峙した所だった。

びくり、とその身を震わせて、彼女の動きが止まる。

カンは、リンの身体の先にある絵に視線を移す。



『・・・っ!?』

 

その先にあったのは、翡翠色の狼獣人が槍に貫かれている光景。
伸ばす手の先に、泣き叫ぶ戦乙女ヴァルキリー・・・

茫然とその様子を眺めていたら、アーシャが絵の説明を始めた。



「この2つ、『黒髪の戦乙女ヴァルキリー』シリーズの新作ね。こっちの獣人が殺されてる方が『ハガネ』。で、そっちの戦乙女ヴァルキリーオンリーが『砂漠の子守唄』、だってさ。・・・しかしまぁ、発表のタイミングが難しい作品だこと。」



淡々と説明するアーシャの横で、微動だにしないリン。
ふ、とまた、空気が動いた気がして、気配のある方を見遣る。



『なんで・・・』



視線の先には、作業していたはずのクロナが、アーシャとリンの方を向いていた。
お構いなしに、アーシャは説明を続ける。



「出すにしても、対で出さないとダメだろうなぁ。んでもって、完全にイリューンに喧嘩売るヤツだし。・・・発表禁止にならなきゃ良いけど。・・・なぁ、クロ、コレらもに運んでオッケーなのか?」

「ん?・・・あぁ。仕上げはあっちでやるから、頼む。」

「りょんかい。」



アーシャは、『砂漠の子守唄』と題された絵に、白い大布を被せに入る。


残されたリンは、絵の前から動かない。
いつもならアーシャを手伝うだろうに。



『!!』



見ると、リンの膝が震えている。
今にもその場に崩れ落ちそうで、その背が、とても危うく見えた。

慌てて屋根裏に登りきり。
背中を捉えて、抱き抱える。



「大丈夫、ですか?」



肩越しに見やったリンの顔は、青ざめている。それなのに、自分の声かけに気丈にも首肯する。
それでも、呼吸は浅く、鼓動も早い。過呼吸のような症状。



「リンさん・・・落ち着いて。ゆっくり吐いて、ゆっくり吸って・・・そう、大丈夫、だから。もっかい・・・吐いて・・・吸って・・・」



アーシャからも、クロナからも見えないように背後から抱き抱え、耳元に小声で声をかける。

少しずつ、リンの呼吸が落ち着いていった。



「・・・ごめん・・・ありがと。」



肩を抱きとめている自分の腕に手を添え、か細い声でお礼を唱えた彼女の姿が余りにも儚く見えて。
気がつかないうちに、消えてしまわないようにと力一杯抱き締めていた。

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