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袖振り合うも多生の縁
323.黒髪の戦乙女《ヴァルキリー》 其の五
しおりを挟む『絵の所為で、迷惑がかかるかもしれない』
あまりにあっさりと重大案件と思しき事を口にされ、心の準備もままならず目を見開き、息を飲んだ。
しかも、私名指しだし。
「【 完全遮音 】」
内心あわあわしていたら、ぱちり、と指を鳴らす音が響いた。
「・・・何か重い案件な気がするンで、勝手に遮音させて貰いました。お話どうぞ?」
「あ、あぁ・・・この部屋自体、遮音はされてるんだが・・・うん?かなり強硬だ。凄いもんだな。・・・気を遣わせてすまない。」
「リンさんに関わる事なんだったら、当然っス。んで、何スか?」
カン君に、目礼を返すクロナさん。
一見すると太々しそうに見えてしまう、残念な礼儀正しさ。
その角度に、やはり何処か懐かしさを感じた。
そして、仏頂面で、糸目をさらに細めるカン君。
うん、なんつーか、同類項だね。
「その前に確認したいんだが・・・アンタらは『黒髪の戦乙女』の話というのは、何処まで理解している?」
「話・・・ですか?」
首を傾げ、思わずカン君と目を合わせる。
カン君も同じように首を傾げていた。
ふむ。
その話を聞いたのは、確か、ニースの森の焼き討ち事件の事後処理の時だったような?
「えぇと・・・イリューンが由来のお伽話である事と、彼方の国ではそれが信仰対象だ、というくらいでしょうか?」
もう一度、カン君の顔を見て互いに頷く。
そして、私の逆隣にいるこーくんの顔を見た。
私らの情報はこの程度だけど、こーくんは違うだろうから。
目線を下に、眉間にしわを刻んだこーくんは、ぎゅ、と目を瞑ってから、深く息を吐き顔を上げて、クロナさんを見据えた。
「貴方の指す『話の理解』と言うのが、あの話の真実、ということなら・・・眉唾物かもしれないが・・・都市伝説的な噂は把握している。」
凄く苦々しい顔で口を開いたこーくんから紡がれたのは、幸せな結末のお伽話からは外れた話だった。
***
イリューンには元々、人間の国と妖精族の国と獣人族の国の3国が存在した。
400年程前に、大規模な魔獣暴走が発生。
各国が協力したが、収束させることができず、瀬戸際の戦いが繰り広げられた。
ある時、妖精族の国で起死回生の策が見つかる。
それが『召喚術』。
現状を打開するため、他2国に術を行使する事を打診。
ー 桑楡(そうゆ)の刻に、魔力と体力と知力を捧げよ さすれば道は開かれん ー
対価は捧げられる膨大な力。
魔力は妖精族より
体力は獣人族より
知力は人族より
その時の王族の中から選抜され、贄となった。
そうして召喚されたのは、長い黒髪の1人の人族の女性。
慈悲深き彼女は、理不尽な召喚を受け入れ、また、自分を召喚するために3人の命がなくなった事を憂いた。
彼女は召喚された際に、剣でも杖でも弓でも無い、不思議な武器を持っていた。
その武器を駆使し、妖精族、獣人族、人族から選ばれた強者達を伴に、魔獣を倒し。
妖精族を、獣人族を、そして人族を保護して回った。
いつしか、『黒髪の戦乙女』と呼ばれるようになり、人々は彼女の下に集うようになる。
彼女の姿に鼓舞された人々は、勇気を持って運命に抗い、戦った。
そして魔獣は数を減らし。
元凶となった強大な魔獣を討ち果たした。
平和になった大地において、次の争いになったのは、戦いの旗印となった女性の所有権。
妖精族は召喚術を発見した功績を主張。
人族は、女性の種族を主張した。
しかし、彼女は獣人族の、しかも王の側近である男性と結ばれる事を望んだ。
その男性は、伴として旅をした者であった。幾度となく女性の窮地を救い、心に寄り添い、打算なく支えてきた者だった。
女性は、彼を心から信頼していた。
男性も、彼女の事を愛していた。
それにより、獣人族が所有権を主張。
3国の争いは激化した。
しかし、女性は策略により人族の手の内に堕ち。
最終的に人族の国が勝ち、獣人族の国と妖精属の国は滅ぼされた。
そうして生まれたのが、現在のイリューン。
初代国王の妻・・・王妃となった黒髪の女性は、その状態を嘆き、晩年は1人神殿の奥深くで過ごした。
黒髪の女神が祀られる神殿にいる、滅多に人前には現れない神巫女。
その女性は黒髪であるとされる。
この世界には、黒髪は存在しない筈であるため、イリューンでは、定期的に黒髪の女性を召喚しているのではないかという噂が立っている。
***
「そして今、イリューンでは『黒髪』を探しているというのは聞いている。・・・15年程前にあの国に居たはずの『黒髪の巫女』の所在が不明だ、とも。それまで年1回だけは神殿行事に姿を見せていた筈の黒髪の巫女の姿が見られていない。表向きは魔獣の動きが活性化し、祈りを捧げるために、出られないとされているようだが・・・」
「うわ・・・」
想像していたよりもエグい話が飛び出してきて、私とカン君は絶句する。
こーくんの話を聞いていたクロナさんとサビさんは、顔を見合わせ、軽く頷いた。
「ねぇクロナ、キヨの言う通り、オレも彼らは大丈夫だと思う。話したら?」
「あぁ・・・そうだな。」
大きく息を吐いたクロナさんは、厳しい顔つきで私達を見た。
意を決して話し始めた内容は、こーくんの話よりも、もっとずっと凄惨な話だった。
「イリューンで繰り返し召喚が行われていたのは、本当の事。そして15年程前・・・正確には17年前だが。召喚されていた『黒髪の巫女』が居なくなったのも本当だ。」
「・・・何故、貴方はそれを知っている?」
訝し気に見つめるこーくんと視線を合わせたクロナさんは、ふ、と哀し気に微笑んだ。
「・・・彼女は、自ら命を絶って亡くなったからな・・・俺の目の前で。」
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