300 / 393
モースバーグ国横断、1/3の夢旅人
290.1/3の夢旅人 其の一
しおりを挟む「せ~かいじゅうをぼ~くらの~、なみ~だで埋め尽くして・・・♪」
「懐かしい、その歌。」
ごとごとと、荷馬車に揺られる昼下がり。
警戒する魔獣の影もなく、ゆったりとした時間の流れ。
日向ぼっこしているみたいで、ほわほわと幸せな気分になる。
不意に歌が浮かび、ぽつりぽつりと口から旋律がこぼれ落ちた。
隣に座っていたこーくんが、くすりと笑いながら私の肩に寄りかかってくる。
2人きりの荷馬車。
「懐かしぃなぁ・・・鈴の歌声。ね、もっと歌って?」
「ん・・・何がいい?」
「何でもいい・・・鈴の好きな歌がいい。」
どちらともなく寄り添い、私はぽつりぽつりと歌を紡ぐ。
こーくんと一緒に武道館に行ったロック大御所の、愛の歌。
北の大地出身重鎮女性歌手の、時の歌。
世界的バーチャルアイドルさんの、桜の歌。
全国的に有名になっちゃった北の大地出身の面白俳優さんの、スープカレーの歌
思いついたものを次々と紡ぐ。
小さな集落を横目に見ながら、小麦畑が広がる風景で紡いだのは、北の大地真ん中辺出身有名男性歌手の、郷の歌。
ーーー 生きていくんだ、それでいいんだ・・・
これは、こーくんが好きだった歌。
不意に座面についていた手を、ぎゅ、と上から握られる。
うっすらと涙目になっていたこーくんと一緒に、『愛は何処にも行かない』と、2人で音を紡いだ。
*****
色々な事が片付き、漸くそろそろ気ままな旅に出ようか、とした矢先、王都ギルドから劣竜種の討伐について確認したいと連絡があった。
つまりは『出向け』ということ。
問答無用でゴールが決まってしまった。
1か月後くらいには、着いてなきゃならないらしい。
王都では、多分いろんな思惑が絡むだろうと、ロイドさんからも、師匠からも言われた。
王都ギルドだけではなく。王宮からも呼び出される可能性が高い、と。
また、こーくんがパーティーを組んで、ミッドランド支部付きとなった事が、王都ギルド側では面白くない事態らしい。
「冒険者の所属は、別にどこでも構わんのだがなぁ・・・本人の思い入れで問題ないしなぁ。」
ロイドさんが溜息混じりに呟いた。
ともかく、王都に着いたら色々面倒くさいことは確からしい。
でもまぁ、どんなところが見てみたいのはあったから、結局は行く事にした。
・・・なるべくギリギリまで時間かけるけどね。
*
王都に向けての大まかなルートは3つ。
北側、真ん中、南側。
じゃんけんで決めるつもりが、こーくんが取り出したのはメモ用紙とサイコロ。
カン君とメモを覗き込むと・・・
【モースバーグ国横断・サイコロの旅】
1・4→北側ルート、道中魔獣倒しまくりツアー
2・5→中央ルート、道中魔獣はあんまりいないけど、人付き合いで神経すり減らすぞツアー
3・6→南側ルート、のんびり悠々だけど、たまに大当たりが出るかもねツアー
わあ、絶対真ん中は嫌。
・・・てか、何用意してんのさ。
『痛いし、寝れないんだよ~』って、壇ノ浦レポせんきゃならんやつ?
すると「やってみたかったんだよねぇ。」と、ニコニコとてもいい笑顔のこーくん。
「何が出るかな♪」って、それ、A級ライセンストップがやっちゃアウトだべさ。
ほぼ人が出払ったギルド出張所だったけど、職員さん達が何事?とビックリしてた。
ロイドさんと師匠も「気が触れたか?」と、ビックリしてたけど、次第に微笑ましいものを見るような顔をされた。
きっと、こーくんがこんなふざけた事するのなんて、見た事なかったんだろうな。
馬鹿笑いして、出た目は3。
のんびり南側ルートで、護衛依頼を探す。
あったのは、王都への道のり中間部位までの、中規模商隊の護衛依頼。
クラスB以上のパーティー2組が揃えば出発。
揃ったら募集を締め切り、その3日後に出発になる、というもの。
既に1組登録が成されており、ミッドランドからこちらに向かってきていた。
顔を合わせたのは、劣竜種討伐の際の事前探索で共闘した、クラスBパーティー『朧梟』の皆さんだった。
リーダーの男性弓師、緑坊主頭のダイさん、
メンバーの女性格闘家・ロング銀ラメ茶髪なユウさんと女性斥候・盗賊の猫系獣人のベニさん。ベニさんのブラウンの髪の上からぴょこんと生える茶色い猫耳が、今日もとっても可愛い。
私達の顔を見るなり、すんごい恐縮された。
とりあえず挨拶して、知らない仲でもないし、親睦深めようってんで、下町の美味しい食堂にご飯を食べに行った。
*
夜の呑み屋的雰囲気のその食堂は、丁度奥の大テーブルが空いており、6人で腰掛ける。
適当に大皿料理を頼み。
みんなエールだけど、カン君だけはソフトドリンクで乾杯。
『朧梟』の皆さんは地道にミッドランド支部で頑張ってきた実力派。みなさん23歳。私達より肉体年齢は少し上だった。
ダイさんとユウさんが、幼馴染。2人とも、領地を持たない男爵家の令息、令嬢だったのだけど、長子では無いから、好きに生きて良しと言われ、だったら、と冒険者になる事にしたのだそう。
ベニさんは、別支部出身。そちらでパーティーを組んでいたのだけど、獣人であるが故、虐げられてきたそう。たまたま、護衛依頼で一緒になった2人が見るに見かねて、ベニさんを引き取った、と。
「その時の、ユウちゃんの啖呵がね、嬉しかったんだぁ。」
「やめてよ。そんな昔の事、ハズいし。」
どストレートに、感謝の言葉を告げられ、真っ赤になるユウさん。
ホントに、女子2人のイチャイチャが可愛いすぎてどうしよう。
ダイさんは、ウチの男子2人と魔獣談義。
弓師という後衛職を生かした指示や、攻撃方法など、こーくんやカン君に相談して、飲み会なのに真剣だ。
かと思いきや、男子中学生ノリの下ネタが飛び出してみたりと、仲良くやってた。
『朧梟』の皆さんは最初こそ緊張していたものの、打ち解けたらとても良い人達だった。
あの劣竜種の探索で呼ばれていたパーティーは、仕事ぶりも、人格的にも優れた面子だったみたい。
流石ロイドさん。人選が素晴らしい。
『朧梟』『影猿』『蒼穹の剣』この3つのクラスBパーティー達は、あの討伐後も連絡を取り合い、切磋琢磨しているのだそう。
時々、共闘討伐もしていると。レイドチームとして機能してるんだ。凄いや。
「みんな、『猟犬』や『旅馬車』みたいに、自分達の強みを生かした戦い方をしたいと考えているんだ。長所が上手く噛み合えば、きっと今よりもっと力が出せるから。」
ダイさんがそんな事を言ってくれた。
ただ漠然と『ウチらみたいになりたい』じゃなくて、具体的に考えてくれているのが嬉しい。
・・・まぁ、私は、カン君の過保護にかこつけた、力技でしかないから、偉そうに言える立場じゃないけど。
それでも、それが私の強み、なのかな。
アルコールも程よく回り、みんなが良い気分になって。
ちょーしこいて、ベニさんにお耳を触らせて貰えないかとお願いしてみた。
「ちょっとだけ、だよ?」
照れ臭そうにオッケーしてくれたのが嬉しい。そして、そこまで気を許してくれたのも嬉しい。
茶色の耳にそっと触れると、とても上質な肌触りの良いタオル地のような感触。
やっばい。
思ってた以上に気持ちの良い触り心地。
「やばっ・・・んんーっ、リンちゃんっ。それ、いじょぉはダメぇ。」
ベニさんが色っぽい声で、静止してきた。見るとちょっと涙目。
「あわっ?ごめんなさいっ!ヤだった?」
「ん?うぅん?ちょっと、・・・魔力が気持ち良すぎて・・・別の扉開くかとおもったぁ。」
「おぃおぃ。マジか。恐るべし『黒持ち』。」
ふるふると首を振るベニさんは、ユウさんにしがみつく。
ありゃ、苦笑いのユウさんに、よしよしされてしまった。
うーん、泣く程ヤなら、もう触らせて貰えないなぁ・・・あぁ残念。
でも、何だかんだで仲良くなった私達は、その後も盛り上がり。
夜もとっぷりふけたので、気持ちよく会をお開きにした。
「リン、楽しかった?」
「うん、すっごく。ユウさんとベニさんが仲良くしてくれたのは嬉しい!」
店の前で3人と笑顔で別れた私は、3日後の出発が楽しみになっていた。
そして、そんなウキウキしている私の頭を、こーくんがポンポンと撫でる。
「そか、良かったね。」
「ん!」
そうして私達は、軽い足取りで、チェスター家のお邸へと帰っていった。
*******************
※ 歌詞ですが、樋口了一さん「1/6の夢旅人」、玉置浩二さん「田園」です。
※ その他の歌や歌手については、分かったらご一報下さいw景品は・・・
10
お気に入りに追加
1,009
あなたにおすすめの小説

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?



転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

幸子ばあさんの異世界ご飯
雨夜りょう
ファンタジー
「幸子さん、異世界に行ってはくれませんか」
伏見幸子、享年88歳。家族に見守られ天寿を全うしたはずだったのに、目の前の男は突然異世界に行けというではないか。
食文化を発展させてほしいと懇願され、幸子は異世界に行くことを決意する。

オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる