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モースバーグ国横断、1/3の夢旅人
293.1/3の夢旅人 其の四
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「ーーー っ!!!」
問答無用で、息が出来なくなる。
ぶわり、と何かが流れ込む感覚。
どっしりとして暖かく柔らかな感触と、ほろ苦いエスプレッソと甘いバニラのような香り。
ーーー これは、魔力だ。
この暖かさは懐かしくて、言いようもなく安心できて。
目の前でカン君が倒れ。怒りで我を忘れたあの時。
暗がりの中で、訳もわからずもがいていた時に、引っ張り上げられた時の暖かい感触だったと、気がついた。
絶対的安心感に支えられる、泣きそうな程に嬉しい感覚と。
真夜中とは言え、ここはチェスター家の庭だっていう、こっぱずかしさと。
思わず、どんどんと胸を叩く。
顰めっ面をした彼が、漸くその唇を離した。
「っ!!ししょっ!」
「っ、痛えなぁ。・・・お前また、師匠っつったな?ヤるぞ?」
唾液で湿る自分の唇をペロリと舐めて、彼は獰猛とも言える笑みを浮かべた。
色気ダダ漏れに居た堪れなくて、ぐ、と、息を飲み込む。
逃げたいのに、剛腕は私の腰と腕を掴んで離してくれない。
「ぅ・・・ファーマス、さん。」
「あぁ、それでいい。」
「離してください。」
「ダメだ。離したら、お前はすぐ逃げんだろ?」
ニヤリと笑って、顔を覗き込んでくる。図星すぎて腹立たしい。
ふぃ、と顔を背けて黙る私の首元の鎖が、ちゃり、と音を立てる。
少し鎖が引っ張られ、盾のチャームが引き出された。
じい、とそれを見つめていた師匠は、その太い指で赤い石をなぞる。
ふわり、とまた感じる魔力の流れ。
それが収まると、彼はチャームに軽く口付けを落として、私の首元に戻した。
石の中に感じるのは、彼の魔力。
銃弾に込められていた時と同じ。
「まぁ、カンの術式を手伝うくらいの魔力だ。少しの足しにはなんだろ・・・それに。」
鎖骨にあった手が、するりと首元をくすぐる。
同じような事を、屋台村でヴォルフにされたけど、あの時と違って全く嫌悪感が湧かないのは・・・彼の事を、自分でも悪しからず思っているわけで。
ぼんやりとそんな事を頭の隅で考えていたら、爆弾を投げられた。
「ま、さっきので、がっつりマーキングしたから、馬鹿でも分かるだろーよ。」
「は?」
「エロい事だけじゃねぇよ?魔力交換できんのは。相性が良くて互いの魔力が馴染みゃいいんだ。日頃からコウはベタベタしてっからなぁ。少量の魔力放出しながら、お前が漏らしてる分に絡めてるから、すっかり馴染んじまってるし。カンだって支援魔法だの【 清潔 】だの連発してんのは、そーゆー事だ。」
「なぁっ!?」
「それでもヴォルフが分かんなかったのは、無謀なのか、自意識過剰だったのか、ただの馬鹿かっつー話だな。」
全くなぁ、と、呆れたような呟きが聞こえたが。
でも私は、それどころじゃない事実に、大慌てだ。
「魔力こーかん、って、それってもしかして・・・ヤってもいないのに、周りにヤったって思われてるって、こと?」
「まぁ、平たく言うと、そうなるなぁ。それに気づいてない、お前もお前だけどな?」
「なぁっっ!?」
やめて、何その、公開ビッチ宣言。
愕然として、彼の顔を見上げた。
ニヤニヤとしながら、笑いをこらえている様子の彼は、私の腰は掴んだままだ。
「別に問題ねーだろ。一妻多夫なんだから。まぁ、一夫多妻でも、一妻多夫でも、全員と魔力交換出来るなんて、稀なケースだけどな。しかも交わってないのに、こんなに濃く付くのもスゲェ。」
くくく、と、本当に楽しそうに笑ってくれやがる。
「さてと、俺は最後だし、そんなんでアイツらのが濃かったから、無理矢理ブッ込ませてもらったけどな。悪い気はしてねぇだろ?ま、その所為で一番濃くなったが、留守番役だし大目に見ろって話だな。」
「イミフすぎて、問題大アリです。」
「何でよ?じゃぁ、とっとと一緒に寝た方が良かったか?」
「軽っ!寝ねぇし!そこにブッ込んでくるイミわかんねーしっ!」
パニックですよ?えぇ。
カマトト振るわけじゃないけど、多分顔が赤くなっている。
恥ずかしすぎて、思わず、声を荒げてしまった。
そんな私の様子も意に介さず、ニヤニヤと笑いっぱなしな師匠だったが、ふ、と真顔に戻り。
ぎゅ、とまた、その腕の中に私を囲う。
「すまねぇな。お前が真面目で、一途なのは分かってる。こっちの世界は、お前の世界での貞操概念とズレてるだろうから、この状況がお前にとっては不本意なことも。・・・でもな、こっちは、貴族も王族も直接的で打算的で。女は政権の道具とまかり通る、そんな世界だ。だから、お前やカンを守る為にはどうしても必要だったんだ。」
少し身体を離し、痛ましいものを見るように私を見下ろす。ぎり、と口の端を少し噛み締め厳しい顔をして、また彼は言葉を紡ぐ。
「貴族から面倒な事言われたら、絶対にコウを頼れ。王宮に呼ばれるような事があれば、必ず俺も行く。間違っても『俺達3人の為だ』とか言って、お前を犠牲にさせようとする輩には近づくな。必ず教えろ。お前が離れる事は、絶対に俺達の為にはならない事を肝に銘じておけ。」
武骨な手が私の頬を撫で、こめかみの辺りから、髪を梳いていく。
何度かその動作を繰り返していると、彼の眉間に入っていた力が緩まり、少し目尻が下がっていく。
「あと、な・・・俺と一緒になった事で、王都では、別な事でお前に嫌な思いをさせるかもしれん。」
言い澱み、私を見下ろす目が、少し悲しげな色を湛えて揺れた。
いつも自信に溢れる彼には、珍しい顔。
思わず、その頬に手を伸ばす。
少し伸びた髭がチクリと掌を刺す。
私の手の上に自分の手を重ね、彼は1つ息を吐いた。
「元妻が、王都に居るんだ・・・俺がライセンスをB級に落としてからは連絡は無くなっていたが・・・A級に戻ったとなれば、またデカイ顔してくると、思う・・・自分は、“獰猛な獣に充てがわれた哀れな女”だからな。」
「っ!?何それっ!」
師匠から発せられた言葉が物悲しい響きを帯びていて。
その内容が後から頭に反響して。
その意味を理解した時、私の頭が瞬時に沸騰した。
「俺は、女にゃモテなかったからな。まぁ、俺の顔や態度・・・威圧に耐えられたのがアイツぐらいで。その所為で、俺の結婚相手に選ばれてしまった。だから、アイツは被害者で・・・別れても俺が言うことを聞くと、思い込んでいる。まぁ、実際に、王命に絡め取られ、俺の冒険者に転職するというワガママで離婚する事になった、可哀想な女だから。」
ぽつり、ぽつりと、痛みを噛み締めるように彼は言葉をつなぐ。
・・・その話は知ってる。何かの折に、レザ先生とロイドさんから聞いた話だ。
確かに元奥様は、彼の威圧に耐えられる人だったのは確か。ただ真相は、彼女が保有する魔力量が少なかったから。魔力による圧を感じ取る事がほとんど出来なかったからだ、と、聞いた。
そして・・・平民上がりの成り上がりで功績を残す彼は、貴族出身の騎士達からは目の敵にされて、蔑まれてきたと。
『無限指揮者』と言われる影で、『死神』と揶揄されていた。
『英雄』という二つ名は、平民達へのアピールのため。“国は平民達も大事にしている”という、プロパガンダのために祭り上げられただけなのだ、と。
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