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袖振り合うも多生の縁
320.黒髪の戦乙女《ヴァルキリー》其の二
しおりを挟む『ーーーいつか、小川ばモデルにした絵描くから。その時には見にきてくれ、なーーー』
高校3年の時、それぞれ進路が決まって。
大切な友人に言われた言葉が、頭を過ぎる。
黒崎 流行
皆んなから黒流・・・《くろな》と呼ばれていた彼。
同じクラスになって、音楽の趣味が一緒で仲良くなって。
違うクラスになっても、よく話をしていた。
そんな彼は、美術部に属し、創作活動に勤しんでいた。
私が走りこむグラウンドは、彼のいる美術室に面していて。外をぼんやり眺める彼をよく見かけた。
陸上部の練習が終わり帰る頃、まだ美術室の明かりはついていて。
1人創作にふける彼の背中があった。
彼の絵は、写実的で、ファンタジー要素に溢れていて、光の加減がとても柔らかく、温い感じがして、私はとても好きだった。
*
私を題材にする ーーー 進学校には珍しく、芸大に行くことを決めた彼と、話をしていた時に言われた台詞。
うん、と頷いた私に、『約束、な』って。
お人好しなのに仏頂面だから、怒ってるって誤解されやすい顔が、嬉しそうに笑ったのが印象的だった。
私は北の大地で。
彼は首都圏で。
それぞれの生活を始めた。
最初のうちは、メールもよくやり取りしていた。
だけれど、1年過ぎた頃から、音信も途絶えがちになって。
そのうちに消息不明になった。
漠然とこの関係が続くと思っていたから、何となく、モヤモヤとした喪失感があって。
どうにもできない感情を持て余していた。
そんな時、久しぶりに会った女友達にどうしていたのか聞かれ、連絡がつかなくなったことをポツリと漏らしてしまった。
「別れ話?」と言われ、首を傾げたら、「アンタら、アレで付き合ってなかったんか。」って呆れたように言われた時に、この喪失感が何だったのか、遅まきながら、理解したのだと思う。
ーーー初恋が、成就せずに終わったのだ、と。
想いを伝えることのないままに、手から零れ落ちたのだ、と。
そして、私が就職した年。
風の噂で、彼は白血病で亡くなっていたのだと聞いた。
彼の実家も知らない。
だから、遠くの空から悼むしかできなくて。
誰にも言えないまま、心の澱として溜まっていた。
*
「んもぅ、またその話?で、結局、いつ、誰とした約束かも教えてくれないから、妬いちゃうんだよなぁ。」
ぷぅ、と片頬を膨らませたキヨサネさんの言葉に、はっと意識が戻った。
「リンさん?大丈夫ですか?」
「ん・・・だい、じょぶ。」
覗き込むようにして私と視線を合わせたカン君に、へらり、と笑みをかえす。
「なぁ、『黒髪の戦乙女』のシリーズって言っていたが、見られるのか?」
グラハムさんが興味津々と言った様子で、キヨサネさんへと話を振る。
キヨサネさんも、にこり、と綺麗な笑みを浮かべて対応した。
「えぇ。見られますよ?『黒髪の戦乙女』以外もいくつか展示してます。『戦乙女』シリーズだけは売れませんが、他は交渉可能です。」
「それは、話が早い。」
グラハムさんも、キヨサネさんも、すっかり商売人の顔に変わった。
そして私達3人も、そのままついて行くことになった。
当のクロナさんは、用事があると言って、夕食の時間を確認すると、サビさんと宿を出て行った。
*
小会議室と呼ぶにはちょっと広めな部屋。そこに、十数点の小さめな作品と先程の第1作と同じ大きさの絵が3枚飾られている。
破壊された灰色の街、おびただしいまでの人間や動物、そして精霊と思しき生物が倒れている中、一筋の赤い涙を流す金糸雀色の髪の女性がこちらを見据える・・・『強き運命』
暗闇に浮かぶ月に手を伸ばし、何かに懇願する女性。その髪色は金糸雀色から黒く変わっていく・・・『月に叫ぶ夜』
禍々しい強大な敵を前に、杖とも違う細長い武器を掲げ、光に包まれる女性の姿・・・『光の中で』
そこにいる女性の姿は、思いあがる訳ではないが、私の姿。
強いて言えば、高校2年生頃の私の顔、だ。
そして、女性の服は、私達がファルコ領の衣装屋『銀糸の館』で作って貰った、なんちゃって和装に似ている。
彼は、黒崎君、なのだろうか。
こーくんが此方に居るのと同じで、彼もまた、転生していたというのだろうか。
『でも・・・』
馬車の中で、設定話を持ち出してしまった今、私から確認する術はない。
いや・・・確認したからって何になるだろうか。
彼氏、彼女の関係でもなかった訳で。
既に新しい生活を送っている彼に、私の存在を告げることは、かえって負担をかけてしまうような気がした。
それに・・・彼の事を昇華できぬまま、こーくんに請われるがまま付き合って。
長く待たせて、結婚した。
そして、こーくんの事が本当に大事だと気づいた時には・・・彼は・・・
そうやって・・・私は・・・
『同じ事を、繰り返していたんだ・・・』
自己嫌悪で、胸が苦しくなる。
視界がくらりと揺れた気がして、ぎゅ、と目を瞑る。
ぐ、と握った掌の中で、ちゃり、と音が鳴った。
知らず知らずのうちに、ドッグタグを強く握りしめていたようだ。
その手を上からそっと握られる。
思わず見上げると、こーくんが困り顔で此方を見ていた。
「リン、顔色が悪いよ?ごはんまで、一刻ちょっとあるから、部屋で休んどく?」
「・・・うん、そうする。・・・あ、キヨサネさん、私少し休ませていただきますので、失礼します。」
「あぁ、話に夢中になってしまいました。ごめんなさい。チェックインは問題ないから、今案内させますね。」
キヨサネさんが軽く手をあげると、部屋の入り口付近にいた従業員が動いた。
「付いてく?」
「ううん。大丈夫。・・・ごはんになったら、起こして?」
「ん。分かったよ。」
こーくんは手を握ったまま、自分の頬を私のこめかみに擦り付けてから、頬に唇を寄せた。
いつもなら抵抗するのに、されるがままの私を心配そうに見つめた後、そばに来た従業員に私を託す。
従業員の後に付いて、部屋に入ると、ロイヤルスイートばりのゴージャス加減にビビる。
一通りの部屋の説明後従業員が退室すると、主賓室じゃなくて、ゲストルームのベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。
考えなきゃいけない事がいっぱいあるはずなのに、頭が働かない。
何も考えられない頭のまま、いつの間にか私の瞼は落ちていってしまっていた。
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