転移は猟銃と共に〜狩りガールの異世界散歩

柴田 沙夢

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モースバーグ国横断、1/3の夢旅人

294.1/3の夢旅人 其の五

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※ 前半、胸糞な話です。
※ 後半、オッサンが激甘です。ご注意。

**************




・・・血濡れている自分は、女性弱者に恐怖を与えてしまう存在だ、と理解していた師匠ファーマスさんは、結婚する事なんて考えてもいなかった。
なのに、王命として、国は平民だった彼に男爵位を与え、妻をあてがった。彼の威圧に耐えられるような美人を無理やり探し出して。

彼はその責任感から、妻となった人を大事にしようと頑張ったそうだ。
しかし、元奥様は、彼の稼ぎと地位だけが目当てだった。
多大なまでの国への貢献で手に入れた、法外なまでの彼の稼ぎで贅沢をし。
夜会に彼を伴って行っては、望まぬ結婚を強いられた悲劇の令嬢として男性貴族達の同情を誘い。最初から違う男性貴族パートナーとダンスを踊る、という事を毎回していたのだと。

国としては、平民人気を取りたいが為に、彼を騎士団の重要ポストに就かせようとしたらしいけど、やっかむ貴族達の妨害から、実現せず。
元奥様も、彼の騎士団内での地位が上がらない事にやきもきし出し、チクチクと嫌味を言うようになっていった。

全てに嫌気が差した彼は、自分が何とかできる範囲で騎士団内部を整理し鍛え上げた。
その上で、冒険者への転身を決めた際、離婚騒動となり。
賠償金だと、お邸や宝飾類なんか一切合切を持っていかれた。
この世界での平均的な領内運営費の3年分くらいは余裕であった彼の貯蓄は、3年間の彼女との結婚生活で、ほぼ底をついていたらしい。
だから彼は、裸一貫で冒険者活動を始めたのだと。

冒険者になってから接触なんてしてこなかったくせに。
彼がA級ライセンスになった途端に、またハイエナのように金銭を要求するようになった、と。

ライセンスをB級に落とす際、手切れ金として結構な額を用意し、彼女に渡したのだそう。その際に王都ギルドで面会をした、と。
そして、ロイドさんが付き添う目の前で、元奥様は彼に言い放った。

『これっぽっち・・・?ホント使えない。私に尽くせない貴方なんか、のたれ死ねば良いのよ。』


・・・そんな話を聞かされていたから。
彼が自分を卑下しすぎている事が私にはわかった。

彼は、自嘲するような薄笑いを浮かべて、呟くように語る。



「・・・俺みたいな、戦場でしか生きる価値のない人間、『英雄』なんぞ言われたって・・・所詮は人殺しだ。様々な業や念を喰らった俺の魔力は、どうしたって怨念が篭る。忌避されて当然なんだよ。」

「そんな事ない!」



思わず声を荒げた私に、彼は目を丸くする。
頬に当てていた手に、思わず力が入る。



「女性みんなが、貴方を嫌ってるわけじゃないべさ!少なくとも、ニースの森の小母さま達や、商業ギルドのレインさんに、冒険者ギルドのエミリオさん、『陽だまり亭』のミーナちゃんは、ファーマスさんの事、嫌がってなんかいないしょ?みんな、貴方が優しくて頼り甲斐がある事を知ってる。信頼に足る事を知ってる。私だって、その強さや生き方に教えられて、助けられてここまでやってこれた。だから・・・だから、生きる為に身を削って、頑張って手に入れてきた力に、そんな事言わんでよ!!」

「・・・ありがとうな。」



ふ、と口元が緩み、哀しげに揺れていた双眸に光が宿る。
私の手に重ねていた彼の手に、ぐ、と力が込められた。



「お前はそうやって、人の為に怒ってくれる。だから俺は・・・お前に会えて、嬉しかったんだ。ニースの森で頭を撫でた時に、怖がる事も拒否する事なく、むしろ照れた反応をされたのが新鮮でなぁ。その後も、お前は修行だって、屈託無く飛び込んできて。しかも、俺みたいな容姿が好みだなんて、アホな事言い出すんだから。最初は信じられなさすぎたけどよ・・・そんなんだから、惹かれて当然だろ?」



細められた双眸には、先程までの哀しい色はなくて。優しい色で私を見下ろしている。



「知らん世界で、後輩を守るためだけに、精一杯突っ張って。なのに、呪いのせいだって、1人で生きていこうとして。真面目で、不器用で、他人思いで、よ。他人の為に自分が傷つくことを厭わない・・・そんなんだから、俺は初めて、コイツを護りたいって、心から思えたんだ。」



自分の頬から私の手を優しく引き離し、そのまま体を引き寄せ。
そっと額に唇が寄せられた。
そして、また、腕の中に囲われる。



「・・・お前自身は、この後、コウやカンと、もっと絆を深めるだろう。それに、お前の『心残り』が無くなった時に、どうなるかも分からん。でも、な?俺はもう、お前のモンだから。押し付けになるが、俺の愛も想いの全ても、お前と伴にある。離れても、それを時々思い出してくれ。」

「それって・・・」



【迷い人】である私は、いつ戻るかも分からない身。
一妻多夫だなんて言っても、あっちに戻されれば、強制的にファーマスさんとも、こーくんとも離れてしまう。
それなのに、この人は私を愛すると言うのか?

すん・・・と鼻の奥が熱くなる。



「・・・また、小難しく考えているな?単純でいいんだ。俺たちは繋がれる程に相性が良い。俺は色々あったから・・・もう、お前以上の相手は見つけられないと、本能で判るから。でも、な?それは俺の事情。お前はこの後、色々といっぱい経験して判断してくれ?俺はあくまで、お前が帰る場所の選択肢の一つだ。それを気に病む必要はない。俺が勝手に愛して用意しているだけだから。」

「そんなの・・・狡い、です。」



・・・ずるい。
そんな言い方。

そんな大人な物言いされたら、逆にずっと、引っかかってしまうじゃないか。



「あぁ、俺は狡い大人だよ。本当はお前の一番で在りたい。でもな、多分・・・お前が選ぶのは俺じゃない。だったら、物分かりが良いフリをするしかない。そうすれば、お前は罪悪感から、俺を忘れられなくなる、だろ?」

「ひど、い・・・ですよ。」



だって、図星だ。

多分、私は彼を、一番には選べない。
キャラ的に好みが過ぎるけど、それはファン的なもので。
この世界で不確定な存在の私が、この世界で生き続ける彼を選ぶことはできないという、そんな直感的な言い訳にすぎない。
・・・だからといって、こーくんやカン君を選べるわけでもなくて。

ひどい、は、八つ当たりだ。
気持ちを明確化できていない、優柔不断な自分自身に対しての苛立ちを、彼にぶつけただけだ。

そんな自分が腹立たしくて、思わず唇を噛み締める。

くす、と笑う声が漏れ、噛み締めた唇の上を、太い親指がなぞっていく。



「また・・・お前は、自分の所為にしてるだろ。」

「して・・・ない、です。」

「なぁリン、悪いのは俺だ。愛を押し付けて、お前を困惑させてる。だから、お前はもう少し、ただ愛される事に慣れろ。いいか、こっちにいる間は、俺の名前も栄光も好きに使え。・・・の旅路が健やかであるよう、祈っているから。」



込み上げてくる思いで視界が歪む。
そんな私をもう一度強く抱きしめ、つむじに唇を落とすと、そのまま私を抱え上げた。
俗に言う、姫抱っこ。



「ちょっ!なっ!?下ろしてっ!」

「嫌だ。しばらく会えねぇんだから、部屋にくらい運ばせろ。」

「やっ!何その甘いの要らんって!」

「あーお前、大人しくしないと、またブッ込むぞ。っつーか、喰うぞ?」

「ーーー っ!」

「くくっ、お前、ホント、妙な所でウブだよなぁ。顔真っ赤。」

「うっさいバカァ!」

「くはっ、いつもと違って語彙がねぇぞ?笑えるなぁ。」


* 


そのまま、何食わぬ顔して部屋の前まで運ばれて、降ろされて。
『部屋に入ったら喰っちまうから、此処までな。』って、耳元で低音イケボで囁かれて。
アワアワしてたら、『おやすみ』の音と唇に感触が。




・・・あーもう、泣いていいですか。
翻弄されすぎて疲れました。

ベットに倒れこんで、深く大きく息を吐く。

最終兵器が過ぎるでしょう、あんなの。心臓に悪いってか、心臓が痛い。
一面の百合が咲く光景は、あんなにも物悲しかった筈なのに。衝撃的な体験に上書きされてしまったよ。単純すぎっしょや、自分。

寝転がりながら大きく伸びをすると、もそり、と手に毛の感触があたる。
見ると、丸くなったヴェルが、アルをお腹に挟んで眠っている。
『くぷー』『クピー』と仲良く寝息を立てて眠っている2匹に和まされる。

少しだけ2匹をモフッた後、ベッドに横たわりながら思考を戻す。


・・・この世界に来て右も左もわからなかった私達に、闘い方を教えてくれて・・・クッソ面倒臭い性格なこんな私を愛すると言ってくれたあの人に、私は、何が返せるだろう。

以前、ロイドさんやレザ先生から聞いた話を引っ張り出す。

確か、彼の元奥様の名前は・・・リリー・コルチカム。コルチカム男爵家の2番目のご息女。
今は若い男性芸術家達のパトロンの真似事をしている、とか。
・・・自分で金稼ぎしないで、ファーマスさんから巻き上げた金を使って好き勝手しているのだもの。いくら金があっても足りないよ、ね。

彼がB級にライセンスを落として2年以上が経過していることを考えると、お金に不安が出る頃合いだろうか。

強面で優しい彼に、あんな切ない哀しい顔させるのは、もう嫌だ。
絶対、もう、好きになんてさせるもんか。

・・・きっと、王都で、何かが起こる。
その時は、彼の憂いを断ち切る剣になろう。悪意から守る盾になろう。
妻役として、しっかり役目を果たそう。


腹が決まれば、急に眠気が襲ってきた。
2匹の寝息を聞きながら、瞼が落ちてくる。
ふわりと感じる、アフォガートの様なエスプレッソとバニラの香り。
甘い切なさとほろ苦い優しさに包まれながら、私は眠りに落ちていった。



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